第34話 姉と覇王の塩対応

     ◇◆◇



 お姉ちゃんの葉月と再会してからは、怒涛のごとく忙しかったんだよ。

 やらなくちゃならないことや報告し合うことが多すぎて。


「お姉ちゃん、お母さんはどこ行っちゃったの? お姉ちゃんとは一緒じゃなかったの?」

「この世界に飛ばされた時は一緒だったのよ。森の開けた場所に大きな魔法陣が書かれててさ、洞窟と変な柱や石像みたいな岩があって。突然豪華な馬車がやって来て怪しい黒装束で仮面をつけた奴らがたくさんどっかから出て来たの。私とお母さんを縄で縛って連れ込んだと思ったら、お母さんが『癒やしの光の聖女様』とか崇められてたわけ。しばらく馬車に乗せられていたら、私だけが扉から引きずり出されて。それからもの凄い崖から海に落とされてさー! 酷いでしょっ!?」

「どっ、どうやってお姉ちゃん、助かったの?」


 私は異世界に放り出されゴブリンに襲われたところをフリード様が助けてくれたけれど、お姉ちゃんの話は聞けば聞くほど過酷で大変だったって分かる。

 私は血の気が引いていた。

 今、こうしてお互いに無事で、広い広い異世界で再会出来たのはきっと奇跡に近いんだ。


「私? ああ、あそこの風のドラゴンたちが助けてくれたんだよ。海に落ちて死ぬかと思ったんだけど、空中でちょっと私のピカーッって体が光ったらさ、風のドラゴンの若長わかおさのフーリュンが私の体を背中で受け止めてくれた」

「ドラゴンの若長が……。良かった! 良かったねっ! ああっもう、お姉ちゃんが死なないで良かったよ」


 私は再び涙が溢れてきちゃった。

 お姉ちゃんの両手を掴んで握りしめた。もう離れるもんかと思った。

 にっこり笑ったお姉ちゃん。

 ようやく会えて、無事で良かった。


 ――だけど、お母さんはどこに連れ去られてしまったのだろう。そして、いったい誰に……。

 『癒やしの光の聖女』ってなんだろう?


 私の視線の少し先にはフリード様と、お姉ちゃんを助けてくれたという風のドラゴンが見える。



 フリード様は一歩引いて見ているという感じ。

 せっかくの姉妹の再会だから水をさしたら悪いかとか、フリード様は思っているのかな?



 とにかくご挨拶をと、落ち着きを取り戻した私はお姉ちゃんとフリード様の前に向かった。

 しっかりお姉ちゃんと手を取り合い繋ぎ合って。


「フリード様! 私の姉の葉月です。お姉ちゃん、こちら、私を窮地を救ってくれたフリード様だよ」


 私がお姉ちゃんの葉月を紹介して、フリード様はわずかばかりの笑顔を見せたけれど、いつも私の前で見せるくだけた表情でもなくキュンとしちゃう弾けた微笑みは浮かべなかった。


 彼があまりにも塩対応なので、あれ? って不安にさせられる。


「炎帝フリード様、弥生を助けてくれてありがとうございます。私が弥生の姉の葉月です」

「ああ、フリードだ」


 そっ、それだけ〜?

 すっかり忘れていたけど、フリード様って女の人が苦手なんだった。


 お姉ちゃんはにっこにこで握手を求めようとしたか「ありがと〜」って感じでハグでもしようと一歩前に出たみたいだけど、フリード様は後ずさって片手の平を見せてまるで犬に待てをするみたいにした。


「初対面の異性にぐいぐい来られるのは俺は好かん」

「ああ、そうなんだー。ごめんごめん! 私、誰とでもわりと仲良くしたいから距離が近いみたいね」


 ええっ?

 フリード様は私には出逢った初めっからぐいぐい来ていませんでしたかー?

 ああ、そっか。自分で行くのは良いけど、女性の方から来られるのは困っちゃうのか。

 けっこう、フリード様ってシャイなんですね。

 私がじーっとフリード様を見つめると、困ったように彼は頭をかいた。


「葉月、これからどうしていくべきかは、弥生と俺とも話し合う必要があるようだな」

「ですね。あっ、私の方が年上だからタメ口でも良いかしら?」

「おっ、お姉ちゃん! だめに決まってるじゃない。なんて大胆な……。フリード様はこの辺を牛耳る皇帝様なんだよ」

「だってえ、窮屈じゃない! それに私たちは異なる世界の人間だし〜」

「……弥生と三人の時は構わんが、他の者がいる時は距離を保て。しめしがつかんし、俺はお前がたとえ弥生の姉だろうが、女と馴れ合いな関係を維持するつもりはない」

「フリード様って。一途で律儀で潔癖なのね。弥生に誤解されたくないのね」


 そのお姉ちゃんの言葉にはフリード様はなにも言わずに、踵を返しマントを翻して「あとでな」と言い捨てどこかへ行ってしまった。

 ――あーあ、怒っちゃったかな? それともお姉ちゃんの怯まずめげずにグイグイ食い気味な好奇心の塊の態度と口撃に困っちゃった?


「いけない、私、炎帝フリード様に厚かましいとか思われたかな〜? 弥生」

「うーん。どうかな? フリード様って女の人が苦手っぽいんだよね」


「弥生、フリード様は噂からは慇懃無礼な奴って思っていたけど、あんがいイイ奴っぽいわねえ。弥生のこと好きっぽいし。ねえねえ、弥生も彼のことが好きなんでしょ?」

「す、すすす好きなわけないじゃんっ! そりゃあ、尊敬してるけど。……格好いいし。私にとってフリード様は推しって感じだもん。お姉ちゃんったら変なこと言わないでよねっ。あと! 皇帝のフリード様に対して態度に遠慮がなさすぎだよ〜」

「あはははっ、ごめんごめんって。私、もしやデリカシーに欠けてる?」

「もぉう。炎帝フリード様を怒らせたり拗ねるようなことがあったりすると、あとでご機嫌取りが大変なんだからね」

「はいはい。弥生にとってフリード様が推しか。……で、そんな一見冷酷で塩対応な男が弥生の前では拗ねるようなことがあったわけー?」

「あったかもっ。もう良いじゃん。あっ、それよりお姉ちゃんの乗ってきた風のドラゴンさんは?」

「私と魔法加護契約した風のドラゴンはね、攫われ傷つけられたチビドラゴンたちに寄り添ってるはず。救護班を呼んでるって言ってたじゃない? まだかしら……」

「ねえ、お姉ちゃん。救護が来るまで私たちに何か出来るかな?」

「そうだね。何か、か。とにかく考えてみようか」


 私とお姉ちゃんは赤ちゃんのドラゴンたちの様子を見に行くことにした。

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