第15話 魔法の風穴

 フリード様の秘密の庭園に到着〜っ!


 レッドドラゴンのアレッドさんとホワイトドラゴンのライティくんが地面に足が触れたとたん、なんと人間の姿になりました。

 あの勇ましく優美なドラゴンの姿はパパパーンっとたっぷりの髭を生やしたおじいちゃんと五歳ぐらいの男の子になっている。


「ど、どどどういうことですかっ!?」

「我々はここ最近は人間の領域ではヒトの姿に魔法変化して生活しておるのじゃ。ちょっと物騒なことが」

「物騒なこと? それがアレッドの頼みごとと関連があるんだな?」


 そこでアレッドさんはすごく険しく悲しそうな表情になった。

 フリード様が「心配ない、俺に話してみろ」とアレッドさんの肩を優しく叩く。


「そうですじゃ、フリード様。このままでは奴らに狩り尽くされ使役され、野生のドラゴン族達はすべてが絶えてしまうかもしれん」

「誰がドラゴンを狩っている? 任せろ、そんな者共の計画は覇王の俺がついえてやろう」


 うなだれていたアレッドさんの顔に光が指す。

 私達が話しているあいだ、ライティくんとケルベロスくんとリーフォくんは庭園でかけっこをしたりして遊んでいる。


「お前達はこの国にとっても大切な存在だ。遠くからこの地に大きな害を成す魔獣がはびこるのを守ってきた。いわば、守護竜だろう? そのピンチを救うのは俺の役目だ」

「しかしですな……、もしかするとフリード様にかつてない危険が及ぶかもしれませんのじゃ」

「どういうことだ。フッ、……ああ、実はな、だいたい察しはついている。奴らに密偵は放っていたぞ。……弥生」

「はっ、はい?」


 深刻な話に口を挟めないで大人しく聞いていると、急に矛先が私に向かってきて、びっくり〜。


「お前と家族を異世界召喚転移させた者の調査をしていたら、きな臭い話に辿り着いた。危険だから奴らから遠ざけておいてやりたいが、お前も無関係にはなれんことだ。姉上と母上はそいつらに捕まっている可能性が高い」

「お姉ちゃんとお母さんが捕まっているの? フリード様……」


 私は縁起でもない悪いことを想像して、がくがくと体が震えてくる。


「しっかりしろ! 弥生、俺がちゃんとお前の母上達を助けてやるから」

「……フリード様」


 震える体をフリード様がそっと抱き寄せてくれた。

 私はあたたかいフリード様の熱に、気分が落ち着いてくる。


「……ったく、まだ懲りねえか。ラグシファ教皇のオリランツ教団は俺の宿敵になりたいらしいな」

「ラグシファ教皇……? 誰ですかそれ」


 私の戸惑う問いに答えてくれたのはアレッドさんだ。


「ヤヨイ様。フリード様が治める国々の頂点を狙うのがラグシファ教皇なのじゃ。オリランツ教団は悪魔崇拝の噂が絶えず、闇の魔法使いを多く抱えておる。あの者達は危険な思想に囚われておる。ソードマスターもしくは光の聖女を外の世界から召喚しようと試みたようじゃな」

「あっ、私に『様』は要りません。アレッドさん」

「では、儂のことも『アレッドおじいちゃん』とでもお呼びくだされ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。孫が増えたみたいで楽しい気分になりますぞ」

「じゃあ、俺もアレッドを『アレッドじじい』と呼ぶとするか」

「かまわんですぞ。フリード様、それにしても冷酷な炎帝が少し生気オーラが柔らかくなられましたな。ようやっと傷が癒えましたかな? 元の人間らしく……。さすが【運命の番】ですじゃ。ヤヨイがそうさせておるのう」


 アレッドおじいちゃんにそう言われ、ふいっとそっぽを向いたフリード様は歩いていってしまう。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。照れておるのう」

「あのっ! アレッドおじいちゃん。私がフリード様の【運命の番】だってみんなにやたらと言われるんですが、どんな存在なんですか?」

「そうですな。この世界での【運命の番】とは……」

「アレッドじじい! 口を慎めよ?」

「ふぉっ、ふぉっ。真っ赤な顔で照れた炎帝がお怒りじゃ。そのうち教えてやろうかのう」


 ウインクをしたレッドドラゴンのアレッドじいちゃんは、お茶目に笑った。


 それにしても「ラグシファ教皇」とか「オリランツ教団」とか、危ない集団なんだ。

 私達家族を召喚した張本人がそこにいるみたい?

 早く、お姉ちゃんとお母さんを助け出さなきゃ!



      ◇◆◇



 幼い子供や愛らしい風体の魔法生物たち、グリフォンにチワワにちびドラゴンがフリード様にすりすりしている。

 なにこれ、可愛い!


「フリード様。おなかがへってしかたがないでち」

「んーっ! フリード様! ご飯が食べたいですっ」

「……お腹が減りましたぁ」


「分かった、分かった。とにかく腹ごしらえをせんといかんな」

「早くご飯にしてあげましょうよ、フリード様! キッチンは近くにありますか?」

「ここにそんなものは無い。野営基地に戻ろう」

「ええーっ? あそこ、遠いんじゃ……」

「俺が魔法力と闘気を合わせて出して、早く飛ばせば早く帰れんだろ」

「この人数をいっぺんにですか?」

「お前以外は自力で飛べる。多少、闘気は分けてやれば、そんなに時間もかからんはずだ。ドラゴンなんてこの世の果てから果てまで一日で飛べるやつもいんだぞ? なんのためにあの羽根がついてる? しかも仰々しくでかい図体してんじゃんか」

「ああ。はあ〜、……そうなんですね。私だけが飛べないんだ」

「はははっ、そう落ち込むな、弥生。お前、今はまだ魔法がほとんど使えないからな。だが、俺の紋章加護を受けているあいだは使えるようになってくるから、多少飛行も出来うるかもしれん」

「私なんかに魔法なんてすごいものが使えるんですかね、本当に?」

「弥生なら出来るさ。魔法を自由に扱えたら楽しいぞ? 料理のためにもつかえんだろ? 食材だって俺や誰かにいちいち頼まなくても氷魔法で冷やせるようになるし、火炎魔法で魔獣肉や新鮮な魔魚を炙ったり出来るんだから。どうだ? 楽しそうだろ? 剣と魔法、とにかく特訓あるのみだ」

「うんっ、ちょっとやる気が出てきました。フリード様がお暇な時間に教えてください」

「ああ、手漉きの時にしごいてやるからな、弥生。覚悟しろ」


 お喋りしながらフリード様が庭園の空中に大きな穴を魔法で開けてしまった。ぷちブラックホールみたい?


「この魔法風穴まほうふうけつは野営地の食材置き場に繋げた」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォ……ンゴーォォォンッ! と掃除機みたいな音がする。

 そこの穴に次々とフリード様が、アレッドじいちゃんやリーフォくんと魔法変化したケルベロスくんとみんなでかき集めてきたロックバード(さっき狩ったもの)を放り込んでいく。


「お前らは先に野営基地に行け。なるべくヒト型で俺の従者のフリをしとけよ? 面識があるセイロンとフェルゼンを見つけて、着いたらパンでももらって食っとけ」

「はーい」とライティくん達からお行儀の良い返事が返ってくる。

 言うが早いか次々に駆け出し、アレッドおじいちゃん以外のみんなが穴に飛び込んでいった。


「すごい、みんなちっちゃいのに躊躇いがない……。私なんか、あの魔法の穴がちょっと怖いのに」

「ただの通路だ。怖いことあるかー。弥生は臆病者だなあ」

「……怖いものは怖いですよ? あそこ真っ暗じゃないですか」


 そこで急にフリード様の端正で美しすぎる顔が私にぐっと近づいてきた。

 フリード様はニカアッっと悪戯に笑う。

 私は瞬間、ボウッっと顔が熱くなった。


「俺がいれば怖くないんだろ?」

「うっ、まあ、……そうですけど」

「弥生、どうした。顔、赤いぞ? ……恋人でもないし、恋だ愛だの好きかも分からん相手の俺に照れているのか?」

「そ、そそそそうですよっ! だって、あんまり私……男の人に免疫がないんですから」


 フリード様は目を細めて、私の頭をくしゃくしゃ〜って撫でた。


「さあて、先にローレンツに魔法手紙で指示便を出しておいたからロックバードを捌いてくれんだろ。弥生、お前は先に俺の屋敷の風呂にでも入って来たらどうだ? 俺はアレッドじじいと情報のすり合わせをする。それから急いで野営地に戻ろうとしよう」

「お風呂ですか……?」

「どうした? 怪訝な顔して? 風呂だ、嬉しいだろう? ミントとバジルが言ってたぞ。女ってのはすこぶる好きなんだろ? 温泉の露天風呂とかが特に。庭園の向こうに俺の別荘があって風呂あるぞ。温泉の源泉を引いてるから傷も治るし、疲れた体を癒せて英気も養えるはずだ。……案内は管理している花妖精たちがしてくれるから行って来い」


 え――?

 まあお風呂に入れるのはすっごく嬉しいのですが。

 異世界温泉?


「使えるキッチンは無いのに、お風呂はあるんだ……」


 まあ、食に興味がなかったフリード様らしいですけど。


 私が戸惑っているなか、フリード様は至極真剣で難しい顔でアレッドおじいちゃんが話している。


「三教団のうち、ラグシファがということだな? アレッドじじい……」

「フリード様、儂はそう聞きましたのじゃ。なにか良からぬ動きをしているのを仲間が伝えてきましてな。海竜シードラゴンの里村の海岸ではドラゴン狩りの魔法使いがですな現れおってですじゃ……」


 フリード様とアレッドおじいちゃんの二人がものものしそうに話しているのを眺めていると、腹ペコの私のお腹が鳴った。

 二人が私を振り向きクスクスと笑う。


「もお、しょうがないじゃないですかっ。お腹減ったんですもん!」

「弥生は愉快だ。はははっ」


 私がぷんすか怒ると、おかしそうにフリード様がまた笑った。

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