第26話 いよいよ、捜索開始――! その前に旅行の準備だ〜

 私、いよいよ、お姉ちゃんとお母さんの捜索開始の旅に出ることになったよ――!

 二人とも、待っていてね!


 だけど、やっぱり良いのかな〜?


 フリード様が直々に一緒に連れて行ってくれるだなんて。


 この周辺の国々を治める皇帝自らが、たった一人の異世界の平民の私なんかのために、尽くしてくれようとしている。


 嬉しくも独り占めだなって感じが、国民皆様に申し訳ないような。


 ……でも、ありがたいです!


 そうだ、世直し旅のついでだと思おう。

 フリード様は私の家族を捜索してくれつつ、国民の困りごとをこっそり(?)解決しようとしているんだもんね。


「それはそうと弥生は馬には乗れるのか?」

「乗ったことありません」

「そうか。ではまずはあとで試しに乗ってみよう。空いた時間で練習していこうな。俺が手取り足取り教えてやるぞ。ここでは乗馬は戦や魔物討伐の基本だ。馬に乗れればたいがいの契約した魔法生物には乗れるようになるはずだ。……相手が弥生を認め、友好的であれば」

「フリード様、もし馬の方が私を気に入らなかったら……?」


 1拍置いてフリード様が悪戯な瞳でウインクした。


「そんなの決まっているだろ? 馬がお前を見てムカッとするなり馬鹿にしようものなら、お前は馬に落とされるか強靭な脚で蹴られるんだ」

「わわっ、そっ、そうですよね〜。馬のご機嫌を損ねないよう気をつけまーす」

「フッ。弥生、まあそう気負うな。馬の気配と視線を注意深く見て探れ。相手は我々人間と同じ、心を持った生き物だ」

「はっ、はい。そうですよね」


 フリード様がうーんと唇に親指を添え、思案顔になる。

 彼はそんな仕草も美しくていちいちサマになるから、私はフリード様の何気ない振る舞いにも一喜一憂してドキッとしちゃう。


「……そうだな、自分と気性が合いそうな馬を見極めろ。友達になりたいという気持ちで愛想良くな。乗る前に馬と優しい心持ちで挑み目を合わせ、にっこり挨拶しときゃ結構大丈夫だから」

「そんなもんですか?」

「ああ、そんなもんだ」


 フリード様が私の背中をぽんぽんと叩く。

 私、彼に触れられると、ドキッとする。

 ……お互いに好きだって言い合ってから、ますます、意識しちゃうな。


「俺は騎士団指揮の準備があるから、出てくる。弥生は荷物をこの魔法の生地で作られた鞄とリュックに入れて用意しろ。この二つはそんなに大きな物は入らない。魔法道具は微量な魔法が漏れるから、俺達の所在を何かしらの者に悟られる可能性を生み出す。俺はお前をあまり危険に晒したくないので、この魔法力が低い魔法鉱石を内側に施した道具が妥当だろう。……ああ、大事なことだが、水と食べ物ならここに入れれば一定の温度で管理されて長期間保存できるから便利だぞ」

「ありがとうございます! わあっ、すごいですね、魔法の鞄と魔法のリュックだ〜。えっ、冷蔵庫にもなってるんだ〜。じゃあ、たくさん詰めて行こっと」


 私はフリード様から鞄とリュックを貰ってウキウキ、さっそく中を開いて見てみたけど見た目は普通のと変わらない。

 でも、不思議とひや〜っとした冷気が鞄とリュックのふたつからしている。


「準備が出来たら野営基地の南側の出入り門に集合な。ああ、捜索に出掛けることは食事をしたメンバーとミントとバジル、それからローレンツとアーロンのみに話している。決して弥生は他の者に聞かれようが迫られ問い詰められようがこれからの予定を他言するな。敵となるような頭の回る連中ってのは時々人を操ったりでもしてまで情報を得ようとする。お前が異世界から来てるだけでも奴らは興味をそそられているはずだ。……気をつけろ。弥生、分かったな?」

「ああ。はいっ!」


 私は背筋を伸ばし、改めて気合を入れ直した。

 腰に差した体に慣れない剣が、カチャリっと音を立てた。

 まだ本物の剣を持つのに自分が相応しくない気がして、その存在感には自分の気持ちが追いついていない。


「じゃあな、あとで」

「はい、あとで」


 フッとフリード様が笑いかけてきて、私も笑顔で返す。

 なんか……甘くないですか?

 こんな些細な会話のやり取りが、ちょっと恋人っぽい。

 溺れちゃいけないのに、私はどんどんフリード様の魅力に溺れてしまっている。


 ……好きって気持ちは。なかなか止められない、セーブなんて出来ないんだね。


 私はテントの天幕を出るフリード様の背中をそっと見つめていた。



    ◇◆◇



「ヤヨイ。準備できた?」

「あれ……?」


 フリード様……?

 しばらく留守にするわけだからと、私は天幕のなかを軽く掃き掃除と拭き掃除して。

 さあ、そろそろ出ようとした時だった。

 テントに入ってきたフリード様はいつもの服装に少し煌めく装飾を施したマントを肩に留めていた。

 出掛ける用のマント……? でもフリード様なら、隠密の行動だといってもっと質素で単色でシンプルな装いをしそうなのに。だって目立たないようにって思うよね?

 フリード様はまあ、あの美貌、お顔立ちではオーラを消そうが、只者ではないイケメンっぷりが醸し出されてしまいそうですが。


 ――んっ! なんだろうか。

 私はちょっとした違和感を抱える。



『準備が出来たら野営基地の南側の出入り門に集合な』


 フリード様はそう言っていた。


 目の前のフリード様? は、天幕のテントの入口を隙間なくきっちり閉めた。

 なんなら、軽く留め具を留めて、人がすぐに入ってこれないよう用心深く。


「ヤヨイ。出掛ける前にいちゃいちゃしよっか」

「いちゃいちゃ?」


 甘い言葉、ふんわりとした笑顔……。

 フリード様は私に近寄るとすっと腰を抱き寄せようと、腕を伸ばしてくる。

 薄くも深く抉れた古傷があったはずの右腕に、……傷がない!

 

 この人はフリード様じゃない……!

 そっくりだけど、ぜったいに違う。

 私には分かる。


 フリード様に見せかけている魔法がぼんやり見えた。

 私は魔法力なんて持たないはずだけど、なんか感じるんだもん。


「あなた誰?」

「えっ?」

「あなた、フリード様じゃない!」


 私はそうきっぱり断言していた。


 見た目はフリード様そっくりの人――が、私の体を絡め取るように両手を伸ばして抱きしめて来ようとするから、私はサッと逃れるように後ずさった。


 フリード様の黒曜石の瞳に見せかけてるけど、キラッと碧眼の光が時々垣間見える。


「うんっ? どうしたの? お出掛け前ににキスしてよ。ヤヨイから愛の証しを感じたいな」

「なっ、なんの冗談ですか? セイロン様! も〜っ、フリード様のフリして他の人なら騙せても私には違いが分かってしまってますよ? フリード様が旅に出ているあいだの影武者なんでしょう?」


 くすくすくすとフリード様に変身したセイロン様が意地悪な表情で笑う。

 この軟派な雰囲気はフリード様にはないものだ。


 悪い男……、危険な恋を望んで来たってそんな余裕?

 セイロン様は、たくさんの女の子たちと付き合ってきたのだろう。


「へえ〜。ふふっ。すごいや、……ヤヨイってすごいね! どきどきするよ。うん、僕はワクワクもしてるや。だって僕の変身魔法を見破った女の子は君が始めてだからだよ。……僕の銀色の髪もブルーアイも、魔法でフリードの漆黒の髪色に黒曜石の瞳に変えた。これから完璧に演じるんだけどね。……仕草も声色も口癖も。どこにあいつとの違いがある? 大差ない、変わらないでしょう? ――のモノになんなよ、ヤヨイ」


 きっと、フリード様のフリをしたセイロン様は、女の子を手のひらで転がし手中に収めて恋を愉しむタイプだ。


「まったくぅ。セイロン様は『ザ・女の敵』じゃないですか! フリード様は女性には奥手で誠実なんです。フリード様の影武者をしている間だけでも女性を口説くのはやめたほうが良いですよ。そうじゃないとセイロン様がするフリード様の成り代わりは完璧なんかじゃないもん」

「イヤだよ。……僕にとって女性を口説き付き合うのはステータスの一部なのさ。息をするのと同じで恋愛をして彼女たちから自信と愛と孤独を埋める温もりを交わす夜の契りがなきゃ死んじゃうんだ」


 セイロン様は、私がフリード様の偽物だって見破ってもたじろぐことなく、私を抱き寄せた。


「すっごい罪悪感と背徳。フリードの大好きなヤヨイをこの腕におさめているかと思うとゾクゾクしてくる。……ああ、たまんないね」

「離してください。さもないとセイロン様の大事にしてるだろう顔をビンタでひっぱたきますよ?」


 私がセイロン様に抱きすくめられてる状態から力を入れて右手を引っこ抜き平手打ちの構えを取ると、彼が心底可笑しそうに笑った。


「出来るかな? ヤヨイにそんなこと。君、……震えてるよ?」


 乙女の貞操の危機を感じた。

 たしかに私は震えている、そう自覚して、焦ってきた。

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