第24話 誤解が解けて

 あ〜、なに動揺してんだろう。

 私ってば馬鹿みたい。



 フリード様が私のことを好きだとか言ってくれるのは、きっと元気を出させようってフリード様なりの慰め方か、気まぐれや冗談だったんだよ。


 もしくは詳しくはよく分かんないけど、【聖女】とか【勇者】みたいなたぐいのスキルのうちの一つで、稀な【運命の番】っていうのだから、私を好きだとか言ってくれた?

 さっすが異世界。

 私の世界の常識をはるかに飛び越えてくるな〜。

 


 それに、私を鑑定スキルで見ちゃった時、【運命の番】とかいう条件がきっとラベルのように私のどこかに貼られてて、フリード様には見えたんだ。


 も〜っ、私たちは恋人でもなんでもないのに。


 ……でも、悲しかった。


 私、フリード様のこと本気で好きになんかなっちゃいけないんだよ。


 すっごくモヤモヤする〜!


 だから。

 ああ、私はだからフリード様の恋人とかではなくって、ただの従者で【覇王の料理番】でいたら良いんだ。


 そうしたら、無駄にこれ以上傷つかなくすむ。




 私は調理場に駆け足で向かった。

 ――すると。

 フリード様がすぐに追いかけて来て、私は手首を掴まれた。


「弥生、待てって」

「あっ……」


 そして後ろから抱きしめられちゃった。

 きゃあっ、フリード様……。

 私、フリード様の温もりにほだされてしまいます。


「弥生、俺から離れんなよ。ちゃんと話を聞け。……俺の気持ち、聞いてくれ。あのさ、好きな奴なんて俺はお前だけでいい。弥生には、心の中のもの分かって欲しいんだ」

「ごめんなさい。私、おごってました。自惚れていたんです。私はそのー、フリード様の……」


 だめだ、セイロン様も追いかけて来てる。

 男装している私をほんとは女子だって知っている人たちについたフリード様の嘘。

 所詮は嘘の恋人なんだって、セイロン様の前では否定したくない。

 だってフリード様が私のために、私を守るために、嘘偽りだけど炎帝フリードの恋人の座って位置に置いてくれているのだから。


 ここで違うと言えば、フリード様の好意や優しさを無碍むげにする気がしたの。


 だから出来るだけ小声で、フリード様だけに聴こえるように話そうと思った。


 私を抱きしめてる腕、力強いのに優しくって。フリード様はあったかい。


「あの……。フリード様は私じゃなくっても、恋人にするのは誰でも良かったのでは? 私も恋人のお芝居なら相手は誰でも良いです。……フリード様は縛られてるの。誰かが決めた【運命の番】っていう役割があったから……。出会った当初から私のどこかに付いてて、鑑定スキルで見えたんじゃありませんか?」

「そんなわけないだろ! 俺が好きになった女が、それが【運命の番】なんだよ。理解しろよな、弥生。さっきも言っただろう?」

「だって……」

「お前が悲しい顔なんかする必要ない。事実だから」

 

 私には本当は駄々をこねる理由なんてないし、フリード様を責めるのは違う。

 だってそんな資格は私にはないもん。


 フリード様と私は、ただの主従関係だから。


「ちょっと……あのさ、フリードは口下手だよね。つまりは……」

「悪いがセイロン、黙っててくれ。大事なことは俺が自分で言う。弥生の誤解は俺が解かなきゃ意味がない。セイロン、この場は外してくれ。俺は弥生と……二人きりになりたい」


 ――二人きりになりたい、って。

 フリード様の吐息が耳にかかる。くすぐったいよ……。



 セイロン様はフウッと溜め息を吐き、仕方ないね、と苦笑いして立ち去った。



 あとには、私とフリード様が残る。


「あの〜、ここでは人目につきます。移動したいです」

「イヤだ。お前、また逃げるつもりだろう?」

「逃げませんから、せめてあっち」

「分かった」


 食料庫の横に薪の保管庫があったから、私とフリード様はそこに入り込む。


 薪がいっぱいで、……狭いなあ。


 フリード様と私の距離が密着してしまい、彼が私の両肩に手を置いた。


「……弥生」

「フリード様、ごめんなさい。私にとやかく言う資格なんかないのにつっかかってしまいました。フリード様は私のために周囲に恋人の振りをしてくださっているんですもんね。私、それを本物の好きだとか勘違いしてて。ああ、そっかぁ。私が【運命の番】っていう大層な名前の相手なのも何かの間違いとか咄嗟の嘘だったりするんです……よね?」


 フリード様がジイッと私を見たまま、私が話すのを黙って聞いている。


「フリード様?」


 な、なんか言って〜。

 視線が沈黙が、痛いと言うより恥ずかしい。


「なあ、お前。――俺のこと大好きだろう?」

「はあっ!? なっ、なななに言っちゃってるんですか」


 フリード様が悪戯な顔して微笑んだ。


「ははーん? 俺にはお前の気持ちがよぉく分かった」

「ふえっ……、私の気持ち?」


 ――ドキッン!

 私はフリード様に腰を引き寄せられた。


「ちかっ、近いです。離して、フリード様」

「今お前を俺の手からがせば、また気持ちをはぐらかすつもりなのでは? 今日はいい機会だ。とことん腹を割って話すことにしようぜ。弥生は、俺のこと男として好きなんだろ? だから、そんなに怒ってんだよな?」

「……っんなわけないですぅ。そりゃあ、フリード様はイケメンだし優しいし、あったかいし。一緒にいるとドキドキするけど! でも駄目なんです、違うんです。あなたのことは好きになっちゃいけなくて。好きだけどこれは友達に対する好きと一緒です」

「弥生、いい加減誤魔化すなよな。俺にはお前からの熱量を感じられてっから。弥生が俺を好きだって伝わって来てんだけど?」


 フリード様の真剣な瞳。

 視線は熱くて、真っ直ぐで力強くて。

 そして、……甘い。

 ドキドキドキドキ……。


「俺にはお前が必要だ。弥生を摂取しないと死ぬ。心が活動を停止しちまう」

「フリード様、そんな大袈裟な……」

「大袈裟じゃあない。もうお前が居ない世界は想像できない」


 フリード様の腕のなかにすっぽりとおさめられてしまうと、不安とかもやもやとか無くなっていく。ドキドキもしてるのに、安心しちゃって眠くなる。


 はあ〜っ、温泉みたい。


「もう、大丈夫です」

「何が『大丈夫』だ。全然納得してねえくせに。弥生、俺の炎帝の【運命の番】ってのは俺が心底惚れた相手が候補になるんだ。……っていうか、俺には弥生しかいない。これから先もお前しかありえん。俺はお前ただ一人を愛してるから。心が動いた相手はお前しかいない」

「本当? 本心なんですか。フリード様、また私をからかって……」


 フリード様の強い意思を宿した瞳と私の瞳が合った。彼がからかってなんかいないのが分かる。

 綺麗で――、力強い――、漆黒の濡れた瞳。

 深い場所の光は柔らかくあたたかく私を見つめている。

 伝わってくるよ。

 私を真剣に、想ってくれているのが。


 好きだ、お前が。

 弥生、好きだって。

 彼から、熱を……感じる。


 フリード様が私のことを――。


 期待してしまう、私がいる。


 フリード様が言葉を麗しい唇から発するたびに、私を甘くときめかせてくれるのではないかと、耳を心を澄ましてしまう。


「弥生」

「フリード様……?」



「弥生、俺は――お前が好きだ」



 トクンと、私の胸の奥で音が鳴った。


「そっ、そんなこと言っちゃ駄目ですぅ!」

「なんで? 俺は弥生に一目惚れした。空から落ちてきたお前を見た瞬間から目を離せない。心が惹きつけられている。会いたくて、離れたくなくて。一秒でも長くお前と一緒にいたい。誰かがお前の傍にいるだけで胸が痛んで焦ってざわつくんだ」

「それはフリード様が嫉妬してくれてるの?」

「ああ、そうだろうよ。嫉妬だな。だから、だ。お前にいだく気持ち。……俺のこの気持ちは【運命の番】とかそんなの関係なしに生まれたもんだ。……弥生、お前の本当の想いの丈を、誤魔化してない気持ちをちゃんと教えろよな」


 私の誤魔化してない気持ちを、フリード様に……。


「好きな奴が出来たら教え合う約束、俺は守ったかんな。自分の気持ちに気づいて、俺は弥生が好きなんだと自覚したから」

「そっ、そうでしたね。あっ、そうか」


 私、これから――。

 生まれて初めて告げる。

 男の人に、……「好きだ」って。

 あなたが好きですよって。


「フリード様」

「ちょっと待って。弥生の顔が見たい」


 暗がりの薪の倉庫、だけど小窓から朝日の光が入ってくる。

 きらきらの粒子が舞った。


 チリチリチリンっと私の風の妖精さんから貰った加護の鈴が小さな音で鳴っている。

 足首に巻かれたアンクレットから、ほんわか温かみが伝わった。


「私。私はフリード様、あなたが好き。あなたのことが好きですよ」


 言った瞬間、鈴が再び鳴り暖かい風が吹いて花びらがどこからか現れくるくるひらひらと、私とフリード様を包み込むように舞い上がった。


魔法妖精ニンフか。祝福の風……」


 えっ――?

 フリード様が呟いた瞬間、目が眩むほどの明るい光が私から放たれた。


「なっ、何これ〜!?」

「風と花の加護が炎帝の紋章加護と混ざり合って強化された」

「まだ私の体が虹色に光ってますけど? どうなっちゃうんですか、私! 効果とかどんな種類のがあるんでしょうか。これってフリード様を危険から守れますか?」

「知らん」

「フリード様ってば『知らん』ってー」

「ふははっ。俺だって知らねーもんは知らねーの。魔導書の文献には記載があったが初めて本物見たし。そのうち特殊な効果が現れるかもなあ」

「もぉ、フリード様ったら呑気ですね〜」

「うはぁっ。俺、『呑気ですね』だなんて初めて人から言われたぞ。弥生と一緒に居ると初めて尽くしだな。お前が面白すぎて、毎日が新鮮で刺激的で飽きねーな」

「私が面白すぎとか、褒められてるんですかソレ」

「ああ、褒めてるぞ。――それより」

「それより?」

「さっきの話の続き」

「――あっ」


 フリード様が丸太に座ると、私を膝の上に乗せて座らせてしまった。


「この方が目線が同じになる。弥生と話がしやすい」

「うわっ、なんか照れますねー」

「お前、目が泳いでいるな。弥生、こっち見ろ」

「きぃやぁぁっ、無理です。恋愛初心者の私には難易度が高すぎです」

「初心者は俺も一緒。良いから弥生、俺の方向けって」


 フリード様の大きくて男らしくて節くれだった手が、私の両頬を包みこんだ。


「俺、もう我慢の限界だ」

「ちょっ、フリード様……」


「お前に触れたい」

「えっ……」


 そのまま、フリード様の唇が私の唇に近づいてくる。


 あと、数センチ。

 このままだと私たち。

 キス、しちゃう?


 口づけてしまっていいの?


 私、フリード様と唇を重ねたら、きっともっともっと好きになってしまう。



「両想いだもんな、俺たち。弥生と俺は真実ほんものの恋人同士ってことで良いんだよな?」

「……私、フリード様と両想いは嬉しいんですけれど」

「んっ? まさかお前」

「恋人同士にはなれません」

「またそれかよーっ! ひでぇなっ、生殺しじゃねえか。どこまでだったら良いんだよ」

「ハッ、ハグなら」

「ぬあっ? ハグ、って抱きしめるだけか」

「あとは抱き枕?」

「それって今までとなんも変わんねーじゃんか! キスぐらいさせろ」

「破廉恥、いかがわしい、やらしい〜。やっ、駄目です。口づけはいたしませんから。そんなイチャイチャしちゃったら、私帰れなくなります。どうせ離れるのにあなたをこれ以上好きになったら、私、立ち直れない。もぉ、フリード様以外誰も好きになれません」


 フリード様が私の額に口づけた。

 この口づけからは、炎帝の紋章加護の熱さも力も感じなかった。


 代わりにほのかにあたたかみと甘さと、愛情めいたものを感じました。


「すでに遅いっ!」

「ふぇっ……」


 フリード様には続けて頬にキスをされてしまいましたが、私は照れて横を向く彼の顔が愛しく思えて。


 きゅうんっと胸に甘いものが満たしていきます。


 その照れた表情……。萌えキュンです、フリード様。


 私は正直、フリード様に見惚れてた。


 そしたら――。


「やっぱり。そうか、お前は俺のことが好きすぎるんだな」

「フリード様。私の気持ち口に出してもないのにぃ。そんなの自信満々で納得しないでくださいっ」

「肯定と取ろう。両想いなんだから良いじゃねえか。さあ、旅にもう一つ楽しみが出来たなぁ。弥生に俺の婚約者になりたいって言わせよう」

「はわわぁっ……」


 ぷにぷに……?

 フリード様が私のほっぺたをぷにぷにむにむに優し〜くつまんできた。


「おおっ、気持ちいいな、これ。弥生……。お前の頬、最高。なんかやみつき……癒やされるな」

「もぉ〜。やだ、むにむにしすぎです」

「気持ちいい」


 もぉ、フリード様、調子に乗って〜。彼が私のほっぺたをぷにっとしながら優しい手つきでつまんだり、ほんのり引っ張ったりしてくる。


「フリード様、だ、だめれす」


 私『だめです』が彼のせいで『だめれす』になっちゃってるし、もぉっ恥ずかしい!


 にんまり悪戯に笑ったフリード様は、鼻先にキスしてくる。


 フリード様ってば、絶対に私の反応を楽しんでいるなぁー?


 首すじに口づけてくるし、脇とかくすぐってくるし〜。


 くすぐったいよ。

 私は笑いが止まらなくなる。


「どうかお願いです、フリード様! 甘すぎて困ります。あまりグイグイと私を胸キュンさせてときめき成分たっぷりに責めないでください。これ以上やめて、フリード様。ふわっと心地よすぎて苦しくなります」

「むっ、弥生。お前からの言葉。意味の捉え方の角度を変えると、ちょっと卑猥でいかがわしいからけしからんな。俺、変なスイッチが入りそう」

「なんでそんな意地悪な顔してんですか〜。もぉっ、私、朝食作ってきますからねっ!」


 私がプリプリ怒りながらフリード様の膝から降りて、薪小屋の扉を出ようとしたら。


 クスクスとおかしそうに笑うフリード様の小さくこらえた声がした。


 私が後ろ髪惹かれて一度振り返ると、満足そうなフリード様の笑顔が見えて嬉しかった。

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