第31話 再会と投擲魔法

「どっ、どうして!? ここに二人がっ!」


 目の前にはコック姿ではなく完全武装したローレンツ料理長とアーロン副料理長が浮かんでいる。

 よく見れば、二人はスタイリッシュな箒にまたがっていた。

 ちょっと感動、だって本物の魔法の箒だ〜。


「フリード様! アーロン、参上しました!」

「よぉっ! フリード様、ヤヨイ殿。ガハハッ、わずか数時間ぶりだな。二人にこんなに早く再会できるとは思わなかったぜ」

「アーロン副料理長にローレンツ料理長!」

 

 大きい熊さんみたいなごっついローレンツ料理長は武器の斧を担ぎながらガハハと笑った。優しい笑顔を浮かべた侯爵家八男坊のアーロン副料理長はチャーミングに紅水晶の輝きの瞳でウインクをしてくる。


 そうか、そうだった。二人とも魔獣討伐の野営基地では料理人でありながら、フリード様にお仕えする皇帝騎士団の魔法戦士でもあったんだっけ。


「ご苦労。ちいっとばかし、人手がいるもんでなあ。下で右往左往している賊を一網打尽に捕縛するつもりだが尋問及び運搬の陣頭指揮はお前達に任せたい」

「ああ、眼下に見えますな。だいぶ覇気を失っておりますゆえ、そんなに手間取りますまい」

「しかしフリード様。あれは見事な火炎の幻術魔法ですね。熱まで再現なさるとは……」

「火事が幻影と気づけば逃げ出す輩も出るぞ。早く行け」

「閣下。ガハハッ、仮にも俺たちはフリード様直属の騎士団。一流の魔法騎士の我々からは賊の一派など逃げおおせませんって。では、参ります」

「御意」


 ローレンツ料理長とアーロン副料理長が急降下していく。

 フリード様が馬上から指示をとばす。それから、手綱を私に手渡した。


「弥生、ちょっと持っていろ。コイツは暴れないから大丈夫だ、安心しろ」

「ええっ、あっ、はいっ!」

『はい、大人しくしていますよー』


 翼の生えた黒馬のシルヴァからも安心させてくれようと、私に声が掛かる。


投擲とうてき――捕縛鎖網魔法マジカルチェインネットワーク! 散れっ」


 フリード様が私には内容がよく分かんない魔法の詠唱を唱えて、両手の平を空に向けたかと思うと森の方に投げる仕草をした。

 すると網状の魔法の光が大きく広がって、森全体を大きく包み込むようにしてしまった。


「これでもう完全に逃げられまい」

「捕まえたんですか?」

「そうだ。お前が望んだように賊共を死なせないよう、魔法力を無効化するだけにしてやった。あの網は俺の魔力より下の者の魔法を使えなくしていく。……感謝してもらいたいものだな。俺にしてはだいぶ手ぬるいやり方だぞ?」

「……えっと、ありがとうございます」

「はあーっ、まったく。今回だけだからな? あとは容赦なく仕留める」


 フリード様が私を振り返り、ニイッっと弾けるような笑顔を見せた。

 どこか子供みたい。


「フリード様っ、ありがと〜!」


 私は本当はフリード様に抱きつきたいだなんて衝動に駆られていた。

 だけど男装しているし、ローレンツ料理長とアーロン副料理長に見られたら大変だ。

 あの二人は私が男じゃなくって本当は女なんだって知らなかったよね?

 私はなんだかもどかしくって。親しくなった人にはちゃんと正体を明かしたくもなっていた。

 危険だからってフリード様の心遣いを考えると、自分から種明かしをするみたいなそんなことは出来ないけれど。


「弥生? どうした?」

「あっ、なんでもないです。私たちも下に降りた方が良くないですか?」

「……。このまま進むつもりだ」

「えっ? 捕縛して投獄するつもりなんですよね? その前に事情を聞かないんですか?」

「お前が聞いてどうする? ローレンツやアーロンに任しておけばいい。俺があとで報告を受けて判断するから良いんだ。言っておくが、俺はあんな奴らに弥生の可愛い姿を晒すのはイヤだっ。粗暴な連中に弥生が惚れられたらたまらん」

「……っ!! ふふふっ、やだ、フリード様ったらすっごい心配性ですね!」


 私は思わず吹き出して笑いだしてしまった。

 だって過保護なんだもん。

 それに、むっすーっとした顔のフリード様が可愛いから。


「当たり前だろうが。まったく、お前は危機意識が低いんだよ」

「あっ……」


 フリード様が背後から私を抱きしめてくる。

 私の肩にそっと頬を寄せたのが分かると、彼の熱さが伝わってきた。


「私、あの……。フリード様がご心配してくれるのは嬉しいんですけど、自分たちを襲って来たのがどんな人たちか見てみたいです。確認しておきたいんです」

「お前、頑固だなあ。仕方ねえ。……シルヴァ、サーガ、下に降りるぞ。警戒は怠るな、他に仲間がいるかもしれん」

「フリード様、良いんですか? ごめんなさい、私、わがままで」

「……まったくだ」

「ふにゃあっ」


 フリード様が私のほっぺたをつまんでむにむにしてくる。

 も〜お、フリード様はどうして私に悪戯してくるんだろう。


「はあーっ、お前のお願いをするおねだり顔に俺は弱い」

「ううっ、……甘いですぅ」

「俺が甘いセリフを囁くのはお前にだけだ。これまでも、これからも。弥生はその意味を心しておけ」


 私はフリード様からの強い想いが感じられて、胸がギュウッとなった。

 こんなにも想ってくれる人が私にいるんだ。

 それだけで、すごく嬉しかった。

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