第12話 覇王フリード様の愛犬ケルベロスとグリフォン

 フリード様に手を握られたまま――。

 私は庭園をフリード様に連れられて行くと、ひときわ美しい花々に囲まれた泉が見えてきた。


「綺麗……。ここがフリード様のとっておきの場所の特にとっておきですか?」

「……ああ。父も母もここがお気に入りだった」

「フリード様……」


 しんみりとした空気に包まれる。

 私はフリード様の翳った顔に、胸がぎゅっとなった。


「ねえ、フリード様。私、ここの世界の人間じゃありません」

「んっ? ああ、そうだよな」

「だから! 弱音を吐いても良いんですよ? 誰にも言いませんから、誰にも知られることはありません」

「弥生」


 フリード様と私、繋がる握る手に力を込めた。

 じいっと私がフリード様の瞳を見つめると、躊躇ためらいがちにもう片方の彼の手が伸びてくる。


 フリード様に私、抱き寄せられていた。


「お前ってすげえ女だな。今まで出会った者たちとは全然違う。……どうしてこうも俺の調子を狂わせてくるんだ」

「なんか褒められてる気はしませんね」

「いいや、褒めている。俺が気を許しているんだ、弥生はお前自身を誇れ。ますます手離しがたくなってくるな」


 私はフリード様の背中をとんとんっと優しく叩く。

 不安な時とか、お母さんやおばあちゃん、それにお姉ちゃんがよくそうしてくたように……。


「ありがとう。……こんなとこ誰かが見ていたら仰天すんだろーな」

「私、男装してますしね」

「まあ、それもそうだが、俺が弱みを見せ慰められてるとこなんて、どいつにも想像だにしないだろう。俺は覇王で炎帝フリードだから」

「でしょうね。だから――。フリード様は私の前でだけさらけ出したら良いんですよ。いずれこの秘密だって、私と一緒にこの世界から無くなります」


 私はこの人をどれだけ元気にさせてあげられるだろうか。

 きっと、鑑定スキルで見た【炎帝フリードは孤独。一人ぼっち】というのは、国の頂点に立つからこそなんだ。

 強くあらねばならないって、フリード様は自分で自分に厳しくしてる。


「ずっと自戒を持って生きてきた。まさか、この俺が心を許す相手を得られるなんて……」

「一人か二人ぐらい居ても良いんじゃないでしょうか。弱音を吐ける相手。……セイロン様やローレンツさんとかミントさんやバジルさんは駄目なんですか?」

「フッ……そうだな。だが一人許せば、綻びとなって崩れる気がする。とりあえず、今はお前がいてくれるからそれでいい」


 フリード様の心の奥の孤独の感情は、思ったより深い。

 私にはそう感じられた。

 海の奥底に、太陽の光の届かない暗い場所があるように。


「来たぞ」

「えっ? 何がです?」


 フリード様がそっと私を離すと、ぬくもりが残る。

 心地よい微風が吹いて、フリード様の髪が揺れふわっといい香りがした。


「きゃんきゃんきゃんっ!」

「フリードさ〜ま〜!」


 上空から大きな影が降りてきて、泉の向こうからは勢いづいたちっちゃな影が走って来る。


「わあっ!!」

「ケルベロス、リーフォ!」


 空から大きなキャラメル色の翼を羽ばたかせて降りてきたのは――、ライオンの体で鷲の頭と翼を持つ、あれが魔法生物グリフォン!


「きゃうんっ!」


 ちっちゃな影もみるみる私達に近づいて来て……。

 私の足元まであっという間にやって来たと思ったら、胸に向かってジャンプしてきた!


「わあっ、チワワだっ」


 私はちっちゃい生き物を抱きとめた。


 本当に犬のチワワそっくり! かわい〜いっ!

 でも異世界の犬だから、私の世界のチワワとはどこかしら違うのかな?


「はじめまちて。ボク、ケルベロスでしゅ」

「わっ、喋った!」


 フリード様に聞かされていたけど、犬がお話するとかって、やっぱりびっくり驚きだ。


「こら、ケルベロス。初対面でそんな馴れ馴れしいぞ」

「えっ? なれなれちいってなんでしゅか」

「……ああ。まあ良い」


 フフッ。苦い顔のフリード様、……笑える。


「お初にお目にかかります。リーフォと申します」


 大きなグリフォンは器用に前脚を折って、恭しくお辞儀をした。

 私は丁寧な挨拶に、お辞儀で返す。


「はっ、初めまして! 私は佐久間弥生さくまやよいです。えーっと日本ってところから来たの」

「僕はグリフォン族です。異世界からやってらしたお姫様ですよね? フリード様の大切な御方。……恋人ですか?」

「違いますっ! 私はフリード様の恋人ではありませんっ! 絶対にありえませんよ」


 大げさなため息が聞こえ、ちらっと横を見るとフリード様がムッとしている。


「弥生。そんなに全力否定しなくても良いじゃねえか。……俺が傷つく」

「だっ、だって。私とフリード様はその……友達です」

「友達だとよ」


 はい、フリード様とはたぶん友達です。


「あっ、でも私……男装しているのに……リーフォくん、どうして?」


 グリフォンのリーフォくんは首を傾げる。


「匂い? 魔法動物の勘でしょうか。僕にはヤヨイちゃんが女性だって分かります。でも正体が可愛い女の子だって内緒にします。他の皆に言いません。フリード様、変装しているのは誰にも言わないほうが良いのでしょう?」

「ああ、そうしてくれると助かる。狙われたりしたら大変だからな。知っているのはリーフォとケルベロスの他にはミントとバジルだけだ」


 リーフォくんと私の腕に抱かれてるケルベロスくんが互いに顔を見合わせてから、私をいっせいに見て微笑んだ。


「ヤヨイちゃんはフリード様の守りたい人……。二人は運命のつがい

「【運命のつがい】? 俺と弥生が?」


 なんだろ? ツガイって。


「フリード様、【運命のツガイ】って何ですか?」


 なぜか、フリード様の顔が茹でダコみたいに真っ赤になってる。私が見つめるとフリード様は見られたくないのか自分の顔を片腕で隠した。


 ツガイってカレカノとかだっけ?


「ヤヨイちゃん。【運命の番】は僕たちの間では出会った瞬間からどうしようもなく惹かれ合う雄と雌のことなんだ。その二人は結ばれる運命で心も肉体も永遠に愛……むごっ」


 リーフォくんが話を続けようとすると、フリード様がリーフォくんの口を抑えた。


「余計なことはヤヨイに吹き込まなくて良い。……これからヤヨイに俺の国々を少し見せてやりたくってな。リーフォ、空から頼めるか?」

「お安い御用です。くすくす……、初めてですね。フリード様が女の子を連れて来るなんて」

「あのなー、そういうことは言わなくていいの」


 ――私が初めてなんだ……。ちょっと嬉しいかも。


「どうしてです? こういうのって言っといた方が良いんですよ? 女の子は不安がる生き物なんですから。ヤヨイちゃんはフリード様の唯一の人なんでしょう?」

「……俺はそう思っているが、弥生は振りでも恋人は嫌だという」


 フリード様はそっぽを向いてしまった。


「ヤヨイちゃん、僕達のご主人のフリード様を末永くよろしくお願いいたします」

「よろちくでしゅ」


 グリフォンのリーフォくんとケルベロスくんがにっこり笑ってから頭を下げる。


「私の方がよろしくです! フリード様に面倒をかけてお世話になっているのは私の方だもの。……でも。でもね、……末永くはどうかな……」


 そう言うと、リーフォくんとケルベロスくんの潤んだ可愛い瞳が私を見つめてくる。


「どうして、ですか?」

「ヤヨイちゃん、どうちて?」


「二人とも聞け。あのなそれは、いずれ弥生は自分の世界に帰る身だからだ。弥生は異世界召喚魔法の儀式に家族と一緒に巻き込まれ、こちらに来ただけ。俺は弥生のはぐれた家族を捜し出して、こいつの元いた世界に返してやらねばならん。お前達、手を貸してくれるか?」

「もちろんっ! ヤヨイちゃんの家族を一刻も早く捜そうね」

「わかりまちた! ボクもいくでち」


 ――と、そこで。

 〜「ぐーきゅるるっるっ!!!」〜

 皆のお腹から、派手な腹ペコの合図が鳴った。


「フリード様、お腹が減りました」

「ぼくもおなかがきゅるる〜っ、はらへりでしゅ」


 フリード様の秘密の庭園は昼のように明るいけれど、こんなにお腹が減ってるんじゃもう晩御飯の時間なのかもしれない。


 時間はあっという間に過ぎるもんですね。


「私、何か作りましょうかっ!」

「いや。ここの魔法生物は半野生みたいなもんだ。いつもその辺で魚を獲ったり木の実を食ったりで食欲を満たしてるから平気だろ」


「「フリードさま〜」」

「ああっ?」

「ヤヨイちゃんの作るご飯が食べてみたいです」

「たべたいでち」


 うるうるとした二匹のつぶらな瞳に見つめられては、私はたまらなくなってしまう。

 この子達のために料理の腕を振るいたい!

 もちろん、フリード様にもご飯を作って差し上げたい。


「フリード様、料理がしたいです!!」

「弥生……。よし、分かった。まずは食材確保だ。出掛けるぞ! 狩りでもすっか」


 か、狩り〜?

 いったい、何を目当てに狩りに行くんでしょうか?

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