第17話 こんな、お風呂とか入ってる場合じゃない!

 はたと私は急に冷静になった。

 私ってば、フリード様の突如の思いつき(私のためを思ってのことだろうことだけど)の勢いと、フェアリーさん達の女性の盛り上がりに押されて、お風呂来ちゃいましたけれども!

 ついでにサーッと体の汚れを落として気持ちよさにほうっと一息つけましたよ?

 そりゃあ、清らかで適温のお湯に触れて、あったまって癒やされました。

 ですが――!

 あらためてお風呂ってすごいやって思えていますが。


 そうです、入浴効果からか私は頭が冴えてきたのです。 


「ああ、そうだ! 私ってばさっきまでボケっとしてました。あのですね、私はこんな悠長にお風呂に入っている場合じゃなかったんですっ。私の作る料理を待っている腹減りな子達がいるんです!」


 腹ペコなちびドラゴンのライティくんやチワワな魔法犬のケルベロスくんにグリフォンのリーフォくんが、きっと私が帰るのを待っているはず。

 今か今かと待ちわびて……とか考えるだけで申し訳ない気持ちになる。


 私が花のフェアリーさん達に訴えかけたら、みんなにこにこ笑っている。


「ほんと、お優しいのね。弥生様は」

「大丈夫ですよ〜。こことあっちの世界は時の流れが違うんです。こちらでゆっくりお風呂に入って帰ったって、野営基地で時間が経つのはほんの数秒です」

「そ、そうなんですか?」


 でも、実際は体験したことがないから分からないし、やっぱり気が気じゃない。

 みんながお腹を空かしてる……、そう思うといたたまれなくなる。


 私はフェアリーさん達がお世話をやいてくれようとするのをやんわりと断って、竹筒みたいなのから流れている掛け湯を使ってざっと体を洗って、さっさとお風呂を上がった。


「弥生様。あらあら、もう帰られてしまいますの? わたくし達でせっかく花の妖精特製の石鹸や香油で磨き上げて差し上げようと思ってましたのに」

「弥生様にお似合いだろうと、色味や生地や装飾が違う男装騎士の制服もいくつかご用意しておりますわよ?」

「弥生様を磨いて洗って差し上げると、フリード様ともお約束いたしましたのに……」

「いえ、皆さんはゆっくりお風呂に入っててください。私は戻ります。あの〜今度来る時はのんびりと温泉に浸からせてください」

「「ええ、弥生様。ぜひに」」


 洗い場から去る時に、横目にチラッと露天風呂が見えた気がしたけど、湯けむりであんまり良くは見えなかった。


 ただ、綺麗な光を放ちながら何人ものフェアリーがお湯に浸かっているようで、花びらを空中に舞わせて楽しそうに歌ってた。

 フェアリー同士でお湯を掛け合っているのかキャッキャウフフと盛り上がってる。みんな仲良しなんだなあ。想像しただけでなんて華やかで、それに楽しそう。


 微かに見えただけでも、なんだか美しい光景だった。


「お姉ちゃんとお母さんが見つかったら、フリード様にまた来させてもらおう。フェアリーさん達にはああ言ったものの機会があるかは分からないけれどね……」


 私はとっとと洗い場から脱衣場に移動した。


 お互い一糸纏わぬ姿で、私は恥ずかしくなっていたの。

 だって彼女達のスタイルは完璧無敵なナイスバディばかりなんだよ?

 可愛いアイドルとか美しい女神様がいっぱいいるみたい。

 私はすっごい自分が貧相な体躯な気がして、とっとと逃げ出したくなる。

 男装してるから晒しの巻き過ぎで、以前より胸も小さくなったかもだし。


 だいたい、伝説や絵本の妖精って小さくって可愛らしいのに、現実に目の前にいた妖精さん達は非の打ち所ないぐらい素敵なプロポーションだったんだよね〜。

 ……しっかし、フリード様の別邸のお屋敷のお風呂ってデカすぎません?

 中学の修学旅行で泊まった旅館の温泉の大浴場並みにありましたよ。

 皇帝ってのは伊達じゃないんだ。やっぱ、すごい。


「弥生様」

「はい?」


 後ろから話しかけられて振り返ると、そこには二人のフェアリーがいた。

 ミハエルさんって呼ばれていたフェアリーと一番年長者らしきフェアリーだ。


「フリード様にお約束した以上、弥生様をこのまま帰すわけにはいきません!」

「ええっ!?」


 私があられもない裸をタオルで隠している姿で驚いているうちに、バスタオルを巻き付けたままのフェアリーが二人、杖を空中からスッと出して振るった。

 魔法の呪文は歌声のような軽やかで素敵な音階で唱えてる。


「えっ、ああっ!」


 たくさんの色とりどりの花びらが私の周りを包むように舞い飛ぶ。

 すっごくいい香りがした。

 さすが、花の妖精!

 あったかい風も魔法で吹いて私の髪も体も乾いて水滴一つなくなる。

 しかも……!

 私の着替えも花妖精さんの魔法で済んで、男装服は騎士の服とか軍服ではなくちょっと煌びやかで豪華な貴族の私服って感じのを纏っていた。


「私達から弥生様に花の香りの加護をさしあげましてよ? この加護は妖精の強力魔法ですから半永久的に続きます。どんな長い旅の道中でも戦場でも修羅場でも汗臭くなんてなりませんわよ」

「えっ、それは嬉しいかも! いつ入浴できるか分からないし、体の清拭中も普段は男性を演じているから気が気じゃありません。助かります、ありがとうございます」


 私は頭を下げる。

 フェアリーさん達がにこやかに笑う。


「ねえ、弥生様。乙女なら、いついかなる時も素晴らしい香りをさせて欲しいのですわ。……フリード様のためにも」

「ふ、フリード様のためってのがよく分からないのですが!」

「まあっ、ウフフっ。弥生様ったら、誤魔化さなくってもよろしいのに。お二人は恋人同士では?」

「ちがいますっ! 私はただの【覇王の料理番】! フリード様付きの専属料理人です」


 フェアリーさん達は二人同時に鈴が鳴るような笑い声で笑った。


「弥生様、異世界からいらして大変でしょうけれど何かあったら頼ってくださいね。私達に出来る限りお力になりますわよ」

「ありがとうございますっ」


 私はもう一度深くぺこっとお辞儀をして、花の妖精さんたちの前から立ち去った。

 そして、お風呂の広間から速歩きでフリード様のいるだろうさっきのエントランスに向かう。



       ◇◆◇



「フリード様〜っ! フリード様〜っ!」

「弥生、俺はここだ。どうした? もう風呂から上がったのか? ずいぶん早いな。ミントやバジルは女は長湯をするとか言ってたのにな」


 だだっぴろいエントランスの一角にはソファがあって、フリード様とアレッドおじいちゃんが地図を眺めながら談義を交わしていた。


「フリード様ったら呑気な声出して! もー、お風呂とか入ってる場合じゃなかったんです。お腹を減らした子供達が野営基地で待ってるんですからっ!」

「ここは時の流れが違うからと妖精たちに説明を受けなかったか? そんなに息巻いて焦らずとも良いだろうが」

「ダメですっ。帰りますよ? フリード様アレッドおじいちゃん、急いでください」


 私は二人の手を握り掴んでソファから立ち上がらせて、そのまま手を引っ張っていく。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。ヤヨイが来てフリード様の周りが一気に賑やかになりましたな」

「そうだな」

「若者は新芽のようにエネルギーとその場を明るく照らす華やかさに満ちておる。老いぼれたレッドドラゴンの儂にはとてつもなく眩しいですじゃ」

「何言ってんだ。お前、ドラゴン世界じゃあと数万年は生きるんだろう? アレッドじじいも急に老け込むふりはやめろ」

「数万年!? ドラゴンってすっごい長生きなんですね〜」

「それも平和な世界であらばという過程の上でですじゃ。人間の争いに利用されてしまえば、たちまち我ら種族は元も子もなく激減してさもすれば絶滅してしまうのじゃ」

「最強のドラゴンも人間には敵わないと? 馬鹿言うな、お前達は間違いなく強い。この世でもっとも知的で平和主義者であろう? 愚かな人間の犠牲になるのは炎帝の俺が許さん」

「互いに守り合い共存しようと言ったこの国々を束ねる覇王フリードの言葉なら、儂達には心強いのう」


 私は二人が交わす話をじっと聞き入っていたの。

 人間とドラゴン達……、重たく、様々な歴史があったのだろうということを感じるよ。

 

 フリード様のお屋敷から外に出て庭を突っきり、リーフォくん達が飛び込んだ魔法の風穴の前まで歩いた。


「さあ、とっとと帰りましょう!」


 私は掴んでいたフリード様とアレッドおじいちゃんの手を放した。

 すると――。


「もう少し手を繋いでいてほしい」

「はあっ?」


 その甘く切なげな声にハッとなって長身のフリード様を振り仰ぐと、彼は照れに染まる頬と寂しげそうな表情でじっと私を見つめている。


「俺が手を握ってくれと懇願してんだ」

「こ、懇願だなんて。フリード様は大げさだなあ」


 アレッドじいちゃんは気を回したのか「先に行きますぞ」と言い、ヒョイッと魔法の風穴に体を入れてしまった。


 あとに残ったのは、私とフリード様の二人だけ。

 フリード様の視線が私のことをとらえ、じーっと見つめている。

 な、なな、なんか甘ったるい目で見つめてくるんですけど――!


「弥生、ますます麗しいぞ。風呂に入ったら色気が増してダダ漏れとか、俺をときめきで殺す気か?」

「ちょ、ちょっと待ってください! フリード様。不用意にそのイケメンで甘いマスクで近寄らないで」

「――無理だ」


 美貌な皇帝がただならぬ甘い気配をさせて私に迫ってくるの。

 困りますー。

 いや、恋を夢見る乙女としては推しの炎帝の色気を感じられて、美味しいシチュエーションなのですが。

 恋愛経験のない私には、頭から湯気が爆発して鼻血が出てしまいそうな刺激です。


 あれ? さっきの花の妖精の加護って媚薬じゃないよね?


「お前が魅力的すぎて欲望に抗えない」

「血迷わないでください! もおーっ! しっかりしてフリード様。早く野営基地に帰りますよ?」


 私はフリード様の両手を握りぶんぶん振る。

 本当は両肩を掴んで揺らしたいとこだけど、そうするにはフリード様の背が高くてあいにく私の身長が足らないのです。


「フリード様ったら、正気に戻ってくださ〜い」

「正気だ」

「じゃあ、なんで」

「んっ?」


 なぜ私を抱きしめてるんですか? フリード様。

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