第23話 弥生、覇王フリードの従兄弟のセイロンと天幕でひそひそ話?

 私、フリード様に戦いの朝の特訓をしてもらったんだー。


 手始めに初心者が扱いやすい細身の剣を振ることから始めて、弓を二種類(和弓とボーガンみたいなの)と小さい斧を構えたりした。


 フリード様は教えるのが上手です。あと、けっこう指導するのは好きなんじゃないかな〜。

 なんだか授業を受けてるみたいだったなあ。私とフリード様は学校の先生と生徒っぽくて。

 だけど、……手取り足取りで教えてもらったから、フリード様と体が密着したりでもうどっきどき!

 フリード様が真剣に教えてくれてるのに、私は彼と距離が近すぎて香りにくらくら頭の中がぽーっとしてきちゃって。ちょびっと申し訳ない気になったんだ。


 で、私は剣道を習っていたこともあり、剣を振るうのは筋が良いって褒めてもらった。えへへ。



 それで、フリード様が幼少の時に使っていた刀剣を一本いただきました。

 剣なんか使わないですめば良いんだけど。

 あと、実際、魔物を斬ったりなんて、私に出来る気がしないな。

 私は竹刀しか扱ったことがないし、相手がもし魔物とはいえ、生きている者を斬るとか到底無理だ。……自分の手で命を断つことがおっかないって思うから。


『危険が迫ったら斬らざるを得なくなる。……だが、なるべく弥生にはそんな思いをさせないよう俺が付いていてやるから』


 フリード様がそう言ってくれたけど。この先ずっとフリード様に頼りっぱなしはやっぱりいけないと思うんだよね。

 こんなに親しくしてくれて、近くにいるけれど、フリード様は周辺各国を束ねる皇帝なんだもん。

 やるべきことはたくさんあって。私になんかにかまけてる時間は少ないほうがいいに決まってる。


 フリード様には、守るべき大勢の国民や慕われてるドラゴンや魔法生物がいるんだ。彼がやるべき仕事は次から次へと出てきて、助けを乞う人々や彼を待つ者の声がたくさん溢れてる気がする。



 フリード様は従者数十名とケルベロスくんやリーフォくんとアレッドおじいちゃんを連れて悪霊鬼を討伐に出掛けていった。

 私は朝食作りで野営基地に残ったんだ。ライティくんはまだフェルゼン爺やさんのテントで寝ているって、フェルゼン爺やさんが言ってた。


 フリード様は「弥生、すぐ戻るからな。朝食、期待しているぞ」なんて微笑んで軽口を叩いて、馬に乗って颯爽と野営基地を飛び出していったけれども、本当にすぐに帰って来れるのかな〜?



     ◇◆◇



「ねえ、ヤヨイ。ねえ、聞いてる?」

「ああ、すいません。つい、討伐に行ったフリード様たちのことが気になっちゃって」


 私の目の前には、フリード様と顔立ちも姿形もそっくりな人がいる。

 セイロン様だ。

 フリード様とセイロン様は従兄弟で、彼がたぶん腹の底から信頼している少ない人間のうちの一人だと思う。

 それにしても容姿はよく似ている。でも、セイロン様は擦れていないというかお坊ちゃまという雰囲気。

 フリード様の他人に見せる黒く不敵な笑みとは違い、セイロン様の周囲への微笑みはどこか含みがありつつも甘い。

 ……そうだ。やっぱり、従兄弟だけある。

 接すれば接するほど、最初の印象が仮面のようだ。

 この人もフリード様も、すっごく賢く、疑い深そうだもの。

 それにセイロン様は甘やかで懐っこい雰囲気を装っているだけ、もしかしたらフリード様よりも食えないお人なのかも。……頭の回る宰相って感じ?


 私は悪霊鬼の討伐に出掛けたフリード様の朝食作りをしていたんだけど。

 そしたら、なぜかセイロン様に呼び出され、彼の天幕のテントに来ている。


「あのさあ、ヤヨイは本当にフリードの恋人なわけ? あの晩フリードが君とその……コトを致したかというか、ヤることヤッた仲なわけ? どうにも契りを交わした甘い男女には見えないっていうかさ、あの『女に奥手で塩対応な俺様フリード』が出会ったばかりの女に手を出すとか到底想像つかないんだよねえ。僕は付き合い長いから余計かな。うん、まったく考えらんないんだけど」


 フリード様の漆黒の黒曜石の瞳とは違う、セイロン様の碧眼は青い宝石のアクアマリンのよう。

 この方の銀髪は天使か神々を彷彿とさせる。ちょっと浮世離れしてる美しさだ。

 ああ、フリード様の美貌は雄々しさもあるけれど、セイロン様の美形な顔には自信が満ちていて自分がイケメンなのを知ってて認めてるんだろうなって分かる。

 それは服装とか見ると体型とか似合うスタイルが活かされてて、自分自身の理解度が到達してる気がする。


「ヤヨイ。薬草茶ハーブティー、飲む?」

「はあ、いただきます」


 セイロン様の趣味、すごいな。フリード様の天幕の機能重視で簡素な家具とは違う。テーブルや椅子にはこだわりを感じる。

 こんな野営基地に、おっ洒落〜な家具とかあるなあ……。

 あれかな。ここって常駐の基地で、セイロン様は討伐隊としては長い期間、逗留しているんだろうか。


「お茶、淹れてくれるかな?」


 セイロン様がテーブルの上の呼び鈴をチリリンと振り、凛とした声で用事を言いつけると天幕のすぐ近くから返事が返ってくる。


 侍女兼騎士の人たちが数人、セイロン様の天幕のすぐ横の部屋に居る。この人たちはセイロン様のお付きの従者なんだって。


 ――あれ? もしかして。私とセイロン様の話も、侍女の皆さんに聞こえてるんじゃないのかな?

 そう思うと急に、私は余計なことを言ってしまったのではないかと、焦ってきた。私は良いんだ。でも、フリード様に迷惑を掛けるわけにはいかない。


 セイロン様は私をにっこり見つめて、視線が合うと首をほんのり少し傾げてフッと笑うとすごく優雅だ。


「僕と君の会話は風の妖精の加護で消されているから安心して。僕にも加護が付いているんだよ。これでも王族の端くれだからね」

「えっ? セイロン様って私の心の声を読みました?」

「とんでもない。急にヤヨイが押し黙ったから、話すのを躊躇う理由を探しただけ。ただの人間の僕にそんな芸当出来るわけ無いだろう」

「勘が良いんですね。……本当ですか? 私にはただの人間には見えませんけど」

「ふふっ、バレた? 僕とフリードにはね、ほんのちょっぴりドラゴンの血が入ってるんだって」

「ドラゴンの血が……?」

「そう。僕らのご先祖にはドラゴン族の姫と愛し合った王がいたんだ。まあ、おとぎ話に近いぐらい遠い昔の話さ」


 艶やかに微笑んだセイロン様は立ち上がり、ふわっとした温かいストールを私の肩にかけてくれた。


「寒いでしょう? このあたり、朝晩は冷え込むようになってきたから。それ君にあげるよ」

「えっ、もらえませんよ。こんな高そうな生地のストール。……それにフリード様に怒られそうだし」


 怒って嫉妬した顔のフリード様が脳裏に浮かんだ。


「勝手にくれたと言っておけばいいよ。ヤヨイが寒がる方が、フリードだって嫌なはずさ」


 数々の修羅場もそうやってくぐり抜けてきたのだろうか。

 動じない。場馴れしてて、女性の心をくすぐるポイントを知ってる。手慣れた調子を感じちゃうな。


 セイロン様、……この人、モテるだろうなあ。

 勝手な想像ですけど、物心ついた時からかなりモテてきて、恋愛経験もたくさんありそう。


 このかた、プレイボーイっていうやつ、ですか。


「もう一度聞いてもいいかな? ヤヨイはフリードの恋人なの?」

「えっ。えっと……まあ、その」

「僕にはヤヨイから恋人だって聞いても、まあ、全然信じられないけどね」

「ではなぜ、私に聞くんでしょうか? ……どう答えてもセイロン様は疑うだけでなんですよね? だったら私とここで話していても意味が無いんじゃ……」


 私、どうしてこんなにセイロン様に追求されてるんだろうか。


 あっ! 皇帝フリード様をたぶらかすために異世界から来たとんでもない女とか思われてる?


 顔は笑っているけど、セイロン様の瞳の奥が鋭い気がするんだよね。

 そんな風に見られても探られたとしても、私からなんにも出てきませんよ〜。私、ただの料理好きなだけの女子高生ですから。


 もう、調理場に戻りたいな〜。

 朝食はフレンチトーストにしたんだよ。今、堅い堅い異世界のパンは甘〜いフレンチトースト液に浸かって、覇王の料理番の私にこんがり焼かれるのを今か今かと待っていることだろう。


「セイロン様。私は、早く調理場に戻りたいのですが……」

「まだダメだよ? 話は終わってないからね。で、ヤヨイはフリードのこと、好きなの?」

「えっと……、好きですよ? 尊敬しております! 私、フリード様をお慕いしてますもんっ」

「ふーん。まあ、良いけど。いや、良くないか。僕ね、君のこと気になってたんだよ。実はヤヨイが別に男の子でも良いやって思ってて。実際は女の子だったのが分かったからすごく嬉しい」

「セイロン様?」


 椅子に座る私は、セイロン様に後ろから抱きしめられていた。

 おおっ、バックハグとかいうのだ。

 ……フリード様にもされたっけ、ベッドの中で。ああ、なんかベッドの中って付くだけでいかがわしい風だけど、いたって健全な、私とフリード様、お互いが抱き枕としてだったけど。


「僕にしない? あんな朴訥で本音を言わないむっつりより、きっとヤヨイは僕の方が幸せになれるよ。いつだって本心を隠してるコミュ障なフリードよりね」


 私の耳元に、セイロン様の甘い声がかかる。

 声はフリード様の方が、低いんだね。


 セイロン様からどう逃れたら良いんだろう。いっそ、フリード様と婚約してるってセイロン様に言って、態度を強く出たら良いのかな。

 きっと普通の女の子だったら、セイロン様にこんな風に口説き文句を言われたら嬉しいんだろうけど。

 ……私だって、出会うタイミングが違えば、セイロン様にときめいちゃってた可能性はあったかも?

 フリード様に出会う前の誰も意識したことない私だったら、セイロン様に近づかれたら今のこの状況にすっごくドキドキしたかもしれない。


 だけど、……私。

 セイロン様にはときめいてないなあ。

 ――いつも、いつでも、……フリード様のことを考えちゃってるもの。

 ニカアッって笑うフリード様。

 しょっちゅうからかってくるくせに、いざ私が攻めたらたじたじな可愛いフリード様の顔。

 甘いセリフを言う時の真剣な顔……、少し切なげで寂しげな横顔とか……。

 あとは、甘くて美味しいプリンを食べた時のすっごく嬉しそうなフリード様を思い浮かべてしまう。


「えっとあのー、セイロン様。そろそろ離してください。私、セイロン様とこんな距離感だとフリード様に怒られてしまいます。……ほっ、他の男に体を触れさすなって言われていますもので」

「あのフリードが? そんなこと言ったの〜? 女とほとんど話さないのにか。いやぁ、フリードはさ、あいつは誰にだって壁を作ってるじゃないか。ヤヨイはそれだけフリードにとって特別ってこと?」


 苛立ち、ほんのりとした怒気をはらんだセイロン様の物言いは、きっとフリード様にもどかしさを抱えてる。

 セイロン様って、フリード様にもっと腹の中をさらけ出して欲しくて。もっともっと本当は仲良くなりたいのかな?


「うーん。そんなことないですよ? フリード様、私の前ではべらべらとお喋りだし、……甘いセリフも言ってくださいますし。……スキンシップ多めだし」

「信じられないっ! アイツ、君といると甘い言葉を吐くわけ? あの冷酷無慈悲と畏れられてるむすっとだんまりな炎帝フリードが?」


 そこで――、バサバサっと大きな音がして天幕が開いた。

 私は侍女の人たちが薬草茶を持ってきたのだと思ったんだけど……。


「セイロンっ! 入るぞ」


 えっ、この声って――。

 思わず顔を上げて、私は驚いた!


「なにしてんだっ、断りもなく。弥生はお前にやらねえよ、セイロン。だいたいお前、今の時間は俺の影武者だろーが。こんな大事な任務中に俺の女を口説くとかどういう了見だ」


 セイロン様のテントにずかずかと足音を踏み鳴らして入ってきたのは……。


「フリード様っ!?」


 怒った顔のフリード様は、私を抱きしめていたセイロン様をぐいっと引っ張りあげた。すごい怪力……。ベリベリっと音がしそうな勢い任せに剥がすようだった。


「俺の女に手を出すな。弥生を悲しませるような行いは、たとえお前が俺の従兄弟であれど、……容赦はしない」


 フリード様はセイロン様をソファにぽいっとして放り投げてしまった。


「よく言うよ。ヤヨイはフリードの恋人ではないんだろう? 僕には分かるさ」

「なにが分かるんだ? 弥生は俺の恋人だ。俺はコイツを好きだし、愛し合っている。正真正銘、俺の想いが弥生にある証に、炎帝の加護を施してあるからな」


 私の手首を掴んでフリード様が立ち上がらせてくれる。するとフリード様は私を背後に匿うようにして。セイロン様から守る盾のごとく、しっかりガードされてる……。


「……まさか! フリードは本気なのか。ドラゴニア皇国の炎帝加護は【運命の番】にのみ与えられると言う、あれか」

「俺の闘気と魔法力で他の加護なら誰にでもいくらだってしてやれるさ。だが、炎帝の加護は弥生にしか与えることが出来ない。……弥生が俺のたった一人の運命の女だからだ。唯一で他には存在しない」


 ――えっ、そんな。

 炎帝の加護って、私にだけしか?

 誰でもかれでもあげられるものじゃないのー!?

 フリード様から特別な加護をもらえる相手は【運命の番】だけだって……。


 私はこの事実が衝撃で、くらりっと目眩がしてきたんだ。


「だが……、じゃあヤヨイが自分の世界に帰ったら。……フリードはどうするんだ? 皇位継承はどうする。血が途絶えるじゃないか」


 体が震えてた。

 だって、フリード様が私を選んだ理由って。


「……あの。フリード様って私が【運命の番】だから、私を好きになってくれたんですか?」

「はあっ? なに言ってんだ、弥生」


 私は振り向いたフリード様と目線を合わせなかった。

 慌てて取り繕うように、なにか言葉をと探す。


「えっと、おかえりなさい! フリード様。挨拶が遅くなっちゃった。あのっ、私、朝食の用意をしてきますね」


 私はちょっと小走りにセイロン様のテントを出る。


「弥生、聞けって」


 後ろから追いかけるようにフリード様の呼び止める声がしたのも聞こえていたけれど、私は構わずに振り返ることなく厨房に向かった。

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