第22話 おはよう。朝のキス?
「おはよう、弥生」
「……キャアッ!」
朝が来て目が覚めると、目の前には麗しの皇帝フリード様のにこやかな笑顔があった。
少しとろんとした瞳が普段のフリード様より、隙があって幼く見せていて、ちょっと可愛い。
ああ、女神様。彼氏もいたことない私が、付き合ってもいない男の人の朝の起き抜けの美貌を拝めるとか、どういうご褒美でしょう。
朝から眼福です、目の保養になりますね。ありがとうございます。
不謹慎ながら、ちょこっと異世界転移してきて良かったかもとか思ったりなんかして。
「朝っぱらからお前はいっつも面白い反応をすんなあ。……つくづく可愛い」
可愛いって?
フリード様、私を可愛いって言った?
カア――ッ、顔が熱くなる。
照れる、恥ずかしーい。
……そんなセリフ、さらっと言われちゃうと照れちゃいますよ〜。
私はフリード様にどんな顔をしたら良いのか分からなくなる。
「おは、……オハヨウゴザイマス」
「弥生、やけにたどたどしいな」
「だってぇ、あの。起きたらイケメンなフリード様が目の前にいるとかありえないんです。今だに慣れないんですぅっ」
そう言うと楽しそうにフリード様が笑った。
「俺だって慣れてないし。起きたら弥生が傍にいるのが新鮮だよ。……弥生がここにいることが夢じゃねえんだって再認識できて安心する」
「夢じゃありませんよ。ここにいますし、私」
「ああ、そうだな」
私が消えるのかもって不安なんだろうか。……フリード様にとっては私は気のおけない友達みたいなもんだから?
私が居なくなったら、本心を言える相手はいなくなってまた孤独で。
皇帝は威厳が必要で怖い存在でいたいから、からかい合って気軽に話すとか、無条件に甘えたりさらけ出せる人は身近にいないんだよね。
「弥生。どうして泣きそうな顔してる?」
「えっ、あっと……。そんな顔してます? 私……」
「ああ、してる。怖い夢でも見たか?」
「……いいえ、たぶん。えっと見たかもしれませんけど、ぐっすり眠れましたよ? フリード様の温もりのおかげで」
「そうか。添い寝くらいなら、喜んでいつでもやってやる。いくらでもしてやるさ。それでお前の憂いが無くなり、気が晴れるなら。俺はお前の笑顔が見ていたい」
「ふはぁっ……。フリード様、すっごい破壊力のある殺し文句です」
「そうか? 俺は言葉だけでは足りない」
フリード様が爽やかな笑みを浮かべてから、目を細めて私の頬に触れてくる。
甘〜い空気感がなんだか小っ恥ずかしいような、照れくさい。
そりゃあ私たち。昨夜も同じベッドに横たわり眠って、朝を迎えましたし。
だけどそれって致し方ないことで。
……だ、抱き合ったのは不可抗力ですよねえ。
ええ、場の雰囲気です。
それもこれも、ここが魔獣討伐の最前線の野営基地で、ベッドの空きがないのが原因なわけで。
でも! だからって、この距離感はおかしいですよね〜!
フリード様ってば私に甘い微笑みを向けてらっしゃいますけど、私たちは恋人同士ではありませんっ。
断じて違います!
フリード様がおもむろに掛け布団からもう片方の手も出してきて、私の頬を包むようにしました。
まっ、まままさか、これってキスーっ?
キスしちゃう流れ?
「やっ、ちょっ……困ります。フリード様、キスするとか無しです」
「プッ……、炎帝の紋章加護の強化をするだけだけど?」
「も〜、効果の時間が短すぎじゃないですかぁ?」
「仕方ないだろ。ここは魔物が多い場所なんだ。土地柄か
ゴクリ……、悪霊鬼ってなに? まさかすっごく怖ろしい魔族とかかな?
「弥生はインキュバスとかサキュバスって知っているか?」
「なんか誘惑魅了の力がある悪魔でしたっけ」
「そっ。悪霊鬼はその
ひ、ひえ〜っ!
「で、その後どうなっちゃうんですかー!」
「生きる気概を吸いつくされて死ぬんだ。生気や魂の一部が喰われたら生きてらんねえの。なあ、当たり前だろ? 恍惚の表情をした半ミイラになるって話」
「恍惚って、死ぬのにどうして……」
「欲望を満たされ深く気持ちいい幻に浸ったまま殺されるからだよ。死んだ人間は自分が死んだことすら気づいちゃいなくって、その魂は悪霊鬼に囚われ同胞と化すとも言われるがな」
怖い――。
自分が自分じゃなくなってしまうんだ。それにすら気づかないって……。
「魂を囚えてる悪霊鬼自体を倒しちまえば魂は解放されるし、魔物から分離され浄化されて天国へ行けるはずだ。いずれにしても、俺の領地で好き勝手する悪い魔族は根絶してやる」
「悪くない魔族もいるんですか?」
「まあ、な。人間に好意を抱く変わりものもいるぜ。だけど基本は『魔族は信用するな』だって忠告しとくぞ。魔物に魔族は人間よりよっぽど狡賢く、残忍だ」
異世界に来て、不思議な生物に驚いて、楽しいなって。
だけど、怖い魔法生物がたくさんいるんだ。
私はゴブリンに襲われて噛まれたことを思い出して、肝に銘じる。
「朝飯の前に訓練しようか、弥生」
「あっ、はいっ! お願いします」
フリード様が先にベッドを降りて、次に私を抱き上げてそっと降ろしてくれる。
……フリード様って、いつもこうしてくれるけど、すっごく紳士っぽくって優しいよね。
それにこの瞬間、自分がどこかのお姫様で白馬の王子様に大切にされてるんじゃないかって妄想したりしちゃう。ああ、王子様ってフリード様って皇帝だからもっと立場は強いのか。
なりきってしまい、気持ちが舞い上がりそう。
ベッドの脇に立つと、なんの脈絡もないぐらいにスッと自然にフリード様が私の腰を抱き寄せて、鎖骨にキスをする。
「ひゃあっ!」
「ただの加護の口づけだぞ? 足らないか? なあ、……もっとしてやろうか? 別のとこに」
「ふえっ……。いっ、良いです、要らないです。刺激が強すぎですっ!」
フリード様の炎帝加護のキスが落とされると、体中が熱くなってきて。私、ぽーっとしてしまうんだよね。
追い打ちをかけるようにフリード様が、ニカアッと私をからかうように悪戯に笑ってる。私の頬に手を触れて……、親指が私の唇に触れた。
「そうだな。たとえばお前の唇に加護を施そうか?」
「やめてくださいっ、倒れちゃいます。もぉ、手の甲とか、いやらしくないとこで良いじゃないですか〜!」
「本当は、心臓に近いところが効果が高いんだ。だから、ぎりぎり鎖骨にしてやってる。術のためとはいえ、左胸の上ではさすがに俺も躊躇うかんな」
「胸って……! フリード様のえっち。破廉恥、スケベ」
「ああ、別に。そんなのちっともダメージにならんな。仕方ないじゃねえか、そういう決まりなんだから。加護の決まりは俺が作った道理じゃないから知らねえよ。しかし、男なんて好きな女の前じゃあ、エッチなもんだろーが? むしろ愛しい女に触れたくなるのはいたって健全な反応だよな。それに、弥生の恥ずかしそうに破廉恥とか言う顔にそそられるんだが」
フリード様の片方の腕は私の腰に回って、右手がそっと私の顎に添えられてる。
顔が近づいてきて……、口づけ寸前で止まる。
「ひゃあっ……。近い、近いです」
「やめてとは言わないんだな? 拒否らぬのなら肯定と取るぞ」
「まだ、だめです」
「『まだ』? それってもしかして、もう少し経ったら、お前の唇にキスしても良くなるのか?」
「ちがっ、違いますぅ。ただの言葉の綾です。ただ、咄嗟に出てきちゃっただけですって」
「期待してるぞ。弥生が心の準備が出来たら合図をくれるのか?」
「合図ってそんなもんありませんっ」
フリード様が『ふははっ』と破顔して笑ってる。すっごく可笑しいそうに。
私のことが面白いのかなー。
ちょっと癪だけど、フリード様の笑い声が天幕に響いて楽しそう。
つられて私も笑顔になっていた。
◇◆◇
「俺は着替える。お前も着替えるか?」
「ええ、そうですねー。更衣室に行って来ます」
「ああ。着替えたら、戻ってこい。初心者でも扱いやすい武器の説明をしてやるから」
魔法の小瓶で着替えられるとはいえ、男の人の前でははばかられる。
フリード様の目の前では、恥ずかしいもん。
私は小さなポシェットに魔法の小瓶とミントさんたちにもらった櫛などの身だしなみグッズを入れて、天幕を出ようとした。
フリード様が夜着から手早く皇帝の軍服に着替え始めて、チラッと見ちゃうと、彼の筋肉質な背中があらわになっていた。
「……(きゃあぁっ!)……」
私は思わず、ミーハーな悲鳴が出そうになって口を抑えた。
だって、どきどきするぐらい、フリード様の鍛えて引き締まった肉体がかっこいい!
「……なあ? すっげえ、背中にお前から視線を感じるんだけど?」
「ええっ? フッ、フリード様の気のせいじゃないですかぁ?」
上半身裸のまま振り向いたフリード様は手に掴んでいた上着を肩に引っ掛けて、私の方に歩いて来た。
「いやらしいのはどっちだよ?」
「変な意味で見てたんじゃありませんっ! あの、フリード様の筋肉がカッコよくて見惚れてただけです。私も鍛えたいなとか……、ごめんなさい」
いやいや、見惚れてたのは胸キュンしたからだ。
充分、下心あるかも。
でも、鍛えたいとも思ったのも本心。料理人だってフライパン振るうのにも材料や寸胴鍋を運ぶにも木ベラでかき混ぜ続けるのも、体力勝負だから鍛えるべきだし。あと、やっぱり魔物とか出るなら逃げたり闘うのにかなり筋力をつけていかないと。
フリード様の胸板に刀傷なのか古い裂傷があるのが目に入った。
私はフリード様の傷を見ていたけど、逆に彼に自分がじっと見られてるのを感じる。
目線を上げると、真っ直ぐな瞳にたじろいでしまう。
「あの、フリード様」
「うん、なんだ?」
「その胸の傷は……? まだ痛みますか? 冬とか寒いと表面上は治っていても痛んだりするとか言うじゃないですか」
フリード様は手際よく薄い黒衣と軍服を纏って軽装の薄い鎧の胸当てなんかを付け、マントを翻して肩に留めた。こういうのって従臣とかお付きの人が着替えさせたりするのかと思った。
傷を見られたくないから? いいや、他人の手を煩わせないためかな。フリード様って自分でやれることはやるって主義なんだろうなあ。
慣れた仕草に、鎧甲冑を纏い戦うことが今さらフリード様の日常であることをひしひしと感じて、私は不穏さに少しドキリとした。
彼にはどんな戦場に行っても、魔物と戦っても無事でいて欲しい。生き抜いて欲しいと願う。
「ああ、これか。古い、かなり昔の傷だ。痛くはないがたまにうずく。戦った相手の種族が近くに来ると、特にな。全滅させたくなる」
「全滅って……。相手は誰だったんです? 魔法や魔法薬では完全には治らないんですか?」
「無理だな。これは一種の『無念』と『呪い』だから。傷をつけたのはサラマンダーという亡くなった父上の守護精霊だ。父上の紋章の力を受け継ぐ時に戦ったんだ。今でも四大精霊は大陸の一部を守っているから、滅ぼすわけにはいかん」
「お父さんの力を受け継ぐのって、フリード様に傷が残るぐらい壮絶だったんですね。そんな過酷な戦いをしなければならないなんて」
「突然魔族に襲われ死んだ父上の跡を俺が継がねば、この大地が荒む。だからサラマンダーと戦って紋章の力を手に入れた。人々を不幸にする戦乱を起こすことはもっとも愚かな行いだ。俺は強くあらねば、炎帝として証を持たねばならなかった。……しかし、俺は手を尽くしたが瀕死の父上を助けられなかったからサラマンダーに恨まれている」
「そんな……。人の生死はどうしようもなくって、助けたいのに助けられないことだってあるから……」
私は相次いで病気で亡くなったおじいちゃんとお父さんを思い出していた。
蝕む病魔の進行が早すぎて、病気が分かった時には診てくれたお医者さんが打つ手はないほどだった。
どんなに私たちが励まして延命を祈っても、病院を変えたりしたって、死が二人をあっさり天国に連れて行ってしまったの。
「弥生。お前は辛かったな」
「フリード様だってそうでしょう? 家族が酷い目にあって死んじゃって。居なくなってしまったから」
すっとフリード様の指が伸びて、私の頬を優しくさすった。
「泣かなくていい。昔のことだ。こんなことでお前の美しい涙を流すのはもったいない」
私は涙が勝手に溢れてくる。
泣けてきちゃって、止まらなくなった。
フリード様に出会ってから、私は感情が素直にダダ漏れになってしまう。
ちょっとは堪えなくちゃなのに、この人といると喜怒哀楽が我慢できない。
感じたままに、本心のままに、フリード様にはさらけ出してしまう。
「そんな……。昔のことだからって悲しくないわけじゃないですか」
「お前は優しいな。俺のために泣くとか、そんなの反則技だ」
フリード様の手が私の頬に添えられた。私の頬に伝う涙に彼が口づけて。
その後、おでこ同士をこつんと合わせてくる。
「可愛いよ、お前。……これ以上、俺を夢中にさせてどうする」
「えっ、可愛いって、夢中って。フリード様、お世辞ですか……」
「いや。あのなあ、俺がお世辞だなんて言えるか。分かってんだろ、そんなの。……俺は弥生が好きだ。お前を愛しいと想う」
「あっ、……ありがとうございます」
フリード様から言われて嬉しいけれど、甘々ド直球の
私が仰ぎ見ると目が合ってフリード様がちょっと照れくさそうにして、そっと私を離してはにかんで笑った。
「お前、警戒すんなよな。取って食いやしない。早く着替えてこい」
「ああ、はい」
私に向かって意地悪な笑みをさせながらからかってきたかと思えば、好きだとか言ってくるフリード様。
どう接するべきか。時々垣間見える、ちょっぴり切なげな彼の表情に調子が狂っちゃうんだよね。
フリード様のテントの天幕を出ると、朱い朝焼けが山と雲海に映って綺麗だった。
私はノスタルジックな気分に襲われていた。
自分の世界は同じ時を刻んでいるのかな?
戻ったら何年も経っていたりしたら、……どうしよう。
うーん、まあ、考えてもしょうがないか。
答えなんか分かんないし。
へこんだところで、変わらない。
私はどこにいたって私だ。今いるこっちの世界で頑張るしかないんだ。
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