第27話 容赦ない氷漬け
その時――。
「セイロンっ、貴様許さん!」
天幕の出入り口が剣でバッサリ斬られた。
その空けられた隙間から、かなり怒った声の人が
こ、この声は――!
「フリード様っ!?」
フリード様がチラッと私を見、視線が合う。
「うわっ! フ、フリード? なんでバレた? 弥生が叫んだとしても聴こえないように声も僕の気配も漏れないように魔法で結界を張っていたのに」
ちょっ、セイロン様! それって私を襲う気満々だったってこと〜? 酷いです。
でも良かった、助かったぁ。
フリード様が助けに来てくれたんだ。
今さら、体にガタガタ震えがきてた。
だけどね、フリード様が私を助けに来てくれたもの。
私はホッとして安心したら、気が抜けた。脱力してしまい腰が足がぐらついた。
「弥生」
「あっ……」
気づけば私はフリード様に抱きとめられていた。
心配顔のフリード様に私がぎこちなくも微笑むと、苦い表情だった彼がホッと短く息を吐きちょっぴり安堵した顔になる。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます、フリード様。私は、……だ、大丈夫です」
嘘だ。
実は私、全然大丈夫じゃないかも。
私ね、好きでもない男の人に迫られ無理矢理力づくで何かされそうになるのが、こんなにも怖いことだなんて知らなかった。
さっきのセイロン様は、獲物を狩るのを愉しむ猛獣の雄の瞳をしていた。
フリード様が来てくれなかったら、もしかしたら私は……。
あー、乙女の純潔が守られて、本当に良かった。
――だって!
だってね。
どうせ捧げるなら、大好きな人に愛し合う人に捧げたいよ。
無理くり望まない相手に奪われるのじゃなくって、初めてを捧げるなら、心の底から好きな人に貰ってもらいたいもん。
それはセイロン様じゃなくって、今私は……。
今の気持ちなら、私は……。
少し黙って私を見つめたフリード様が、私をふわっと横抱きに抱え上げソファにそっと下ろした。
フリード様は私を大切そうにしてくれる。
……本当に。
「弥生。お前は少し、そこに大人しく座っていろ」
「は、はい。フリード様」
フリード様が息を深く吐きカッと瞳を開いた。
「セイロン」
「ごめん! ごめんって、フリード。ちょっとふざけただけさ。そんなに怒んなよ。ヤヨイがあんまりにも純粋無垢で可愛いからいけないんだよ? 僕ってあどけない天使みたいな子を見るとさ、手に入れて壊したくなるんだよね。悪い癖でごめん。僕に堕ちると女の子はみーんな欲深な小悪魔になるから楽しくなっちゃう。僕の手で大人の女になるんだ。何も知らないか弱いレディがね、僕が抱くと素敵な自信に溢れた女性に生まれ変わるのって快感なんだよなぁ」
「――で、お前の性癖の談義は終いか? くだらん。ひたすらに俺はお前がムカつく」
ブチッとフリード様の何かが切れたのが表情から見てとれた。堪忍袋?
わわっ、めちゃくちゃ怒ってる〜!
入って来た時そのままの怒りの勢いでフリード様が、セイロン様にずかずかと歩み寄りながら手のひらを向ける。
メラメラとゆらめく彼の背中から炎の気が見えた。
さっ、さすが、炎帝フリード。
怖いぐらいの気迫に、私も圧倒されちゃう。
それからフリード様は早口で魔法の呪文をすらすらと詠唱した。
私には彼がどんな内容の魔法を呟いているのかは、相変わらずちんぷんかんぷんだけどね。
「俺は、セイロンお前にはほとほと呆れている」
「フ、フリードっ! 待った!
「セイロン! 俺の大事な弥生に手を出すなと散々忠告したはずだ。何度目だ? お前の言い訳は聞き飽きた」
命乞いかと思うほど顔面蒼白なセイロン様が慌ててフリード様に止めてと絶叫したけど、後半は声がかき消されてしまっちゃったよ。
――だって、セイロン様が氷漬けになっちゃったから。
フリード様の放った氷魔法で。
あらら……。
セイロン様〜。
あちゃー。
「弥生、大丈夫か? セイロンに何かされなかったか?」
「わっ、私は大丈夫です。まだ何もされてません」
「それなら良かった。弥生、お前が無事なら何よりだ。まさかセイロンがかなりの本気でお前を自分の女にしようと迫るとは思わなかった。多少は遠慮するかと目論んだ俺が甘かった、すまん」
「どうして?」
「俺の責任でもある。いつ如何なる時もお前から離れるべきではなかった。自分の統治している野営基地ならばと、油断していた」
「だって、違う! どうしてフリード様が謝るんです? 貴男のせいではありません。悪いのはセイロン様で。あと隙があった私も……すいません。フリード様にはずいぶん心配してもらっていたし、周りの男性には散々気をつけろって言われてたのに」
「いいや、俺の責任だ。大切なお前を危険に晒した。……だから誰も信用ならんのだ。弥生は怖かっただろう?」
「ちょっぴり怖かったですけど。私は大丈夫です! ……ああ、もしかして。フリード様が施してくれた炎帝の加護があるから、私の乙女の危機が分かったんですよね? いや〜、これじゃあ私、絶対に浮気なんて出来ませんねえ。フリード様に筒抜けだもの」
ちょっとわざと私はおどけた調子を混ぜて言ってみた。
「そうだ。そそのかされでもして、弥生お前さ、浮気心なんか起こしてみろ。俺が
「じょ、冗談に聴こえませんが……。あのー、フリード様?」
「……良かった。無事で良かった」
フリード様が両手を私の肩に触れ、ゆっくりと安堵のため息を
心配そうに見つめる瞳は、私を本当に思ってくれてるんだな〜って感じるし、焦ったのが伝わってくる。
しっかし、フリード様のこういう情け容赦ないとこが『冷酷無慈悲なゲキ怖な皇帝』と言われちゃうとこなんだろうな。
「フリード様。セイロン様にかけた魔法を解いてあげて下さい」
「断る。俺は解かん」
「セイロン様は私を少しからかっただけなんです〜。ついつい私をからかっただけ。出来心じゃないかと。あのっ、私の反応が面白いからとか、そうだ! たぶんフリード様が私を大切だと皆さんの前で宣言してくださったから……。セイロン様は急に寂しくなったんじゃないですか? 私、セイロン様はフリード様に自分のことを構って欲しくって、悪戯というかちょっかいをかけたくなったんではとか思うんです」
私が説得しようと必死に言ってもだめ。フリード様は頑とした態度で聞き入れない。
「だとしても許さん。コイツは放っておいて、すぐに出立する」
「フリード様!」
私が顔を仰ぎ、フリード様の横顔が見えて目が合う。
すると、フリード様が片目を瞑りウインクをした。
「
パッと私とフリード様は外に瞬間移動していました。
ええっと、ここは野営基地の南の出入り口の門だ。
「セイロンなら大丈夫だ。あの程度の氷魔法ならヤツは自分でも簡単に解けるし、さもなくば騒ぎを嗅ぎつけたフェルゼンあたりが救出している頃だろう。小さい時分からヤツとは魔法攻防で鍛錬した仲だ。互いにかけ合う魔法は混ぜて複雑に絡めたつもりでも痕跡は解くのは容易く、我々にはほんのお遊び、じゃれ合いに過ぎん」
「本当に? セイロン様は無事ですか?」
「ああ、無事だ。あんな初期魔法で死ぬぐらいなら皇帝の俺の影武者は務まらん。王族は絶えず死の危険と隣り合わせだからな。それにあいつはタフで魔法の扱いは上級の高レベル魔法騎士だ。加えて毒や闇魔法にも耐性がなければセイロンはとっくの昔に俺の代わりに死んでいる」
ひえ〜、思ったよりえげつないというか、過酷だ。
王族や貴族ってもっと優雅な世界かと思っていたのに。
「弥生はそんなにセイロンが心配かよ?」
腕を組み、むっすーぅと嫉妬したフリード様の顔がちょっと可愛い。
拗ねてるんだ〜。
「えっ……。そんなことないです。私はどちらかと言えばフリード様の方が心配かな」
セイロン様はふてぶてしいから、修羅場にでもなっても悪びれず、そんな場面で女性たちに刺されたって死ななそうだ。
「俺の方が……?」
「はい」
「そっか」
「はい」
「悪くねえなあ」
フリード様に私は手首を掴まれ引っ張られ、抱き寄せられてしまっていた。
私はフリード様の胸のなかにうずもれて、少し苦しいのに。
どうしてか、嬉しくなる。
フリード様の匂い……、フリード様の心臓の鼓動……。
――ドクンッ、……とくんとくん。
耳元に伝わる彼からの音、確かな響きが力強い。
フリード様のぬくもりに安心するの。すっごく、あったかい。
ここは心地良いなぁ……。
「愛している。お前を誰にも渡さねえからな」
フリード様にめっちゃ小声で何やら囁かれたのだけど、私の耳が彼の鼓動に夢中だったので、よく聴こえない。
「えっ? フリード様、なんか言いました? もう一回言って下さい」
「うぐっ、もう言わねえよ」
「これは推しの大事な名言だったかも。やだうそー、聴き逃した〜! フリード様ぁ、お願いですからもう一度言って〜」
「もう言わねえから。察しろ、弥生」
フリード様は私が仰ぎ見たら顔を逸らした。
――あっ、照れてるんだ!
私がフリード様の顔をじっと見ると手で隠す。
それはそれはすっごく恥ずかしそうに。
「やだ。言って下さいって」
「イヤだね」
「聞きた〜い。是非とも聞きたいですっ」
「弥生が聞いたってそんなに面白くないことだ」
「うっそだ〜。だってフリード様ったらすっごく照れくさそうな顔してるんだもん。何言ったか気になるじゃないですかぁ」
「もう勘弁しろ、弥生。追及すんな忘れろ」
そこでフリード様はふと何か良からぬことを思いついたように、悪戯な瞳をこちらに見せた。
「お前になら心配されるのも悪くねえなって言ったんだ」
フリード様の手が素早く伸びてきて、私の男装騎士服の詰めた襟を留めていた金具を器用に外すと、鎖骨に口づける。
とっても、熱い熱いキス――。
私の頭の中も胸の内も全身にたちまちフリード様からの熱さが巡りぽや〜っとしてきちゃう。
「ひやあっ……! フリード様っ、だめぇ」
「やめてやらない」
フリード様の私への口づけは次には首筋に落とされ、ほっぺた耳たぶにまで……。
「唇にもしてやろうか?」
熱っぽくて色気たっぷりのフリード様の瞳に吸い込まれそうになって、つい「唇にもキスをお願いいたしますっ!」と言ってしまいそうになる。
「だ、駄目ですぅ。いけませんよ、フリード様」
トンッ――と私はフリード様の胸を軽く両手で押し、そっと離れた。
私がそこは踏みとどまると、フリード様はクスクスと悪戯に笑う。
「……もぉ〜っ、不意打ち加護キスは禁止ですっ!」
「加護ではないのも混ざっていたんだがな」
「えっ?」
額に口づけられて。
私が慌てふためくと、頭をポンポンくしゃくしゃと撫でられた。
「この先は、セイロンの誘惑なんかよりもっと危険が待ち受けている。俺のそばをなにがあっても絶対に離れるな」
「はいっ!」
「俺がお前を守る。もしもの時はお前だけでも助かるよう策は講じてあるから安心しろ。つまりは全力全霊でお前を生かしてやる」
「フリード様、不吉ですよ? あの〜、やめましょう! なるべく。ネガティブなのは、ねぇっ? フリード様」
「不吉か。……弥生、覚悟はあるか?」
「はい」
「良いな、凛々しい。よしっ、これから弥生と俺の冒険の旅の始まりだ。旅路は辛く苦しい感情より、炎帝の俺と居たらすこぶる快適で楽しく甘いひと時を約束しよう」
フリード様はキリリッとした表情に変わる。
二人で前を見つめた。
私とフリード様は今、同じ方向――を見、同じ時と場所――にいる。
丸太を組んで造られた簡単な造りの門だけど、ここから一歩出れば大冒険の始まりなんだよね?
野営基地には、フリード様たちが施した魔物を寄せ付けない魔法結界が四方八方に張り巡られされていたけれど。
ここからは違う。
この門から一歩踏み出したら……。
もう私の目の前、そこに広がるのはあちらこちらからガンガン魔物が襲ってくる異世界ならではの森だ。
絶対の安心も身の安全なんか、ない。
私を襲ったゴブリンたちだって、あそこら辺から出て来たし。
だけど、私の隣りには力強い彼がいる。
私のそばに炎帝フリード様がいてくれると思うだけで、私は勇気が湧いて。
どこかワクワクと楽しみな私が確かに存在していた。
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