第25話 旅立ち前の甘い朝食〜フレンチトースト〜

 今朝のフリード様に作る朝ご飯のメニューは「フレンチトースト」で〜す。



 さっき、フリード様に……両想い確認をさせられて――。

 どんな顔をしたらいいものか。

 とっ、とりあえず普通に平穏にしてよう。



 ……私がフリード様と想い合ってて、二人の気持ちが繫がってるって、信じられないな。



 そっ、それに、それにですよ?

 せっかく両想いでも、私とフリード様には未来がない。


 私たちが数日数年後、同じ場所にいて同じ気持ちを抱えている保証はなくって。


 こんな状況の恋愛なら、ひと時で良いから付き合おうとか言う人がいるかもだけど、私には無理です。


 うう〜っ、お別れ確定の恋だなんて、切なすぎる。


 異世界の皇帝フリード様……、なんて人に私も初恋しちゃったのだろうか。


 フリード様ったらさ、私を婚約者にしたいとかって、別離の分かっている関係なのに、その後どうするつもりなんだろう。


 ――私って、もしかして女よけ?


 一時的でも恋人とか婚約者とかがいれば、うるさく言ってくる人たちを牽制させられるだろうからなあ。


 それでも良いのかもしれない。……けど。私、もしフリでもこれ以上いちゃいちゃとかしてると、フリード様を本気で好きに……えっと、もう好きだけど、とにかくのめり込んでしまうと思う。

 離れたくないとか思っちゃって、異世界でずっと過ごして生きていたいとか血迷ったら、おばあちゃんを悲しませてしまうことになるもん。


 きっとおばあちゃん、一人で今ごろ寂しい思いをしているに違いない。

 うちの『たんぽぽ洋食亭』もどうなってるかな。

 おばあちゃん一人とたまに来てくれてた学生バイトの人だけじゃ、きっとお店を回せてない。忙しくって、おばあちゃんが体を壊してたりしてたらどうしよう……。


 ああ、暗くなっている場合じゃないや。

 フリード様がお腹を空かせて待ってるんだから。


 

 厨房で仕込んでいるところに、フリード様とあんな甘々な時間を過ごしたものだから、フレンチトースト液に浸けていた堅いパンがすっかり柔らかくなっている。フレンチトースト液は、卵に牛乳に砂糖です。

 あとはバターでじんわり焦げつかないように焼いて、仕上げに蜂蜜かメープルシロップ……をかけてって、メープルシロップはないから、蜂蜜だね。

 それからオレンジやイチゴとかフルーツをカットして添えて、生クリームかアイスクリームをのせて完成!


 フリード様にはそうだなぁ、生クリームと蜂蜜、味変は別添えでオレンジシロップをあとから掛けられるようにしようっと。


 あっ、チーズクリームも乗せたら美味しいよね。今度作る時は甘いだけじゃないバリエーションを変えたのも作ろうかな〜。



 う〜ん、美味しそうに出来上がったぁっ!!



 ローレンツ料理長とアーロン副料理長にフレンチトーストの作り方を教えたから、フリード様以外の野営基地の皆の分は、二人が指揮を執って作ってくれたはず。


 さあて、フリード様は喜んでくれるかな〜?


 私はわくわくでフリード様の天幕のテントに朝ご飯を運びます。



     ◇◆◇



「うっわぁっ、すっげえ美味そう。香ばしさと甘い香りが食欲をかきたてるぜ。うん、すっごく俺好みだな♪」

「フリード様のために作りました。旅立ち前の甘い朝食、フレンチトーストで〜す。召し上がれ〜」

「では。いただきますっ」


 フリード様は一口頬張るごとに「ふ〜っ、美味い!!」って言いながら嬉しそうに食べてくれる。

 うふふっ、フリード様にっこにこだあ〜。


「なあ、弥生も一緒に食べよう?」

「えっ、ああ、はい」

「お前と一緒にメシを食うとすっげえ楽しい」


 なんだか子供だ。可愛い。

 この人がこのあたりの国々を束ねる皇帝で、怖ろしいと噂されてる人なのに。


「んっ、弥生? ……座りなよ」


 フリード様がおもむろに立ち上がって、私のために椅子を引いてくれる。

 こういうとこ紳士だよねー、フリード様って。

 貴族の皇帝になるための教育とかあったのだろうか。

 私は映画のワンシーンの素敵なレディにしてもらえてるみたいで、彼からの扱いが気恥ずかしい。


「はい、ありがとうございます」


 フリード様は手際よく私の分のフレンチトーストやサラダにベーコンも大皿から取り分け、目の前に置いてくれた。

 こんなとこもイケメン……、きゃっ♡

 意外だ、食事の配膳は皇帝の日常では給仕係がやってくれるだろうから、フリード様は普段はしないだろうに。

 バランス良く、しかも、盛りつけ方が綺麗だな。


「うん。よし、改めまして。弥生、飯の用意サンキューな。いただきます」

「えっと。はい、フリード様、どういたしまして。あっ、取り分けてくれて、ありがとうございます。私もいただきま〜すっ」


 そういや――。

 悪霊鬼はどうなったんだろ。私、ちゃんとその辺りの話を聞き忘れてた。


「フリード様。お帰りがすっごく早かったですけど。そういや魔物討伐、悪霊鬼はどうなったんですか?」

「うんっ? 倒してきたに決まってんじゃんか。あの面子めんつで退治なんて最強だかんな。パパッとあっという間に済ませてきたぞ。俺は弥生の朝飯を楽しみにして張り切ったし。ついでに、猪獣いのじゅうが群れで俺たちを襲って来たから狩ってきた。……今日はこれから捜索の旅に出立するんだ。なのにお前ったら、セイロンに口説かれてやがる」

「すっ、すいません」

「いや、弥生は悪くない。お前が謝ることじゃねえから。……がっ、だから隙を作るなって言ってんの。あんまり男と二人きりになるなよな? 弥生がいくら男装してようが無意識にお前の魅力に惹かれてしまう奴は多い。まあ、セイロンは弥生が女だって知っちまってるから、十二分に気をつけろよな。あいつ、何人も恋人がいんだぞ。女には見境ない癖者だから」

「癖者……。セイロン様って手癖が悪いんですか?」

「そうだ! しかもセイロンの囲っている女同士は妙な結束力があってな、表面上は仲が良い。セイロンと女たちで茶会をしたり花見をしたりしてる。裏じゃどんなに牽制し合ってんのかは知らん。俺は興味ねえから」

「ふーん、そうなんですね。気をつけようっと」


 フリード様からのちくちくとした針みたいな視線を感じる。


「なんですか、フリード様? 甘い美味しいフレンチトーストが苦くなりそうな目つきで見ないでくださいよ」

「それ、どんな目つきだよ」

「今しているフリード様の表情です。ふてくされてむくれた顔……。フリード様は何が不満なんですか? 私にちゃんと口にして教えて下さい」

「言えば良いんだな、言えば。なら不満を言ってやる。お前さ、俺と恋人同士にはならないって意地張ってっけど。どうしたら折れる? 俺のこと、好きなんだと認めたくせに」

「それが不満ですか? 私が恋人にはならないからというのが」

「ああ、そうだ。俺の女だと国中に公言すれば、誰も手出しはしない。よっぽどの命知らず意外はな」

「だって……、距離取っておきたいんです。適切な関係で気持ち、セーブしたいの。フリード様のこと、これ以上は好きになりたくないから」


 ――私の本心だ。

 フリード様は押し黙ってしまい、彼がグラスにイチゴとクランベリーのミックスジュースを注ぐ音がやけにテント内に響く。


「……そうか。だが、男共にもし口説かれて迫られたら、弥生は迷いなく咄嗟には恋人が居るって言え。まあ、そもそも俺は旅先ではお前を絶対に一人にするつもりはないがな」


 はっ――!

 えっ、まさかそれって。

 夜は、どこかに泊まるんだよね?

 いちいち野営基地に戻って来てたら、行き帰りの道中の時間が無駄になるよね。


「あの、まさか宿で泊まる部屋がフリード様と一緒とか……」

「そうだ、当たり前だろう。野営基地ここを出たら盗賊や強盗に人攫い、魔獣やら危険な奴らでいっぱいだぞ。昼夜問わず気を張れ、弥生。まあ、俺の治めているドラゴニア皇国の皇都なら比較的安全だが、それでも宵のうち夕暮れの浅い夜からの女の一人歩きは推奨せん」

「そうなんですね。はあ〜、私もっと武術に剣術を鍛錬しようっと」

「ああ、そうしろ。弥生のその心掛けは感心感心、うん偉いぞ。……まっ、旅先での部屋は同じだが、お前と俺のベッドは別々にしてやるよ」

「別々のベッドですか……」

「んっ! 不服か? 一緒に寝て欲しいなら寝てやるけど? 弥生は俺の添い寝が無いと寂しいんだろー」

「ふえっ。……わっ、私は寂しくなんかないですぅっ!」


 私が慌てて否定すると、ハハハッとフリード様が大笑いした。


「俺は弥生と想いが同じだって確認出来たしな〜。心が通じ合ってるって分かった上で閨で同じベッドにいたら、お前を容赦なく襲っちまうかも。我慢出来る気がせん」

「ちょっ、駄目ですよ? フリード様。私、お付き合いしても無い方とそんな……」


 フリード様がフッと微笑む。

 なんか笑顔がキラキラしてるのは、……なぜ?


「それなんだがな。おかしいとは思わんか? 好き同士なんだぞ、俺たちは」

「はあ、まあ、そうみたいですね」


 私はたちまち言葉がしどろもどろになってしまう。

 だってだって、どう反応して言葉を言ったら良いのか、正解が分かんな〜い。




 私がもじもじしていると、フリード様が話の話題を変えた。


「しっかし、俺は今の今までパンは石みたいにすこぶる堅いものかと思っていた。弥生が調理すればこんなに柔らかくて美味くなるんだな」

 

 ……フリード様、私が答えづらそうなのを感じて気を遣ってくれたのかな?


「ああ、パン。そういえばこっちの世界のパンってみーんなこんなに堅いんですか? ……あと、ぱっさぱさなんですよね」

「ああ、俺が食してきた範疇では堅いな。弥生の世界では柔らかいパンが普通か?」

「食パンやロールパンとかって手頃なパンが常備しやすいかな。一般家庭でも毎日毎朝食べるって人も居て、みんな当たり前のように日常的に食べます。焼いたり堅いのもあるんですけど、私は朝食に食べるならバターがじゅわっと美味しいクロワッサンが好きです」

「ほぉ、パンにも色んな種類があるのか。朝食はあとは主食に何を食べる?」

「あとはお米とか食べますね。食の好みは人それぞれなので、一概にこれが正解とかも統一性も無いですけど。お餅やうどんとか食べる人もいます」

「コメか。コメは腹にたまるし腹持ちが良いよな。ウドン? モチ? 弥生の世界は食が豊かでバリエーションが豊富なんだな。それに誰もが食事そのものを調理段階から楽しんでそうだ」

「私の生まれた世界には魔物とか出ませんからね。食材を調理する時間と余裕がこちらよりあるのかも。不思議に思ったんですけど、私の国の、……ああ、日本っていうんですけどそこの調味料のお味噌とかお米とかの特産物もこっちにあるんですよ。どうしてでしょうか」

「うーん」


 フリード様はぱくぱくとフルーツを口に放り込む手を止め、数秒考えた。


「異世界転移や異世界転生をしてきてる人間は存外多いと聞く。彼らが故郷を懐かしんで作ったり創意工夫を凝らしているのかもしれんな。忘れたとしてもなぜか、何かの拍子に蘇ることがあるそうだ。魂に刻まれた異世界の記憶がすべて無くなることはないらしいしさ」

「そっかあ。だから私の世界にあるものもこっちにもあるんですね。……逆もあるのかな?」

「逆? 俺のいる世界から弥生の世界にってことか?」

「ええ、そうです」

「どうだろう。……俺がよく聞いたのは弥生みたいなケースだ。魔法使いがそっちの世界から魔法力をもって勇者や光の聖女や巫女を召喚する方法。神や女神様の采配も聞くが、調査はしたことがない」

「――えっ?」


 ちょっと待って!

 もしかしてそれって確実な方法なんて無いんじゃ……。


「じゃあ、私とお姉ちゃんとお母さん、私たち家族はどうやってあっちの世界に帰るんですか?」

「この俺が居る世界から弥生の世界に行くには、当時儀式をしていた魔法使いをとっちめて、逆の手順で退却術をさせ帰還魔法儀式を行えば帰れるはずだと俺は踏んでいる」


 フリード様が出会った頃から自信を持って、私を自分の世界に帰してくれるって言ってくれていた。

 私はそれを信じるしかない。


「心配すんな。俺が必ず弥生を元の世界に帰してやるからさ」

「はいっ。あの、なんか私ですね、あんまり心配してません。……フリード様が言ってくださってるならそうなんだって。大丈夫なんだろうって思えるから」

「ふはあっ。お前、それ無茶苦茶嬉しい。すげえ、殺し文句だよ。両想い効果はすげえなあ」

「両想い……、ああ、そうですよねー」


 私、フリード様の私にだけに向けてくれてるほわほわあったかい笑顔にドキドキしてた。


 だけど、ね。

 実感は湧かな〜い。

 私とフリード様が、想いが通じ合ってるとか。

 この美貌のイケメンな皇帝様と、私が好き同士とかって。

 どう考えても……相手が凄すぎて一般家庭のただの女子高生の私とは不釣り合い、だよね〜。

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