第32話 驚愕の事実
そんなっ……!
フリード様が上空から投げ落とした魔法の網に捕まっていたのは、……何十人もの若い男女だった。
そこには人間も耳の長いエルフ族や妖精族もいる。
なかでも多いのは人間だった。
見かけはごくごく普通の平服を着た人たちが中心で、およそ強盗団には見えない居で立ちに顔つきの集団だったの。
どの人どの妖精族やエルフ族も目つきが悪者に感じないけどな。
そりゃあずる賢い人や演技の上手い魔族とかいるかもだけど、私には暴力を日常で振るう人々に見えなかった。
「フリード様……、この人たちが強盗団なの?」
「うむ。恐らくは強盗団に攫われて連れて来られ訓練され者たちだろう。無理矢理片棒を担がされているようだな。この者たちは組織の末端の連中だろうから、捉えてもリザードマン(
「リザードマン?」
「弥生、リザードマンとは
「酷いですよ。何とかしましょう!」
「ああ。その為にこの地に先に来たのだからな。俺の領地で好き勝手は許さん」
表情は憎々しげで怒りを抑えた声音でそう語るフリード様は、苦しそうだった。
怯えた表情の者、挑むように睨みつける者、泣き出した者――、なかにはホッと安堵の顔を見せた女性もいた。
身動きは取れないけれど、苦しそうではない。
地面に三角座りをしている人が大半で、足を投げ出したり体を丸くして縮こまっている人もいる。
それから……、何人かがいくつか袋を抱えていた。
「ローレンツ、アーロン。あの袋の中身をあらためろ。……動いているから入っているのは生き物の様だ。扱いは慎重にな」
「はいっ、閣下。ローレンツ了解いたしました!」
「御意。陛下はヤヨイ殿がショックを受けているみたいですので、そばでこの状況のご説明をされた方がよろしいかと……」
「そうだな」
私はガクガクと足が震えていた。
実際に目の当たりにした現実――、この人たちは人攫いに遭ってしまったんだ。そして、故郷に帰ることを許されず強盗団として働かされて……。
「なんで……っ! 酷いよぉ……、みんな可哀想だよ」
「……弥生。……ああ、そうだな。俺はだから下賤で非道な者共を許せん。根絶やしにしてやる」
「フリード様」
「大丈夫か? 弥生、少しだけ待っていろ」
「……はい」
フリード様が強盗団として捕まえた人々を端から端まで見渡したあと、ローレンツ料理長の方へ歩いて行く。
「ローレンツ、アーロン。まずは状況確認だ。全員が攫われてきた者なのか、お前たちの身元素性鑑定スキルで確認しろ。ただし強盗団上層部の紛れ込みの者がいたら別場所で捕縛隔離、処罰する」
「そうですな。ああ、数年前にも賊の被害者のふりをして城の内部に入り込もうとした者もいましたな。あの時は女性だったもので口説いたセイロン様が暗殺されそうになってフリード様がとどめを……」
「よく覚えていたなぁ、ローレンツ。セイロンが確か己の粗相を隠すために城中に忘却術をかけていたがな」
「ああ、俺は催眠魔法などはかかりにくいタチなんですぞ。忘却術もそれ然りです」
「ほおー、それはセイロンには計算外だったろうな」
フリード様がイジワルな笑みを見せる。ローレンツ料理長の方は渋い笑顔だ。
「まったくです。誰が悪人かは入念な調べが必要。気は抜けませんな、閣下」
「そうだ。ローレンツ、アーロン。念には念を入れればならんぞ」
「御意。フリード閣下の仰せのままに」
「はっ。陛下のお言葉、このアーロン重々肝に命じます」
そういや不思議に思って後からフリード様に聞いてみたんだけど、ローレンツ料理長はフリード様のことを『閣下』と呼び、アーロン副料理長は『陛下』と呼ぶんだよね。それはフリード様に仕え始めた時期とかで、敬称が変わったみたいよ。
私には違いがよく分かんないんだけど、ローレンツ料理長はフリード様が皇帝になるずうーっと前の幼少からそばに仕えていて、アーロン副料理長は皇帝になってから。
で、ローレンツ料理長は昔のままずっと「フリード様」もしくは「フリード閣下」と呼んでるんだって。
わりと親しそうなのは昔からの従臣だからか。
だけど、この時の私は貴族のしきたりや上下関係とかそんなものまで頭に入れて覚えるとかそれどころじゃなく。フリード様とローレンツ料理長たちの声が聞こえ、内容にゾッとしていた。
だって賊が前にお城に潜入しようとしたとか、セイロン様は記憶を消す魔法を使えるだとか。
賊も怖いけれど、セイロン様が記憶を消せるからって好き放題するのはもっと怖い。乙女の危機がますます感じられちゃう。
急に足元が崩れるんじゃないかって、そんな怖さに襲われてる。
自分の世界ではのんびりのほほんと生きてきた私、なんて恵まれていたんだろうって思う。
ここ異世界ではいつ魔物に襲われたり悪い奴に攫われるかもしれないって緊迫感がある。
私はどうしたら良いのか、立ちすくんだ。
フリード様の命令で私の両サイドを守ってくれる黒馬のシルヴァとペガサスのサーガ。二匹が私に身を擦るようにして慰め寄り添ってくれた。
フリード様と私を襲った盗賊団、その数は、ざっと見たところ30人以上になるかな。
私の通っている学校のひとクラスの人数は居そうだ。
私はこちらをじっと見つめてくる人たちの顔を見渡して、泣けてきてしまった。人の運命や命の灯火が儚いものに見えてくる。
怒りを抑えつつも冷静に話し合うフリード様とローレンツ料理長とアーロン様の声が、私にはどこか遠くに感じた。
「ローレンツ、総勢は何人だ?」
「フリード様。捕縛した総数は38人ですね。……酷いもんです」
「そうだな。かなり大掛かりな組織だと思える。ローレンツ、次はそこの袋の中身を開けてみろ」
「――こっ、これはっ! フリード様」
「むっ、……やはりか」
フリード様が強盗団にさせられた人たちが抱えていた袋から、何かを取り出す。
「ああっ! ドラゴンの赤ちゃん!?」
私は思わず目を覆った。
ぐったりとしたドラゴンは傷を負っていた。私は駆け寄って、フリード様からドラゴンの赤ちゃんをなかば強引に受け取った。
ドラゴンの赤ちゃんに頬を寄せそっと背を撫でると、キュウゥッっと力なく鳴いて。
可哀想っ!
私、胸の奥に痛みがはしった。
「弥生。そのドラゴンの赤子を早急に手当してやらねばならん。……ローレンツ、アーロン。そっちの袋も中身を
「はっ、御意」
「……これは! 閣下の懸念どおりですな。すべてドラゴンの赤子です」
白地の袋の中身をローレンツ料理長とアーロン副料理長が次々と取り出すと、みんなドラゴンの赤ちゃんだった。
そしてどの子も怪我をさせられていた。
大きな切り株があったので、そこにドラゴンの赤ちゃんを横たえて、フリード様が手をかざし魔法呪文を唱えた。
「汝、応えよ。我、詠唱したるは風属性の回復魔法――『風精霊シーファンの力を我に。純然たる加護治癒発動せよ』」
すると何も無い空中から風の精霊が何人も現れてフリード様の周りを囲っちゃった。
フリード様から黄金色の魔法陣が現れてぽかぽかな春風が吹き、ドラゴンの赤ちゃんたちを包みこんだ。
「あっ、フリード様から温かい光……」
「応急処置だ。単なる表面上の治癒に過ぎんから、呪いや毒物を受けているドラゴンの治療は野営基地の専門の魔法僧侶に任せる」
私はドラゴンの赤ちゃんを一匹ずつさすった。
そんなことをしても、怪我は良くはならないだろうけれど、何かしてあげたかったんだ。
フリード様も状態を診るためか、赤ちゃんドラゴンに一匹ずつ丁寧に触れている。優しい手つきで、全身をくまなく。
「……なんたる仕打ちだ。飛べないように
「はっ、
アーロン副料理長が箒を縦に降ると、一瞬でアーロン副料理長が煙のごとく消えた。
「あっ」
私がびっくりして声を上げると、フリード様が視線を向けてくる。
スッと目が細められて、彼は少し笑みを私に見せた。
「弥生、不思議か?」
「はい。もしかして朝フリード様がやった瞬間移動魔法ですか?」
「ああ、似たようなものだ。アーロンとローレンツは俺と魔法契約を結んでいるから、召喚と退却魔法になる。高等魔法なんでね、誰でもどこでも移動できるわけじゃあない。……俺の居る場所と俺の指定した場所のみだ。俺以外の他の奴も会得すればもっと広範囲で瞬間移動が出来るはずだがな。この世界で使える者は今のところはあまりいない」
私がドラゴンの赤ちゃんの背中をとんとんしたりさすっていると、フリード様が私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「旅の出鼻からかなり大掛かりな強盗団に出くわしたのはラッキーというべきか。――むっ、殺気! 弥生! 頭を守れっ」
「ええっ!? キャアッ! 今度はなに〜っ?」
フリード様が私の体を片手で抱き上げ、もう片方の手で素早く短い剣を数本続けて森の方へ真っ直ぐ水平に投げつけた。
直後「ギャアッ」っと悲鳴が上がる。
「よし命中した。手応えがあった。賊の気配はあっちの方から複数名……」
フリード様が眉間にしわを寄せ表情がつかの間険しいながらも、すぐにいつもの不敵で自信満々な笑みを見せる。
その時――、応酬とばかりに敵から小さなスライムのボール状の塊みたいなのが飛んできた! すぐにジュッと音がして私たちの横の木々が焼け溶けた。
「なっ、なっ、ナニコレ〜、何この危ない攻撃は! 敵はこんな危険な武器を持っているの?」
「フッ、生意気な連中だ」
ローレンツ料理長が走って来て、私たちの前で斧を構え背に庇うように護衛する。
フリード様はその彼の後ろ姿に「ローレンツ!」と鋭く名を呼ぶ。
「ローレンツ、追えっ! 賊の見張り役だろう。俺の剣撃で手負いだから遠くまでは行けんはずだ。だが、気を抜くなっ」
「はっ! 閣下も充分ご注意を――」
ローレンツ料理長がフリード様の指示命令を受け、箒に乗り斧を持って敵の気配を追って行っちゃった。
ずっとフリード様は私を抱き上げたままです。
彼の構えた片腕の上に私のお尻が乗っかり座るような形になっている。
「えっと〜、この体勢は恥ずかしいので……。フリード様、私を降ろしてください」
「いやだね」
「『いやだね』って……、フリード様ってば子供みたいに……」
「弥生。今降ろしたら、お前も賊を追うつもりではないのか?」
「それはないです。……えっと、まあそれはちょっとは思いましたけど」
「ふんっ、やっぱりだな。お前の今の武闘の経験値では賊には勝てん」
私はドラゴンの赤ちゃんたちと、未だ警戒して縄に縛られている強盗団として働かされていたらしい人たちを交互に見る。
ドラゴンの赤ちゃんには黒馬のシルヴァが付き添い、強盗団の下っ端の人々にはペガサスのサーガが見張りとして寄り添っている。
「大丈夫です、追いかけませんから。あのねっ、フリード様! 私もドラゴンの赤ちゃんたちのそばに居てあげたいんです」
「うむ、そうか分かった。くれぐれも周りに注意しろ。今回の賊は組織化されているようだからな。中堅や上の者は捕まった中には居ないと見る。普段権力を持ち腕が立つ連中は穴蔵の中でのんびりしているんだろうが、犯罪の尻尾を捕まえられ、大人しく黙っているはずがない。弥生は俺の加護があるから滅多なことでは死なんが、お前が怪我をする姿など俺は見たくはないんだぞ」
「はい、充分気をつけま〜す。あのっ、フリード様も気をつけて。ねっ?」
「うぐっ……」
「どうしたんですか?」
「弥生。その上目遣いな顔、可愛すぎて反則だ。今すぐお前を俺のものにしたくなる」
「ええっ……」
てっ、照れますぅ。
フリード様に甘々な言葉を耳元で囁かれると、カアッと顔も体も熱くなってしまう。
いけない! こんな時にフリード様のセリフにポーッとなって熱に浮かされて、私ったら駄目じゃないの……。
私は反省して下を俯いた。
すると突然、バサバサバサバサっと大きな音がして周りが暗くなった!
振り仰ぐと、見た目は小さいけどいかにも悪魔って姿形の魔物がでっかいフォークみたいな武器を握り持って私たちの上空いっぱいに大勢広がっていた。
◇◆◇
「いやぁーっ! もぉうっ、魔物が出すぎですよ! 何ですかあれはっ!」
「弥生、……あれはガーゴイルだ。それから――風のドラゴン」
「風のドラゴンっ!?」
フリード様は剣を握りながらも冷静に情勢を睨んでいる。
空から私たちを襲おうとしているガーゴイルという魔物の集団のさらに上に、薄緑色の体躯のドラゴンがいっぱい浮かんでいた。
「ドラゴンは援軍と見える。弥生……?」
風のドラゴンの真ん中にひときわ大きくて体の輝いた美しいドラゴンが居て、そのドラゴンには人が乗っていた。
「弥生、どうした?」
私はびっくりして声が出せなかった。
――だって!
うそ。
だって、あれって!?
「お姉ちゃんっ!? お姉ちゃんだっ!! お姉ちゃんでしょうっ!?」
「……」
風のドラゴンに『人』が乗っている。その風のドラゴンが大きな翼を優雅に羽ばたかせた。
――ああっ、あれはお姉ちゃんだ!
私のお姉ちゃんの葉月だ。
信じられない。
でもでもっ!
絶対にあれはお姉ちゃんだ!
間違いない。
大好きなお姉ちゃん。
「やっと会えた……」
「弥生。あれが弥生の姉か?」
「うんっ! そうだよ、フリード様! あの人が私のお姉ちゃんの葉月だよ! 良かった、無事だ。……元気そう」
私のお姉ちゃんの自慢の長い髪が風に揺らめいた。
お姉ちゃんの姿は、格好良い魔法騎士の鎧とマント姿で、ショッピングモールでの爆発事故で異世界召喚転移をさせられ別れた時の洋服じゃなかったけれど。
フリード様が呪文を短く唱えると、防御のシールドが広範囲で張られた。
頭上から地上まで、虹色にきらきらと輝く粒子に覆われた。
私と赤ちゃんドラゴンたちそれから強盗団の手先になっていた38名の人々すべてに、フリード様から放たれた魔法防御の結界が包み込み護っていく。
「あの者が弥生の姉か。――やはりな。風のドラゴンを使役して魔法の剣を所持している……」
えっ? フリード様、あのう『やはりな』って何?
私はフリード様の声に反応して、首を上げ彼の横顔を見つめて表情を確かめる。
フリード様の顔には不敵な笑顔すらなく、厳しい瞳でキッとガーゴイルと風のドラゴンの集団を睨みつけていた。
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