第14話 フリード様のお友達!?

 私の仰いだ上空に豆粒ほどに見えたその生き物はあっという間に近づいて来たのだった。


「あっ! あれはドラゴン!?」


 間違いないっ、ドラゴンだ!

 真っ赤なドラゴンが咆哮を上げてロックバードをはたき落とす。

 はぐれロックバードが小型飛行機なら、あのドラゴンはジェット機ぐらいあるのかもしれない。

 硬そうな鱗と鋭い爪を持つ前足、大きな尻尾と優雅に羽ばたかせている翼……。

 私は身の危険を忘れてしまうほど高潔な獣だと思いました。


 じっと目を奪われていると私は紅いドラゴンと一瞬目が合った。

 その眉間に白い小さなドラゴンが乗っかっているのを、見逃さなかった。


「弥生――っ!! リーフォ、逃げろっ!」


 フリード様の切羽詰まった大声がして、振り返ると彼を乗せたケルベロスくんがぎゅんっと加速してくる。

 私とリーフォくんの横をフリード様達が通り過ぎて、風が起こった。

 横を通ったフリード様が私を刹那心配げに見て、私の髪が激風になびく。


「【――闘気解放――!!】」


 私とリーフォくんの前に庇うように出てきたフリード様とケルベロスくん。

 フリード様が紋章の力を解放して、体中から金色の光が溢れ放たれる。


「フリード様の髪の色が……」


 初めて出会った時と同じ、フリード様の髪が眩いはちみつ色に変わっている。

 はぐれロックバードを追って狩る時は、紋章の力すら使わずに倒していたんだ。

 普通のレベルの魔法攻撃と物理的に剣で……。

 でも、今は違う。


「本気なんだ、フリード様」


 フリード様から殺気も闘気も感じる。

 本来群れないはずの種類のロックバードをひとところに集め追いつめて、狩りをしていたのは紅いドラゴンだったんだ!

 ドラゴンは空中に翼を器用にさざ波みたいに扇いで立ち止まり、フーッと蒸気を吐いた。

 気高いオーラを発している。


「レッドドラゴン――紅き闘竜よ。弥生達を襲うなら俺が容赦しない」

「……」


 異世界だから、ドラゴンとか居そうだって想像してた。

 実際にドラゴンを見て、出会った私はすくみ上がると思ってた。

 ゴブリンと対峙した時には感じた命の危険が、なぜか感じない。


 このレッドドラゴンは、よく分かんないけど……私達に害がない気がするの。

 敵か味方かで簡単に判断をつけられるわけないのに、私、そのレッドドラゴンに見つめられて瞳の奥の優しさを感じてる。


「どうだ? やるか?」

「……」


 恐ろしくドスの利いた身が縮み上がるフリード様の声音は、冷たく威圧的ですらあって。

 フリード様の問いにレッドドラゴンは答えを返さない。

 ……単にお喋り出来ないんじゃ……。


「リーフォくん、あのドラゴン話せるのかな?」

「どうでしょう……。うーん、あのレッドドラゴンは見たところ相当な年です。高潔そうで賢そうですけれど。ドラゴンは種族間のテレパシーで意思を交換するとも言いますからねえ」


 ドラゴンと間合いをじりじり詰めたフリード様が静かに剣を振り上げた。


「【おじいちゃんを殺さないで――っ!!】」


 えっ? 今の声って?


「フリード様、だめえっ! 斬っちゃだめー!」


 私が大声で訴えたのに、フリード様はバリバリと雷の音をさせる剣を振った。


「ああっ……」


 フリード様! 私の声が聞こえたのでしょう?

 なぜ、剣を振るうのをやめてくれなかったの。


 私は両手で顔を覆った。



    ◇◆◇


「弥生。目を開けろ」

「えっ……」


 ケルベロスくんは元のチワワサイズに戻り私の手下てもとにいて、リーフォくんに乗って飛んでいる私の横にはフリード様が浮かんでいる。

 そして、眼の前をめっちゃ大きなロックバードが意識を失い傷を負ってゆっくりと地面に向かって落ちていくのが見えた。


「どういうこと?」


 さっきまでフリード様が狩っていたロックバードの比にならない、なんならレッドドラゴンよりも大きいロックバードだった。

 フリード様が魔法と雷の剣で倒したのは、ドラゴンじゃなくって巨大なロックバードだったんだね。

 私はホッとしました。


 そして、フリード様はレッドドラゴンに乗っているの。


 えっ、えっと。わけが分かんない。


「【あんなでかいロックバードがいたとは油断いたしましたじゃ。しかしロックバードごときが、儂ら仮にも誇り高きドラゴンを襲うとは……、けしからん。いやはやしかし助かりましたぞ。ありがとうですじゃ】」

「礼には及ばん。レッドドラゴン」


 フリード様とレッドドラゴンさんが話をしている。

 あのレッドドラゴンさんは見た目は猛々しいドラゴンでも、口を開けば気の良いおじいちゃんって雰囲気だね。


「フリード様。ドラゴンさんとのお喋りが楽しそうですね」

「うんっ? お前やっぱり……。さっきから弥生はドラゴンの声が聞こえるのか。そうなんだな? こいつらは人を選んで話すんだ。俺には聞こえていた。この者達が助けを乞う声がずっとな」

「『やっぱり』ってなんですかっ? フリード様」


 レッドドラゴンに意気揚々と立つフリード様の肩には小さくて白いドラゴンが乗っかっている。


 フッと軽く笑ったフリード様が私に手を差し伸べた。


「グリフォンの次はレッドドラゴンにも乗ってみるか? 弥生」

「の、乗りたいです。だけど! どさくさに紛れて誤魔化しませんでしたか?」

「やっぱりってやつか? 追求心が半端ねえな、お前は。まあ、弥生がただもんじゃねーんだなって俺がさらに自覚しただけだよ。べつに……そんなに深い意味はねえさ」


 ぐいっとひっぱられ、私はドラゴンの背に座る。


「【フリード様。久方ぶりじゃ。そのの子は正体は姫君であろう? フリード様の大切な】」

「あっ、ドラゴンさん。私は姫じゃないんですよ、ぜんぜん」

「俺にとっては稀で唯一。大切な女だ」

「フリード様。私、婚約者の振りはしませんよ?」

「弥生は俺好みの美味しい飯を作る専属料理人だろーが。お前は充分大切で庇護対象だ」


 ほおーっほっほっと、レッドドラゴンさんが笑う。


「【アレッドじいちゃん?】」


 白いちびドラゴンくんがフリード様の肩の上で心配そうにレッドドラゴンさんに呼び掛けた。


「【お前さん達、運命のつがいじゃのう。フリード様ようやく……】」

「うっ、うるせえ、。弥生は異世界人いせかいびとだ。余計なことを言うんじゃねえぞ」

「アレッドってレッドドラゴンさんの名前ですか? フリード様とレッドドラゴンさんはお知り合いなんですね」

「【儂は何度かフリード様に助けられてのう、共闘もした仲ですじゃ。この孫のライティの名付け親はフリード様なんじゃよ。ライティは赤ちゃん竜でしたからな、覚えておらんのも無理はない】」


 わわっ、ちょっと頭がキャパオーバーになりそう。

 色々情報がいっぺんに入りすぎ。

 えっと〜。


「そっか。じゃあじゃあ、このレッドドラゴンさんはフリード様と友達ってことですよね」

「まあ、な。……アレッド、いっぺん俺の結界を張った庭園に行けるか?」

「【御意。しからば、ロックバードはいかように?】」

「倒したロックバードのでっけえのはお前達にやるし、狩猟の成果の半分もプレゼントしてやるよ。とりあえず、今後の身の振り方を話すか? アレッド、お前そのために俺のとこに来たのであろう?」

「【フリード様は、相も変わらず察しが良くて助かりますじゃ。ちょっと頼みがありましてな】」


 そう言うとレッドドラゴンのアレッドさんは大きく空中に一度高く舞ってから旋回して、フリード様の秘密の庭園へ向けての飛躍を始める。


 グリフォンのリーフォくんも横に並んでぴったりとくっついて飛んでいた。


 大きな背中……、あたたかい。

 硬そうな鱗に覆われた体なのに、私達が乗っている背中だけは不思議と獣毛が覆っていた。

 もふもふした毛並み……優しい瞳をした生き物のぬくもりはどうしてか安心感を与えてくれる。


「フリード様」

「んっ、なんだ? 弥生」

「ドラゴンって背中にはもふもふな毛があったんですねえ」


 私は手でアレッドさんの背中を撫で、頬をつけてみる。

 ジト目でフリード様が見てくるのですが、なぜでしょう?


「弥生、そんなにソイツにすりすりすんな。なんかムカつく」

「まさか、妬いているんですか〜? フリード様ったら」

「うぐっ。くそっ、からかいやがって……」


 私が長身のフリード様を見上げると、彼はまだ髪の色は黒じゃなく金色だ。

 フリード様、照れたのか真っ赤に染まった顔でムスッとしてる。


 うーん、フリード様の髪も襟もマントも風になびいて神々しくすらあって、私は眼福だなとか思う。


「フリード様。アレッドさんの毛並みがほわほわしてて、だって気持ちが良いですよ?」

「ああ、知ってる。だが種族によるんだぞ。ドラゴンの形態の進化は人間との関わりにも密接してるんだって話だな。たとえば孤高の蒼き氷竜アイスドラゴンは体が冷たく氷で覆われている。レッドドラゴンは比較的俺達と共存した時代があって、主と認めた者を背中に乗せるために毛が生えたっていう説もあるぐらいだ」

「そうなんですね。ドラゴンってもっとこう空恐ろしいのかと思っていました」

「怖いのもそりゃいるさ。魔獣や魔物やドラゴンも人間も一緒だろ。良い奴や味方もいれば悪い奴や敵もいるし、どっちつかずの風見鶏や様子見の奴だっている。良い人間ってのも一概に良いと言えないだろ? 誰しも負の感情だってあって怨嗟や関係性で互いに毒にも薬にもなる関係だ」

「フリード様、どうやったら見極められるんでしょうか……?」


 私の質問にフリード様は数秒うーんと唸った。


「そんなの、知らん。まあ、勘か? いや肌で感じたりすんだろ。あとお前は高等料理人鑑定スキルで見たらどうだ? 弥生は人の好みや体調に合わせた料理を作るために、相手の特性や性格なんかも見ようと思えば見れるんじゃねえの? どうだ? 俺のをもう一度また見てみるか?」


 周りを見渡し警戒してたフリード様は、そう言ってどかっと私の横に座った。

 レッドドラゴンのアレッドさんの背中はすごく広いから、二人並んでも余裕で座れる。


「俺もお前を今一度、吟味鑑定してやろう。……弥生」

「ええっ? ちょっ……だめです」


 フリード様に肩を抱き寄せられて、彼が私の鎖骨にちゅっとキスの加護を施してくる。


「弥生に分けてる紋章加護の結界が弱くなったら、いつまたゴブリンが隙をついて襲いに来るか分からんからな〜」

「どさくさまぎれに私の肌に口づけたいだけでは? いったい一日に何回加護強化をフリード様がしてくださらないといけないんですかっ。効果ってどれくら……」

「うるさい」


 私のおでこにコツンとフリード様のおでこが当たった。

 どきどきどき……。

 胸の鼓動が早く鳴る。


 だって、唇が接近しすぎて、私とフリード様……今にもキスしてしまいそう。


「からかったお返しですか!?」

「そうだ、仕返しだ。お前が俺の女になるなら、今すぐにでも口づけてやる。どうだ? ちょうど夕焼けが見えてきたぞ。……海は近くないがな」

「あの……ケルベロスくんとライティくんがじっと見てます。リーフォくんは気を利かせてあっちの方見てますが。……フリード様。それにここ、アレッドさんの背中の上ですよ?」

「そんなの知ってる。この際かまうもんか」

「真っ赤な顔して無理して、フリード様なにを言ってるんですか! ただの異世界の平民の私相手に血迷ってはなりません」

「はぁっ? 今更俺とお前のあいだに身分の格差を出したところで通用せんぞ。俺の想いをかわす材料にも武器にもならん」

「想いって……あの……。ただの欲望だけじゃないんではないですか」

「ばっか、お前。俺が肉欲だけでお前にこんな迫っていると思ってんの? 心外だぜ。……また俺を煽ったのは弥生だかんな」

「うっ。……んっ!」


 フリード様にスッと抱きしめられて、私の首筋に口づけが落とされる。

 私はフリード様の唇の熱い感触にくらくらとしてきた。


「俺のすべてを弥生にくれてやる。代わりに俺がお前の何もかもを欲しがり所望したら余すことなく寄越せ」

「私、フリード様から受けた不意打ちの紋章加護のキスで全身が内側から熱くって……。ぽーっとなっちゃってるから、フリード様の言ってることが半分ぐらいしか理解できません」


 フリード様から追い打ちのように、私の鼻先に口づけられちゃってて。


 ライティくんとケルベロスくんが「わあ〜っ」とか「ひゅーっ」とか感嘆の声を上げたのが恥ずかしい。


「じゃあ、弥生は俺のキスの熱に浮かれながら聞け。俺は弥生と本心を見せ合い、互いに惜しみなく愛情を分け与えられるようになりたい。お前、隠さず晒け出せよ。もし俺が心も体も差し出したら照れずに受け取れ」

「ちょっと待ってください! あのっ、これって告白ですか? フリード様って私を好きなんですか?」

「ばあか。お前はほんっと鈍感な女だな。当たり前だろ? 俺が皆まで言わなきゃ気づかないんだな。ここまですんのは弥生が好きだからに決まってんだろうが」

「っていうか、バカとかと言うの照れ隠しにしても酷くないですか? フリード様の阿呆!」

「うぐっ、せっかくのムードが壊れる。この美しい夕焼けのなかを飛ぶ大空で、バカだの阿呆だのと……」

「先に私にバカと言ったのはフリード様でしょう?」

「ごめん……」


 急に素直になったフリード様、ちょこっと可愛い。


「私もごめんなさい」

「俺は女の扱いはよく分からない。異性を誰も好きになったこともないし、恋人もいたためしがないからな。……だから、手慣れてなくてすまん」


 ああ、フリード様がしょぼーんとしていらっしゃる。

 こんなに美貌をそなえた皇帝がシャイでうぶな方だとは、ギャップにもう胸をずきゅーんと打たれて甘い恋の海に撃沈しそう。


「いや、あのですね。私は、百戦錬磨な遊び人よりむしろ手慣れてないほうが嬉しいんですけど……」

「そうかっ?」


 パアァ――ッと光を出しちゃいそうなぐらい、フリード様の顔が輝く。


「好きだ、弥生」

「ありがとうございます。……あのっ、私はたぶんフリード様のことが好きですっ。でも、これが恋焦がれる愛の好きだとかが分かりません。憧れの範疇で、尊敬している推しって域じゃないかなってとも思うんです。素敵で民思いなフリード様を慕っているし、好きです。でも恋人になりたいかって言われたら……。フリード様のお気持ちは嬉しいし、光栄だし、私などにはもったいないぐらいなんですが」


 フリード様は抱きしめている私をそっと離し、ふうっと吐息をついた。


「これでも無理だと? 俺と恋人になることに首を縦に振らんのだな。しっかしお前、とんでもない女だな。一筋縄でいかないし、……面白すぎるぞ。そうして無意識に弥生は俺を翻弄するんだな。よく聞け、重ねていうが、そのうちお前と心が通じたら容赦なく俺はお前の全部を奪うから。こんなセリフ口走って、俺だって恥ずかしすぎんだぞ。素直に話すのなんか今日だけにする。こんなに胸の奥が熱くたぎる気持ち、初めてなんだ。俺はお前に受け入れてもらいたいと願っている。お前にだけだなんだぞ、こんな気持ちになるのは」


 フリード様、あのう、私の全部を奪うってどんな意味で言ってますか?


 私はいろいろ想像して、妄想したあれこれで頭が沸騰してきました。


 もうっ、やばい!

 ああっ、私。フリード様の攻め攻め甘々な口撃が刺激的すぎて倒れそうですよ〜。

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