第21話 炎帝フリード様、プリンアラモードを召し上がれ

 私は、貯蔵庫の魔法の冷蔵棚で冷やしていた『スペシャルなスイーツ』を持って来て、フリード様の目の前にドーンと登場させました。


「はい、どうぞ、フリード様。弥生特製スペシャルプリンアラモードを召し上がれ」

「うっわ、すっげえな。……美味そうだ」


 プリンをお皿に載せて、飾りつけ。ぷるぷるプリンに生クリームやさくらんぼ、木苺やオレンジと、フリード様のイメージを二頭身にデフォルメしたクッキーをちょこんと置いて出来上がり♡

 顔とかは砂糖や野菜の色素で作ったアイシングで描いたよ。


「フリード様〜、きっと疲れが取れますよ。たっぷり心ゆくまで甘味を堪能してくださいね。明日からは、ちょっとカロリーセーブしたおやつをご用意いたします!」


(ミルク寒天フルーツ乗せとかが良いかな?)


「俺は毎日、弥生が作ったぷりんが良いのに……」

「フリード様、そんな美貌で可愛くむくれてもダメです。私には通用しませんからねー」


 フリード様の天幕のテント内の晩のお食事会――。お料理を振る舞った皆にロックバードの竜田揚げは大好評で良かった!


 フリード様にだけスイーツを出したからか、羨ましそうなたくさんのジト目の視線が私を見てくる。


「はいはいっ! ちゃんと皆さんの分もありますよ〜。甘く濃厚な甘味が食べたい方はプリン〜! さっぱりと食事の締めを迎えたいのなら、檸檬とオレンジのダブルシャーベットをどうぞ召し上がってくださ〜い」


 私は他にもちゃ〜んと用意していたデザートを次々に、ガラガラ言わせてワゴンで運んで来た。

 すると、うわあ〜っと喜びの声を上げた皆が寄って来て私は取り囲まれてしまいました。


 アレッドおじいちゃんとフェルゼン爺やさんはダブルシャーベットで、子供たちを中心に他の皆はプリンアラモードを選びました。


「んーっ、甘くて冷たくって美味しいですねえ。私はこんな甘味は生まれて初めて食しました」

「本当じゃ。我がドラゴン人生でも初じゃ。むっふー、こりゃあ美味しいのう。これはくせになる甘さと冷たさじゃのう。……またきっと食べたくなるのう」

「嬉しいです。リクエストくだされば、いつでも作りますよ」

「ありがとう。ヤヨイ殿」


「ヤヨイちゃん! 僕もプリンまた食べたいなあ」

「おいしかったでち。ぼくもぼくも、ぷりんもっともっと〜」


 ちびドラゴンや魔法生物の子供たちの『次も食べたい、また食べたいよ〜』って可愛いおねだりが、私にはたまらないです。きゅんきゅんしちゃう。


 皆の笑顔がほころんで和んだ雰囲気が、フリード様の天幕を満たしていました。



    ◇◆◇



 楽しい夕食が終わって、私は後片付けを厨房の料理人総出でやりきって、フリード様の天幕に戻ってきました。


「弥生、お疲れ。どれもこれも美味かったぞ。ああ、特にぷりんアラモードってやつは美味かった。また作ってくれ」

「ありがとうございます。気に入ってもらえたみたいで良かったです。正直、ホッとしました。甘党なフリード様だけど、果物や生クリームたっぷりだったし甘すぎたかな〜って。私、フリード様に美味しいって言ってもらえるとすっごい嬉しいです」

「そりゃ、気に入ったぜ。俺の好きな味がいっぱい一皿に詰まってた」


 フリード様は執務机の前に姿勢正しく座って、何やら調べ物をしていた様子。

 集まっていた皆はそれぞれのテントに戻ったみたいだね。


「ここに来いよ。弥生、俺の横に座れ」

「えっ、ああ、はい」


 さっきまでは大勢いたので、急にフリード様と二人っきりとかが、今さらだけど、なんか緊張する。

 天幕のテントの中の賑やかさは去って、すごく静かだ。


 テントの外からは、虫の声とか夜に活動する鳥とか魔獣らしき生き物の鳴き声が遠くの方からしていた。


 私は壁際にあった簡易な丸椅子を取って来て、フリード様の隣りにそっと座った。


 フリード様が地図を見つめてる。真剣な顔つき……、うーん、フリード様はすっごく絵になるよね。見れば見るほど格好いいなあ。


「弥生。なに、俺に見惚れてる?」

「みっ、見惚れてなんかいませんっ」


 黒曜石の輝きの瞳……フリード様の視線が地図から私に移ると、ばちっと目と目が合って絡んで離せない。

 ……どうしよう、恥ずかしいのに。


「フッ、そうかぁ? まあ、良いけどな。俺は、体に穴が開いちまうんじゃないかってほど弥生に見つめられている気がしたんだが? ふ〜ん。なんだ、俺の気のせいか」

「あっ、あの! そりゃあ、私の視線はフリード様に向けてますけれど。だってここにはフリード様と私しか居ないじゃないですかー。……もぉ、なんなんです? フリード様ってば、いっつも私を甘々に攻めてからかうんだから。……えっ?」


 ちょっ、ちょっと!

 フリード様の顔が近すぎませんか?


 悪戯な微笑みを見せていたかと思えば、フリード様は今は優しく笑っている。


 フリード様は私の頭をぽんぽんって撫でてきた。

 ――どきどきする。

 キャーッ、これってどういう状況〜!?


 私は自分の顔が熱くなったのを感じた。

 ああ、きっとほっぺも何もかも真っ赤なんだろうな。


 スッと真顔になったフリード様は凛々しい表情だった。


「弥生。お前が明日からの旅に必要そうな物はミントとバジルに頼んどいたから、安心しろ。地図は渡してやるが無くすことも想定しておけ。知識も万一の備えとして地形や国の所在地は少しずつ大まかにでも頭に入れておけよな? 捜索には危険な地域も行くこともあるかもしれんから、決して俺から離れんなよ? そうならない様に願いたいがな」

「はい。……あれ? 捜索? 捜索ってそのー。良いんですか? フリード様が直々に一緒に行くって……。私は一人でも……」

「決まっているだろうが。さっき話したよな? 弥生の母上と姉上のだ。俺が一緒に行く。お前と旅に出るんだぞ? 他の誰にも任せられないな。弥生の護衛とか言って傍に男の騎士団の連中なんか絶えずくっつくだなんて、俺が許さん」

「はあ、そうですか? 私は男装してますし、あのぅ誰も寄ってなんか来ませんよ」

「バカか! もっと警戒しろ。世の中野蛮な男ばかりなんだぞ。弥生がいくら男装してようが可愛いとか魅力がだだ漏れてるんだ。この際男でも構わないと血迷う奴も出て来る。気を引き締めろ」

「あー、えっと? そうですか? どちらかと言うと女性陣から口説かれましたけど……」

「――なっ! なんだと?」


 フリード様がわなわなと肩を震わせている。

 あっ、もしかして怒った?

 フリード様ってば、私の保護監督者だものね。


「だっ、大丈夫ですよ。きちんとお断りしましたから」

「何人だ」

「えっ?」

「告白されたのは何人だと聞いているんだ」

「そうですね〜。恋人にしてくれって三人の女性に迫られて、あとの六人はお友達から親しくなりたい、いずれ私の家に嫁ぎたいと……」


 フリード様が天井を仰いだ。


「断ったんだよなあ?」

「ええ、もちろん。当然です。だって私は本当は女で、平民なんですよ? 万が一にでもうっかり恋人になったとしても先方をがっかりさせてしまいます」

「……ふ〜ん。まあ、断ったなら良しとしよう」


 謎にフリード様がうんうんと頷き、自分を納得させてるようだった。


「――で、だ。コホンッ、……明日からの旅はどっちかって言うとメインは捜索だな。国々の情勢は俺や従臣が変装して常に見に行っているし、隠密の斥候せっこうをあちこちの貴族の屋敷に潜り込ませてあるから、抜かりはない。ただ、年端もいかない少女や妖精や魔族の子供を誘拐する胸くそ悪い連中の情報を聞いたから、そっちは先に片付けるつもりだ」

「女の子や妖精や魔族の子供を攫う人達がいるんですか? 許せませんっ!」

「ああ。だからそいつらを片付けに行く」


 酷い人間はどこの世界にもいるんだな。

 私は腹が立って腹が立って、それからいたたまれない気持ちに襲われた。


 辛い目に遭っている子達がこの世には五万といるのに、自分だけがのほほんと生きてて、情けなかった。

 自分が世の中のために、率先して何かをしてきただろうか。


「お前がそんな顔すんな」

「だって! 酷いじゃないですか、絶対に許せないことです。それからあと私が、自分が無力だって思い知って情けないんです」

「弥生は無力ではないだろう? お前はお前の出来得る範囲で人を幸せにしているぞ」

「――私がですか? 誰を幸せに……」


 フリード様に私は不意に肩を抱き寄せられ、彼の口づけが額に落ちた。

 それはそれは、優しいキスで。


「俺だ――」


 ……ドキッン!

 私の胸の奥が、一つ大きく音を鳴らして跳ねた。


 私を見つめてくるフリード様の真っ直ぐな瞳が宝石みたいで美しい。

 その瞳に私が映り込んでいる。


 こんな近くで男の人と見つめ合っている事実に、私は恥ずかしくなって。

 フリード様から離れようと身じろぎすると、逆にぎゅっと強く抱き締められてしまった。


「弥生。暴れるなよ、まったく。かえってお前を強くこの腕の中におさめたくなるだろうが。そういう態度が煽っていると言っているんだ」

「……」

「弥生?」

「ふえっん……」


 私は急に泣けてきた。


「弥生、どうした? 息苦しいのか? ごめん、離すよ」

「うう……ん。……ふぇっ、ぐすぐす」


 違うの。

 フリード様、違うんです。


「フリィッ、……フリード様。もっと……ぎゅってして、ください」

「弥生。泣いているのか。……大丈夫か? いや、大丈夫じゃねえから泣いてんだもんな」

「フ、フリード様ぁ」

「よしよし。思いっきり泣け。良いんだ、俺の胸の中でならいくらでも泣いて良いんだぞ。今晩はずっと抱きしめておいてやる」


 突然、召喚魔法で異世界に連れて来られて。

 お母さんもお姉ちゃんもどっか行っちゃってて、それからもしかしたら誰か悪い人たちに捕まっているかもしれないんだし。


「そうだ。弥生は気丈に振る舞っていたって寂しいよな」

「すいません。急に泣いたりして」

「かまわん。突然、生きてる世界が変わったんだ。何もかも自分のいた場所と違う場所に放り込まれたら、誰だって不安にもなる。弥生は泣きたい時に思いっきり泣いて構わんぞ。……ただし、出来るだけ俺の前でだ」

「フリード様の前でだけ……?」

「だってこんなに可愛くって無防備な姿を他の誰にも見せたくないからな」

「ひゃあっ……」


 私はフリード様に抱え上げられて、ベッドに運ばれてしまった。


「先に寝ろ。弥生が寝るまで俺が起きといてずっと添い寝してやる」

「いや、良いですよ、そんなっ……。私、皆の炎帝フリード様を独り占めして甘えられませんっ」


 フリード様はベッドのきわに座って私の頭を撫でて、ありえないぐらい優しく微笑んでる。

 大きい手……、よく見ると古傷があちこちある腕や手の甲……。

 きっと見えないだけで、フリード様には戦った時に出来たたくさんの傷があるんだろう。


「俺がお前にそうしてやりたいんだよ。……安心して寝ろ」

「フリード様にそう見つめられてると……余計に寝られません」

「ふっ、じゃあ俺も寝る。目をつむれば視線も感じんだろう」


 私がベッドの上でずれて壁側に向けて横になると、フリード様がすぐ後ろに体を横たえた。

 どきどきどき……。

 フリード様はきっと何もしてこないとは思うけれど、たった二個上の年の男の人と同じベッドで寝るとか、もお、常識的にどうなのよとか思う。


 私は後ろからきゅうっとフリード様に抱きしめられてしまってた。


「逆抱き枕だぁ……」

「抱き枕か。弥生、お前が俺を抱きしめても良いんだぞ?」

「良いんです。このままで良いですっ」


 私はフリード様とお布団の温もりに包まれて、あっという間に睡魔にいざなわれてく。


「弥生、フェルゼンとセイロンには留守を任せるので事情はお前が女だってことはそろそろ明かしてしまおうと思うが良いか?」

「はい。……でもあの……、それだと……」

「ああ、弥生が俺が連れ込んで先日一夜を共にした異世界人の女ってことがバレんな。しかも男装させてるとはいえ、お前と俺は毎夜共にしてるしな」

「……誤解をされてしまいますよ? 私とフリード様はなにもやましことはないのに」

「別に。俺はお前とならこれから既成事実を作っても構わんぞ」

「そ、そそそういのは冗談でもやめてください。心臓に悪いですからっ」


 眠気が吹っ飛んでいく。

 フリード様の腕にわずかに力がこもったのを感じた。


「お前が俺に堕ちたら良い話だろ? ……まあ、旅の間にでもじっくり俺に惚れていけ」

「ふえっ、甘く私を攻めすぎです、恥ずかしいですっ! もぉ、……フリード様って」

「なんだ?」

「フリード様と出会ったばかりの時は女子が苦手な草食派だと思ったのに、結構ぐいぐいくる肉食派だったんですね」

「うんっ? 草食動物に擬態した肉食動物って言いたいのか? ……さあ? 俺だってこんな女にガンガンいく自分は知らん。だって俺はお前にしか興味ねえし」

「口説き文句がいちいち刺さるんですけど」

「おおっ、そいつは良いなあ。弥生はさっさと俺に陥落したら? もっと二人で甘い時間が過ごせるぞ」

「フリード様。私がどう反応するべきか悩むようなこと軽々しく言わないでくださーい」

「いやだ」


 それからしばらく沈黙があった。

 外で雨が降り出した音がする。

 そんなに激しくない雨音が天幕に当たって、ぱらぱらと音をさせている。

 心地よい音楽みたい。



 私はフリード様の腕に抱きしめられてどんどん安心してきた。後ろ抱きにされていたけれど、正面を向いてみる。

 フリード様はなにも言わない。私の髪を片手で優しく撫でてくれるだけ。

 私はフリード様の男らしい厚い胸板に頬をぴったりつけて、彼の匂いや心臓の鼓動の速さに癒やされていた。


 さっき食事の席で、フリード様に言われたことを思い出してます。


『明日から弥生、お前と数日街や遠方視察に出るからしっかり休んでおけ』

『――えっ? なんですって?』

『だーかーら。何度も言わせんな。お前を連れて城下街やあちこち視察に向かう。……その、ランタン祭りもあるようだから。心しろよ?』


 フリード様と私が街に出る?

 それってどういうことですかあっ?


 んっ? ランタン祭りって聞こえたよ。

 ちょっとロマンチックな予感……。


『お前ら、これは極秘事項だから他言するな。俺と弥生は明日から旅に出るぞ。弥生の母上と姉上が実は行方不明でな、目撃情報があった国を中心に捜索に行く。……今の俺にとって果たすべき譲れない優先事項だ。俺と弥生とのかねてよりの約束だから』

『フリード様っ。……本当にいいの? だって魔獣の討伐中ではないのですか?』

『あらかた報告のあった魔獣の狩りはすんだからな。残りは雑魚ばかりだから俺なしでも充分戦えんだろ』


 有無を言わせない、フリード様からの圧を感じる。

 フリード様がセイロン様とフェルゼン爺やさんを交互に鋭い眼差しで睨むように見ると、二人は「御意。仰せのままに」と口々に言った。


『ですが、玉座と皇国に炎帝が不在とあらば付け入る隙を与えるかもしれませぬゆえ、あまり遠方の国境越えは困ります』

『いや。良い機会だから俺は自分の治める領地や国々を見て回ることにする。最近、きな臭い話が浮いてきてんのはアレッドじじいからも聞いたが、他にも斥候から報告が上がってんだろーが』


 俺の治める国々って……、そういや覇王フリードは皇帝だからたくさんの国を従え束ねているんだっけ。

 一国でも大変そうなのに、私に到底考えが及ばないけど、ちょっぴり心中お察しします。

 そういったストレスも相まって、偏食とかなるのかもしれない。

 ああ、違うか。

 フリード様の場合、単に『甘いものが大好きで、辛すぎるものや苦いものが好かないお子ちゃま舌』なんだった。


 ……そういやもしかして辛すぎなきゃ良い? ちょっとピリ辛やスパイシーな食べ物は良いのかな? 食べられるのかなあ〜?


 フフッ、フリード様にカレーとか麻婆豆腐とか食べさせてみたいかも〜。

 果たして、フリード様のお子ちゃま舌でいけるのか、いけないのか?

 適度な辛さのカレーとか甘口の麻婆豆腐ならオッケーかな?

 

 私は料理人魂に火が着いてきたー!

 食べたことがない見たことがない美味しいもので、フリード様の味覚改革をしてあげたくなってきたのだ。

 びっくりさせたい。

 こんな美味しい料理があったなんてって。

 プリンみたいに、フリード様のなかにお気に入りをたくさん作ってほしいな。


 フリード様、そしたら世界が楽しみが広がるでしょう?


 うんうん、炎帝フリード様はこれまで無頓着だったけれど、だいぶ食に興味が出てきたと思うんだよね。

 フリード様、私と一緒にどんどん新しい料理の境地を試して、勇敢に食べたことない味にチャレンジしてもらいたいな〜。


 料理のレシピのことを考えていたら、あれこれの不安とか紛れていく。


 ――それから、添い寝してくれてるフリード様の優しさが伝わってきて、私を心配してくれてるってひしひしと感じてる。彼からのたしかな温もりと力強さに包まれて、いつしか安心して。


 今夜はぐっすり寝れる気がするなぁ……。


 ――私は深い眠りの波に吸い込まれていった。

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