第30話 強盗団襲撃事件「対峙、退治、捕縛!?」

 着地しない……?


 恐る恐る私が目を開けると、黒馬は地面には降りずに空中を飛んでいた。

 私たちの横に一角ロバだったペガサスがぴたりと付いている。


「フリード様、この馬って翼があるんですね!」


 さっきまでは無かったはずの艷やかで荘厳で大きな黒い翼が、黒馬に現れていた。


「ああ。俺の愛馬で名はシルヴァという。そこのペガサスはサーガだ」

「素敵な名前だねっ! 改めてよろしくね。シルヴァ、サーガ」

『よろしくね、ヤヨイ』

『ヤヨイ、よろしく〜』


 私がフリード様の愛馬とペガサスと簡単な挨拶を交わしたところで、次はみんなで上空から敵対勢力の動きを眺めてみる。


 私たちを追って来ている者は、自力で走っている者が大多数だ。 

 見た範囲では、飛行魔法で飛んだり魔法生物に乗っている者は見受けられない。

 

「さあてどうしたもんかな。手っ取り早いのは森ごと奴らをぶっ潰すのが良策だが」

「そ、そんなの良策ではありません」

「うんっ? そうかー? 根こそぎって俺は楽なんだがな」

「でもどうして私たちは狙われるんでしょう?」

「俺と弥生の正体に気づいた者ではないと踏んでいる。ただ単に金目当ての盗賊、いや、全力で襲って来てるから強盗団か。まあ、どちらにしろ場あたり的な犯行だろう。自分たちの領域に入って来たから襲うことにしたって風で短絡的だな。弥生、俺を本気で殺したい連中はこんなに生易しい攻撃では仕掛けて来んからな」

「どっちにしても怖すぎます〜!」


 フリード様が、私たちを追い掛け襲ってきた強盗団らしき組織の動きとどこら辺に居るか様子を確認するように、片手の平を森に向ける。彼の手からは淡い光と魔法陣が放たれる。


 ――すると!

 呼応するかのように、弓矢の大群がこちらに向かって来た。


「きゃあ――っ!」

「動くな、弥生っ。……こんなもん造作もない。大丈夫だ、俺に任せておけ」


 何百本もの矢の応酬、大量の矢はここまで届かず弧を描き落ちるかと思ったのに、まっすぐこちらに追いかけ向かって来る。

 フリード様が黒馬を操り矢を避け、ペガサスも天高く上昇して矢の追撃を上手に回避する。

 だが矢のスピードは落ちない。

 私たちを諦めずにセンサーがついたミサイル魚雷みたいに追ってくる。空はどこまでも広いのに逃げ場が無くなっちゃう。

 本当、どうなってんの!


「しつこいな。うむっ、奴らめ殺してまでも金目のものを手に入れようと執念を感じるな」

「ううっ、私たちが死んだら可哀想だとか思っていないんですね」

「そんな生ぬるい思考の者が強奪すると思うか? 賊は命の比重より金銀財宝の方が大切で損得の方が上だ」

「そんなぁー。まさか異世界ってこんな危険な場所ばっかりですかっ?」

「弥生、当たり前だろう。以前にも言ったよな? 炎帝の俺が抑えていたって、目の届きにくい場所にはわんさか魔物に魔族が蔓延はびこってんだぞ? 人間と魔族が仲良くしようなどと思っているのは一部だけ。概念も育ちも、まるで根本が違う種族の異種間同士、互いに食うか食われるか、殺るか殺られるかで牽制し合っているのがほとんどだ。吸血鬼を始め、人間の生気や血液などを食い物にして生き延び、俺たちを餌同等の存在にしか思っていない魔物や魔族が大多数なんだぞ。魔族や魔物と戦う力がなければ、この世はよりシビアなんだ。俺の執務室には毎日のように、弱い立場の者が犠牲になり殺される胸糞悪い事件が多く報告が挙がってくる」


 フリード様の顔が曇り、瞳が暗い闇で一瞬翳る。


 いやっ、やっぱりこの世界って怖い。異世界ってやばい道徳観念の世界だ。


 私とフリード様と話している間も弓矢は、私たちの心臓を仕留めようといくらでも射撃されてきていた。

 フリード様が剣を振るうと刀身から炎が立ち上り矢は燃えて消滅する。

 燃えカスの灰が風に煽られ空中に舞って、空高く散っていく。

 

「ほほう、魔法使いの強化した矢か。ふふっ、実に愉快だ。この俺に歯向かうとは面白い。だが、お遊び程度の戦闘ではつまらん。手加減したり回避にはそろそろ飽きてきたなぁ」


 私を真っ直ぐにフリード様が見て微笑んだ。


「弥生、太腿をしっかりシルヴァの脇腹につけ、耳を両手で塞げ」

「えっ? 耳を塞ぐんですか?」

「ああ。悪いな、ちょっと騒がしくなるぞ」


 私はフリード様に言われたとおりに、耳を塞いだの。

 ちょっと不安ー。

 何が起こるの?

 いったいフリード様は何をしようとしているの?


 その間も容赦なく矢が雨みたいに降り注ぎ追いかけてくるのに、余裕綽々って顔つきでフリード様が黒馬に矢を避けさせ、短い呪文を呟く。


 私の体が熱くなって共鳴する。

 呪文は保護強化の呪文みたい。

 炎帝の加護の力がフリード様の体中から溢れるように湧き出て発光する。

 その光が私たちと、ペガサスのサーガも包み込む。


「はい、完了だ。これで俺たちへの矢の攻撃は無効化された。では、生意気な敵の群れに――反撃といこうか」


 フリード様が人差し指を矢の大群に向けた。たった一本の指を……。

 ピシャッ――っと落雷の激音と稲光が彼の指から、地上に落ちた。

 閃光が散る! さらに閃光がスパーク! 地上にまたさらに次々と注がれる。


 ――ドオッンッッ……。


 フリード様が自分で作った雷を地上に何発も落としていく。

 逃げ惑う、人の影と魔獣が見える。

 森に落ちたいくつもの雷が小さな火事を起こす。


「炎で囲って奴らをひとり残らず炙り出してやろう。炎帝の俺に逆らった罪、俺の大切な弥生に矢を向けた愚かな行いに制裁を加えてやる」

「フっ、フリード様!」


 いけない。

 ああ、たとえ、……たとえ悪い人たちと言えどもそんな風に簡単に命を奪ってはいけない気がする。

 事情だってあるかもしれない。


「本当の極悪人なら、えっと捕まえて牢屋に入れたりした方が良いけれど、もしかしたらですね、なにかのっぴきならない酷く困ったことが起こってやむを得ず、私たちを襲ったのかもしれないじゃないですか! まずは相手の話を聞きましょう?」

「甘いな、弥生。奴らの発しているのは野蛮な闘気と粗野で乱暴なオーラだ。そんな価値があるようには感じられん。一瞬で殺さないだけ、ありがたいと思ってもらわねばな。……いや、一瞬の苦痛の方が慈悲深いかもしれん」


 私は必死でフリード様の腕をぎゅむうっと掴んだ。

 今も彼は魔法の落雷攻撃をめていない。

 地上では落雷の引き起こした火炎から逃げる者達の絶叫が聞こえる。


 私は、勝手に涙が出てきていた。

 フリード様に無駄に血を流させたくない。彼に罪を重ねるのは、辛い。


「ねえっ、フリード様! どうか分かって! あのっ、えっと! 攻撃をやめてくれたら、私の特製のとっておきのなめらかで喉越しがたまらない『なめらか生クリームプリン』と『かぼちゃプリン』を差し上げます」

「うぅんっ? 『なめらかクリームぷりん』と『かぼちゃぷりん』だと。なあ、弥生。それはすこぶる美味いのか?」


 フリード様の目が変わった。

 よしっ、私の提案に食いついた。


「フリード様、そりゃあもう劇的に感動してほっぺたが落ちちゃうぐらいに『美味い』ですよ〜、メッチャクチャ美味しいんですからっ!」

「……いや、その甘味だけだは足らん。お前が【覇王の料理番】だけだはなく、皇帝の俺の妃候補に名を挙げるなら、一時攻撃をやめてやらんでもない」


 フリード様がにんまりと笑った。

 ずるい取り引きだ。

 だけど私は、それだけの価値があると思った。


「ずるいですよ……」

「ああ、そうだ。いずれこの世界を去るお前だ。未来の無い妃候補より、今すぐ本当の恋人として俺のモノになってくれた方が良いかな?」


 ほくそ笑むフリード様がものすっごくイジワルな瞳で私を見つめている。

 自身の顎にさっきまで落雷魔法を飛ばしていた指を添え、不敵な表情を浮かべた。


「う・そ」

「はあっ!?」

「冗談だ。俺が自国の大事な資源である森を破壊する理由わけがなかろう。ここらを護っている森の妖精と風のドラゴンにこっぴどく怒られる。――弥生、安心しろ。あれは幻影だ」

「幻影……ですか? だって熱いのに」


 森を焼き尽くさんばかりにメラメラと燃え盛る炎は、熱い温度と風を上空の私たちにも届けている。


「まずは一網打尽に奴らを拘束して、弥生のいうとおり事情とやらを聞いてみてやるか。ことと次第によっては強盗団は捕縛し監獄島の牢獄行きだがな」


 そこでフリード様が空中に剣を掲げた。

 空中に魔法陣を描き出し、「召喚――ローレンツ。召喚――アーロン」と鋭く言い放つ。

 ええっ! 今フリード様なんて言ったの?


 光り輝いた魔法陣からは、あのローレンツ料理長とアーロン副料理長が光の球に包まれながら現れた。

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