第18話 揚げて揚げて揚げまくれっ、ロックバードの竜田揚げを作ろう!

「弥生」

「はい?」


 ――どきどきどき……。

 フリード様に抱きしめられて名前を呼ばれ、私の胸の鼓動が早くなる。


 私の肩にフリード様の顎が乗っかって、耳元に彼の息がかかるのと声が響く。


「ぷりんが食べたい」

「はあっ?」


 そこできゅるるるーっとフリード様と私のお腹が同時に鳴った。


「ふははっ、どうしていつも同時なんだ?」

「はうっ」


 フリード様が笑ったら私の耳元に息がかかって、変な声が出ちゃったあ。

 恥ずかしいから慌ててフリード様を押しのけようとしたけど、抱きしめてる腕の力が強くて。結局すっぽりと私はフリード様の胸のうちにおさまったまま。


「弥生、俺は甘いものが食べたい。腹が減った」

「フリード様、分かりました。お腹が減ったのは一大事ですが、わざわざ私を抱きしめて無駄にどきどきさせて言うことではないですよね?」


 フリード様が口角を上げて、いたずらに笑う。


「弥生はどきどきしてるのか?」

「そ、そりゃあ、私は男性に免疫がない恋愛経験初心者ですからー」

「ふはははっ、そうか、そうか」


 なんでか、フリード様はやけにご機嫌で満足そうな表情に変わる。

 さっきの色気をだだ漏れさせた憂い顔はどこ行ったあっ?


「よしっ、野営基地に戻ろうか。ただし、弥生お前は魅力の気を抑えろよな? 漂う色気のオーラを消せ」

「私に色気なんてないと思いますけど?」

「よく言うわっ、さっきの招集のお披露目会ではお前に女も男も見惚れていたでないか! 弥生は俺の前でだけに、魅惑の気も本性も出せば良いんだ」

「フリード様。……ようするに、嫉妬と言うことですか? 貴男ほどの美貌の持ち主が言うとなんだかそんなに私が魅力があるみたいな気になってくるなあ」

「……うぐっ、ああ、嫉妬だろうよ」


 そこでひょいっと行きの時のように、私はフリード様に横抱きに抱え上げられてしまいました。


「ひゃあっ」

「弥生は軽いな。お前はちゃんと食べてんのか? 人に料理を作ってふるまってばかりでなくもっと食え」

「大丈夫です。けっこう味見したりで食べてますから。フリード様の方こそ栄養ちゃんと考えて食べてくださいよね?」

「はいはい。弥生の作る飯なら食う。しっかりとな」

「それならまだ良いですけど」


 フリード様、私が居なくなっても好き嫌いせずにちゃんと食べてくださいね。


 私の目の前を小さな蝶々のごとく飛ぶ金魚や光るミニサイズの亀が空中をかいて泳いでいきます。

 それから、さっきの人間サイズの花の妖精さんともまた違うちっちゃな妖精さんが私とフリード様の周りに集まってきました。


「風の妖精だ。お前に力を貸すと言っているぞ」

「力を貸す? どういうことです?」

「ふふっ、気に入られたか。弥生、風の妖精からの助けがあれば、魔物に襲われたり火事にあうことがあっても、お前は風を起こし清浄な風と空気を手に入れることが出来る」

「なんかたいそうな感じですね。魔法ですか?」

「そうだな。風の妖精は魔法の力を込めた鈴をくれるそうだぞ。それから……」

「――? なんです? 風の妖精さん達はなんて言ってるんですか?」

「教えない」

「なんでですかー! 気になるじゃないですかー!」


 私は風の妖精さんが差し出す虹色の鈴つきのアンクレットをもらいました。


「私に? ありがとうございます」


「つけてやる」


 フリード様がササッと私のズボンの裾をまくり足首につけてくれたんだ。

 私を片手で抱っこしながら、もう片方の手で。

 なんて器用な……。それとも軽い魔法を使ったのかな?


「弥生、意図せずその『清風せいふうの鈴』は鳴らない。お前がその風を起こしたい時だけ鳴る」

「ふーん、そうなんですねえ。風の妖精さん達ありがとう!」


 私がお礼を言うと風の妖精さん達はにこにこっと笑ってから上昇気流に乗って、あっという間に空の雲の向こうに行ってしまった。


「ねえ、フリード様。風の妖精はなんて言ったんです?」

「知りたいか?」

「そりゃあ、気になりますもん。知りたいです、教えてくださーい」

「じゃあ、弥生。帰ったらぷりん一個で良いから俺に食わせろ。……だったら教えてやらんでもない」


 ププッ、プリンが食べたいんだ〜、フリード様ったら。


「良いですよ? で、なんと?」

「風の妖精達はお前の大ピンチに駆けつけると言った」

「えっ? それだけですか? そんな素敵な内容なら隠す必要がないじゃないですか。まだなにか?」

「……もうない」

「うそだあ。だってフリード様真っ赤な顔してますよぉ?」

「くそおっ、弥生の前ではポーカーフェイスが利かない。まったくどうしてだ」


 フリード様が顔を恥ずかしげにして、私の視線から逃げるようにそっぽを向いて言い淀んだ。

 私はフリード様にお姫様抱っこをされているので、彼が顔を横にしても近すぎるから見えてしまう。

 フリード様を覗き込むように下から見ると、観念したのか彼は小声で白状した。


「風の妖精の王子を弥生の婿にと言うから俺が睨んだら、『失礼しました。お二人が【運命の番】の夫婦となるのですね。お二人の子が誕生の際には我らが祝福しましょう』とあいつらが言った」

「こ、子供〜!? お二人って……私とフリード様のっ?」

「そうだ。あいにく俺と弥生は夫婦にはならんし、子供などもうける未来などないだろうに」


 フリード様は耳まで真っ赤に染まった。

 私だって恥ずかしい。


 ……私をフリード様が夫婦になることなんて絶対にないんだと再認識したら、胸の奥の奥のほうがぎゅうっと痛んだ。

 なんだろう、これ。

 ちょっぴり悲しい。


 そう、私とフリード様に同じ方向を見て一緒に歩む未来なんてないんだ。

 だって私は、自分の世界にいずれ帰るから。

 決めたことだ。覆せない、ブレてはダメ。

 おばあちゃんが私達の帰りを待っているのだから。


「帰るぞ。弥生、真っ暗闇の風穴に入る心の準備は良いか?」

「ああっ、はいっ。大丈夫です、心の準備オッケーです」


 私はいろいろと動揺していた。

 フリード様をこの先どんなに大好きになろうが、私の恋に未来は……選択肢はないんだ。

 いずれ、フリード様と別れる時が来る。

 そう思うとすごく寂しかった。



        ◇◆◇


 魔法の風穴にフリード様と私が入ると、行きよりも彼が魔法の勢いをつけ加速した。


「夕餉が遅くなっては弥生の寝る時間も減るからな。料理道具なんかの後片付けは周りの者達にやらせろ」

「えー、フリード様、私なら大丈夫ですよ! 片付けまでがお料理なんですから」

「弥生お前は底抜けにお人好しと言うか。人材を使うことも覚えるべきだ」

「うーん。片付けも嫌いじゃないんですよね。食べ終わったお皿……お客様に私の料理をぜんぶ食べてもらったって見ると、至福の時なんです。それに皆で洗い物とか手分けしたほうがだんぜん早いですよ〜」

「そうか」

「そうなんです」

「まあ、無理も無茶もすんな。辛い時や疲れが酷い時は周りや俺を頼れ」

「ありがとうございます。あのー」

「なんだ?」

「フリード様も同じですよ?」

「ああっ? 同じって」

「一人で重荷を背負ってしまわないで周りを頼ってください。優秀な従臣もたくさんいらっしゃるし。あと、私の前では泣いても弱音を吐いても構いませんよ? どーんと受け止めますからね。あとご所望であれば『よしよし、いい子いい子だね』って頭や背中を撫でて差し上げます。私がフリード様の疲れも寂しさも慰めてあげますよ」


 フリード様がふはっと吹き出し、ゲラゲラと大声で笑い出した。


「なんですかぁ? 笑ったりしてぇ。冗談ではなく、私本気です」

「いやー、俺。誰かにこんな風に言ってもらったの初めてだわ。まー、慰めてくれるならついでにねやで抱きしめてくれて良いぞ」

「ネヤってなんですか? どこ?」

「ぷっ……。あのなあ、閨は寝所のこと。ベッドの上でって言ってんの」

「ばかー。フリード様、それ以上破廉恥なこと言ったら殴りますよ?」

「破廉恥ってお前……。どこまで想像してんの? 弥生の妄想はエッチでふしだらそうだな」


 ……たしかに私、あれやこれやと想像してしまいました。

 まあ、情報は少女漫画とかドラマや恋愛映画とか友達情報からですけど。


 ――キスは分かるけど、あとはよくは分からないんだよね。


「まー、弥生の場合、耳年増ってやつだろうけど。聞いたのと実際に経験してやるのは大違いだろうよ」

「フリード様だってそうじゃないですか〜。人のこといえないくせに。ファーストキスだってお互いまだでしょ」

「そうだな」


 フリード様がそういったきり沈黙がして、とてつもなく気まずいと言うか恥ずかしくなる。


「だから俺と一緒に初めてを経験してみないか?」

「……えっ?」

「初めて同士、少しずつ」

「それって気後れしないで良いかもですが……」

「俺が弥生をリードも出来んが呆れるなよ?」

「リードなんていらないですけど。……だ、だめです! やっぱり」

「ファーストキスぐらいさせろ」

「そ、そそそんなことしたらフリード様とお別れって場面になる時、離れがたくなるじゃないですか」

「まあ、な。だがその時はその時だ。俺はお前と過ごした日々や感触は絶対に忘れない。自信がある。……しかしお前は俺のことを忘れてくれて構わない」

「どうしてフリード様はそんな寂しいことを……。私を突き放すような言い方するんですか?」


 フリード様の私をお姫様抱っこしている腕に力がぎゅっとこもった。

 切なげに伏せる黒く濡れた美しい瞳……。


「これ以上弥生を大好きになって愛しくなりすぎては、俺はお前を手放して自分の元いた世界に帰すことを躊躇って離れられなくなる。ばば様に返してやらなくてはならんだろうが」

「そうですね。……ありがとうございます。フリード様が冗談とかからかいからではなくって、私のこと本当に真剣に……なんだ。貴男が想いを寄せてくださってるのがちゃんと伝わりました。……真っすぐで誠実なフリード様は好きです」


 私は横抱きに抱っこしてくれてるフリード様の胸に密着している自分の頬をもっと彼に押し付けてそのたしかな鼓動を聴いた。


「フリード様っ、あの。心臓ばくばくで音がやばいぐらい早くないですか?」

「お前が嬉しいことばかり言ってくるからだろーが」


 フリード様の筋肉質な腕がさらに私を抱き寄せたのを感じる。

 私はフリード様のたくましくあたたかい腕に抱かれて、心が甘いものに支配された。

 この時間が出来るだけゆっくり長く続けば良いのに……、そんな自分勝手なことが一瞬よぎって、私は頭を振った。

 お姉ちゃんやお母さん、それにおばあちゃんがどんな思いで私を待っているか。

 不謹慎な、恋心……。って、やっぱり私はフリード様のことが……。


 ただの推しだと割り切ろう。

 じゃないと私、血迷った考えを抱いてしまいそうだから。

 あぶない、あぶない。フリード様のそばにずっといたいだなんて願望を持ってしまうかもしれない。

 


      ◇◆◇



 私とフリード様が魔法の風穴を抜けると、野営基地の調理場にダイレクトに辿り着いた。


 地面に足を着けると、しっかり大地の固さが伝わってくる。

 ここは私にとって異世界だけどちゃんと生きてるんだって、あらためて現実を認識する。

 私は自分がここにいるんだって感じられた。


「おかえり、ヤヨイ殿フリード様。今夜の分のロックバードの下処理は完璧に出来てますよ」

「ただいま」

「うむ、ご苦労だった」


 ローレンツ料理長とアーロン副料理長がにこにことした笑顔で出迎えてくれた。


「俺は自分の天幕に戻る。弥生、飯頼んだぞ」

「はーい」


 アーロン副料理長がじろじろ見てくる。


「なんですか?」

「いや……あの……。弥生殿が男なのに可愛すぎるから、フリード様も気さくに豹変して構いたくなるのかな?」

「えっ? さ、さあーどうですかねえ」


 もちろん私が本当の正体が女だなんて、明かせない。

 しかも本気かどうかはいまいち判断をつけたくないし信じられないけど、どうやらフリード様は私を恋人にしたいらしいんですよね〜とか、言えるわけないって。


 私は更衣室の天幕で、魔法の小瓶を開ける。

 もちろんシェフの制服に身を包むため。



 私は、私を観察する料理人達の視線を感じながら調理場に立った。


 気にしない、気にしない。

 好奇の目に緊張しないで、頑張ろう。


 弥生、フリード様のためみんなのために美味しいごはんを作るぞ〜!


「さあっ、やるか〜! 弥生。揚げるぞ〜、ロックバードの竜田揚げっ!」


 私は拳を振り上げ、気合を入れた。


 目の前にバットに下味用の漬けだれの調味料を作る。

 おばあちゃんの洋食亭のレシピを思い出す。

 よく作ってたから大丈夫。

 目分量でもいけそうだけど、一応スプーンで測りながら、酒や生姜にニンニクと醤油に少々の砂糖を次々と合わせ入れ、大量のロックバードの肉を漬け込んだ。


 あとは衣用に片栗粉やアーモンドスライスにハーブソルトを用意する。


 揚げて揚げて揚げまくれっ、ロックバードの竜田揚げを作ろう!

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