第29話 敵襲!

 私はフリード様から旅の大まかな計画を聞いたよ。


 フリード様が皇帝として治めてるのは大陸ドラゴニアっていうの。

 大陸ドラゴニアの中心国でフリード様の自国のドラゴニア皇国を含め、属国の大小数十カ国を束ねているんだって〜。

 国々は大昔からの小さい領地や島国も多いそうです。

 いくつかの属州に分かれているって言われたけど、ごめんなさい、私にはちんぷんかんぷんです。

 メモメモ……。

 フリード様からもっとたくさんお話を聞いて、追々おいおい、勉強していきま〜す。


 私の世界の日本と同じ四季がある国もあれば、一年中夏みたいな国や、寒さの厳しい国もあるそう。

 あんまり寒すぎるのは辛いなあ。

 私は春生まれなので、ほんわかしたあったかい陽気が好き。……あっ、生まれ月は関係ないか〜。



 私たち、まずは野営基地から南下して、砂浜の綺麗なリゾート観光地を所有する国モンセの漁港の港町レフュペルを目指すんだって。


 最初の目的地はレフュペル近郊の村で子供攫いの被害と不審人物の目撃情報を確かめにフリード様が行くと言う。

 子供や女性を攫うとか、本当に許せないよねっ!

 大胆に動いている組織ならすぐに見つけられるけれど、巧妙に存在を隠しながら悪い商人や貴族が裏で手を回して人身売買を行っている可能性もあるから、フリード様は慎重に動くって。


 フリード様は街道に人や魔族がちらほら見え始めて、フードを装備し深く被る。それから髪色を魔法で黒髪から赤茶色い色に変えた。

 雰囲気が変わって私はどぎまぎ、でも赤茶色い髪の毛のフリード様も格好いい。

 見た目は、威圧感がありありな黒髪バージョンより、こっちはちょっとヤンチャなフリード様ってとこかな?


「弥生、この旅はお忍びだからな。残念だろうが、見送りがなくて寂しかったか? どうしてもとリーフォやケルベロスたちにねだられたが俺が直々に断っておいた」

「そっかあ、素直に言ったら寂しいです。みんなに『行って来ます!』って言いたかったな〜。でもね、仕方ないですよね」


 私、友達になった可愛い魔法生物たちや知り合って仲良くなった野営基地のみんなの顔が浮かんだ。


 フリード様が私の頭をくしゃくしゃって撫でた。


「お前、なあにしんみりとしてんだ。今生の別れじゃあるまいし。生きて無事に戻ってくりゃあ良い。……まあ、きっとすぐ会えるさ。弥生が家族と再会して自分の世界に戻る前に、野営基地に寄って土産話を語りながらお前が作る飯をみなで食おう」

「そうですよね! ……すぐかな〜」

「たぶん、な」

「やだ〜、フリード様。そこは自信を持って嘘でも『すぐに何もかも解決する』って言って下さいよ」

「俺は確約のないことを必ず出来るとは言わん。約束は縛りだ。善処はするが、希望が失われれば相手には絶望を与える。叶えられない夢は見せない主義だ」


 うーん、めっちゃクールだ。


 フリード様のそういうトコは本当は冷たいんじゃなくって、相手を思いやっているからなんだよね。


 ……フリード様のお顔、美形なのに、普段怖いし凄みがあるから勘違いされちゃうんだろうけれど。


「フリード様、出来ない約束はしない主義でしたもんね」

「ああ、そうだ」


 突き放しているわけじゃない。


 見通しが厳しい時に、相手をぬか喜びをさせないんだ。


「人間は信じていた希望が絶望に変わる折に、真っ暗闇のどん底を這うことになる。その希望がその者にとって明るければ明るいほどな。心の拠り所だったら時に精神が崩壊する」

「フリード様?」


 それって……フリード様もそんな目にあったことがあるからですか?


「……なんだ? 弥生。何か言いたげだな」

「聞いても良いですか?」

「ああ、構わん。俺はお前には隠し事をするつもりはない。ただし、俺のことならな」

「フリード様限定なんだ」

「そうだ。この先例えば人に黙っていて欲しいと頼まれた秘密を持ちかけられては、たとえ弥生でも明かせないことはあるだろう。約束を反故することは信頼を裏切りかねない。……だが、俺のすべては弥生に知っていてもらいたい」

「フリード様のすべて……を?」

「ああ」


 フリード様がそこでスーッと目を細め遠くを見つめた。

 頭を振らずに、目だけであたりを窺ったのが分かった。


「弥生っ。両サイド及び後方から招かれざる客人のお出ましだ。……加速するぞ、しっかり馬に掴まっていろ」

「えっ? えっ? キャ――ッ!」


 フリード様が黒馬を器用に操り、街道から森に入って、木々の間を縫うように疾走っていく。

 私は振り落とされないように馬の首筋にしっかり抱きついて、たてがみに頬を寄せた。


『ふっふ〜ん。敵襲ですね、でもチョロいチョロい! ヤヨイちゃん、なんたってワタクシ、フリード様のお気に入りですからこんなの大したことないですよ』

「うん。……って、えっ? えっ?」


 あれ、もしかして馬が喋った?


『ちょっと〜! 待ってよ〜! ボクのこと置いてかないで〜。荷物多いんだから、まったくぅ。いいやもうっ! 飛んじゃうからね』


 ええっ!?

 私は後ろの方からの叫び声にチラッと振り返ると、旅の連れである角の生えたロバが、――翼の生えた一角獣になって空中に飛び上がっていた!


「フリード様、フリード様! あれってペガサス!?」

「ああ。変身を解くのは襲われたり身の危険を感じ有事が迫った時って教えておいたんだが。フハハッ、しゃあねえなあ」


 ――と、いうことは、薄々というかかなり感じていたけど、危険が迫って来てるんだ!


 怖い……、んっ? 私はそんなに怖くない……かも。

 なんでだろう?

 ――ああ、そうか。フリード様が楽しそうな顔をしているうちは、私は大丈夫だって思えちゃえるんだ。


「フリード様」

「んっ?」

「フリード様! 私、この乗ってる馬とあのロバ……ペガサスのお喋りが聴こえたんですが」

「そうか。弥生、お前動物や魔法生物の声が聴こえるのか」


 あの時、気になってた。フリード様から以前聞いた「」と繋がる。


「炎帝の加護の影響ですか?」

「……どうだろうな。敵襲に対処したら後で確かめるか?」

「かわせるんですか? フリード様、なんか追っ手はたくさん気配がしますよ?」

「弥生。ククッ、かわさねえよ。この道中、なるったけ人々の安寧を脅かす存在は潰すことにしたからなぁ。徹底して、俺が直々にこの手を持ってしてやっつけるつもりだ」


 私が互いに体をくっつけ合っているフリード様をちらりと見ると、目がキラッと力強く光っていた。

 口角を上げた不敵な悪戯な笑みがフードから覗く。


「上等じゃねえか」

「やだっ、フリード様ってば、なんでそんな楽しそうなお顔をされてるんですかー! こんな大変な事態を面白がってません?」

「そうかぁ? まあ、……楽しいか楽しくないかといったら楽しいかもなぁ? なぜならば敵の魔法力や闘気を探った限りは俺が単なる優劣では負ける気がせん」


 自信満々のフリード様の顔には、妖艶な笑みが浮かぶ。


 するとその時――!


 ドオォォンッ……! と右の方で爆音がして木々がバキバキって倒れ、土煙が上がった。


「きゃあっ」

「ふーん、そう来たか。こいつは闇魔法使いと魔物の共闘と見える。……フッ、面白い。弥生、さらに馬を速めるぞ」

「はっ、はいっ!」

「湖の方へ追い込むつもりらしいが、その手には乗らん。……っ!」



『フリード様!』

「構わんっ、跳べ。お前なら行ける」


 フリード様と黒馬が短くやり取りをしたのが聞こえた。



「フリード様ぁっ! 道がっ」

「案ずるな」


 フリード様が手綱をぐっと上げて引っ張ると、私たちの乗っている馬がジャンプした。


 うわわわわぁっ!

 私の目の下は崖だった。

 地面の裂け目の上を黒馬が跳んでいく。


 その跳躍ははあり得ないぐらい高くまで……。

 だけど、裂け目の幅は広い!


「お、堕ちる〜!」


 私は顛末を見ていられなくって、……目をぎゅっと瞑ってしまった。

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