第9話 はい、ハンバーグです! どうぞ召しあがれ

 フリード様は自分のテントで食事をするそうだ。

 皇帝が一般庶民とはご飯を食べないということかと思ったけれど、本当の理由はそうじゃない。

 ローレンツ料理長の話ではね、フリード様はしかめっつらで食事をされるようで……。

 フリード様が怖い顔をしながら食事を摂るので、従臣を含む討伐団のメンバーが萎縮しちゃうらしい。


 うーん、でもそれも無理はないのかも。


 だって、調理法を聞いたら、戦う騎士や働く者の体のためにって東洋の漢方みたいな薬草を入れて食材を煮込むらしい。

 ……ちょっと調理見学と味見をさせてもらったけれど、すごい匂いで……。

 一言でいうと失礼ですが不味い……デス。出汁が効いてないせいか、ただの薬草と塩煮だった。

 食べづらいし。ちょっと食事が苦痛になりそう。

 お子ちゃま舌のフリード様が食べたがらないのが、分かる。

 こらえても、顔に出ちゃうんだろうなあ。


 こういう遠征とかって、辛い魔物退治のあとの食事が、少ない楽しみの一つではなかろうか。

 ああ、そうそう。他には討伐後は皆で歌を歌ったり、踊ったり、お酒を飲むらしい。

 お酒……、フリード様は飲めないんですよね。完全なる下戸です。

 すっごい飲めそうで、強そうな顔をしてらっしゃいますが。


 バジルさん情報ですと、この異世界では18歳になると成人の第一歩として認められ、ワインを主にお酒は解禁されるそうですが、葉巻や煙草などの嗜好品は一切だめです。20歳が全面的に成人とされます。まあ、ワインも葉巻も高級品なようので、普通の人には手に入りづらく流通量はあまり多くない模様。

 私はあんまり興味がないんだよね〜。

 そういや、ここの貯蔵庫にはたくさんワインがあったから、使っちゃったな。ちょっぴりだけど。あれ、貴重品だったのか〜。


 ただ、料理酒は欲しいかも。

 呑む用途じゃなくて、肉や魚の臭み消しや風味付けに。

 そうすると必然的にお菓子に使うラム酒とかも高級品なんだろうなあ。


 つくづく、自分の世界の日本の食品事情が豊かでバラエティに富んでいて、恵まれてたんだって実感する。

 こっちでは簡単に手に入らないものがあるんだもの。

 逆もあるのかしら?



    ◇◆◇



「すっげ〜!」


 フリード様の喜ぶ感嘆の声が上がります。

 私の目に映る、フリード様の瞳がキラキラ輝き期待に満ちた顔色……。

 さっきのお披露目会の、炎帝フリードのおっかないぐらい冷たく威厳ある顔とはまったく違いますよね〜。

 フリード様。今は明るい少年のようで、無邪気な子供の顔してる。


 私はフリード様の前のテーブルに、ハンバーグとオムライスに温野菜サラダを次々と載せていく。


「美味そうだ。初めて見る料理だがそれぞれとっても色が鮮やかだな」

「うん、美味しいですよ。……私、味見してますから」

「味見したのか?」

「はい」

「なんかずるいぞ」

「だって味を確認しないと」

「俺だって、味見したい」

「フフッ、今度してください」

「……二人きりの時にな。させてくれ」


 実は味見をしたのは私だけではない。でも、フリード様の機嫌を損ねるわけにはいかないので、今はあえて言わないでおこう。


 配膳している間にフリード様から人払いがされ、私と二人っきりになった。

 実は私も一緒に食卓につくよう言われ、二人分の食事を並べる。


「うんっ? 何だこれは?」

「えっ? えーっとオムライスとハンバーグですけれど」

「ああ、名前は聞いた。……違う。この黄色いやつの上のマークは何だ?」

「うふふふっ。ああ、それですね。黄色いのがオムライスでマークはトマトを煮詰めて作ったケチャップという調味料でえがいたんです。ハートというんですよ」

「ケチャップ……? ハートは知っている。トランプカードのハートだろう」

「へえ〜、こちらでもトランプがあるんですね。ハートは一番描きやすかっただけです。そうそう、オムライスには遊び心でこうしてマークや絵を描くと楽しいんです。私の母が上手で、私や姉を喜ばそうと嬉しそうに動物のキャラクターの絵とか描いていましたから」

「ふーん。そうなのか。しかしハートとは……。その……」


「さあ、つべこべ言わずに召し上がってください! 料理は美味しい食べごろがあるんです。熱くて美味しい食べ物、冷たくして美味しい食べ物。時間をかけて煮たり焼いたりで美味しくなる時もありますが。私の作った今日のランチの料理はまさに今が食べごろですよ?」

「食べごろ……」


 私がずいっと顔を近づけると、フリード様はボッと顔を赤らめた。


「おっ、はわぁっ? やっ、弥生。その……お前、俺に近づきすぎじゃねえか?」

「うんっ? そうですか?」


 あれれ……? フリード様の反応が可愛い!


 自分がからかって私に攻める時はけっこう大胆なくせに、女子が近づくとわりと初心うぶな感じ。


 なんか、いいなあ。照れてるフリード様。


 フリード様への好感度がさらにギュイーンっと増していきます。


「はあー、ほんとめちゃくちゃいい匂いがするな。弥生、ありがとう。……いただきますっ」

「フリード様、どうぞ召しあがってください」


 私のどきどきな時間。

 どんな反応? 感想をいただけるの?

 美味しい?

 お口に合いますか?


「うっ、美味いっ! 溢れ出した肉汁の旨味、たまんねえな。こんなに柔らかい肉料理は食べたことがない……。弥生は天才だな」

「ありがとうごさいます。でも、大げさですよ〜? お料理の腕は、おばあちゃんとかお母さんにはまだまだ敵いません」

「そうか。腕を磨くには鍛錬あるのみだろう。まあ、俺には弥生の作るご馳走は十二分に美味い代物だがな。美味すぎていくらでも食えそうだ。実に満足だぞ」

「ほんとですか! フリード様に喜んでもらえて良かった〜。嬉しいです」


 フリード様の食事をする手は止まらない。美しい所作で食べる姿も眼福だ。


「……うーむ、弥生のこの料理は継承、ばば様や母上から伝わる家庭いえの味でもあるんだな」

「そうです。もっと色んな味を受け継いでいくと思います。すごく美味しいもの。皆に食べてもらいたい、味わって喜んでもらいたいんですよね。きっと私も誰かに伝えていくんです」

「弥生は、秘伝の味や隠し味を惜しみなく求める者に教えるのか」

「はいっ! この世界のたくさんの人達も喜ばせたいです」

「へえ〜。感心だな」


 味がその人の好みに合うと本当に嬉しい。


 味覚や好みは人それぞれだし、運動や仕事をしたあとでは塩分が欲しくなるから、濃いめの味を求め好んだりする。

 そういう細かいところにも気を配えるようになりたよね。

 おばあちゃんやおかあさんは、洋食亭の常連のお客さんの好みを熟知してるし、なんとなくの会話から味付けをすこーし変えたりしてた。

 まるで母のように寄り添う料理。

 家庭料理が基本で、優しい味わいだと思う。

 そしてどこか懐かしい。

 だから、おばあちゃんの洋食亭は長年愛され親しまれ繁盛している。


「なあ、弥生も一緒に食べよう?」

「はい。ではいただきます」


 ハンバーグはふっくらと仕上がった。うんっ、上出来です。

 オムライスはあえて薄焼きめの卵にしたんだよね。とろとろの半熟卵でもいいんだけれど、まだフリード様の好みが分からないので試行錯誤していくつもりだ。


「美味いっ! くぅ〜っ、美味すぎる。こんな美味い料理、俺生まれて初めて食べたぞ」

「嬉しいです。喜んでもらえて」


 フリード様の好みにマッチするかな? 洋食亭で子供向けによくやってた方法、野菜が苦手な子でもわりとぺろっと食べてしまう味付けで、温野菜には手作りのマヨネーズを添えてみた。


 そっと私が、にこにこ食べ続けるフリード様を控えめに見つめてみると、彼はぱくぱく野菜も平らげていく。


 一生懸命私が作った料理を美味しそうに食べてくれる顔を見ると、すごく幸せな気分になるの。

 とても満ち足りた気持ち。


「……あのさ」

「はい?」


 ちょっともじもじしだしたフリード様、言いづらいことでもあるのかな?

 なんだろう?


「食後に『ぷりん』無いの?」

「――はっ? プリンですか?」

「うん。ぷりん」


 ちょっと、ちょっとちょっと。

 おねだりするような甘えた顔のフリード様が可愛すぎなんですけど!


「ごめんなさい。ありません」

「えっ、無いの?」


 私はブロッコリーをフォークでぶっ刺して、手作りマヨネーズをたっぷり付けて口に放り込んで食べた。

 もぐもぐもぐ……、咀嚼しながら、うなだれて悲しげな様子のフリード様をちらっと見てみる。


「弥生、俺さ。食べたいんですけど、……『ぷりん』」

「だめですよ。あんまり甘いものばかりを食べるのはせっかく食事で摂った栄養素を破壊することもあるんですよ。それに過剰な糖分は確実に太ります。乱れた食生活をすれば、皇帝の執務や魔物討伐にも悪影響となるばかりか、フリード様が恐ろしい病にかかってしまうかもです」


 こんなかっこいいフリード様なのに、甘味を摂りすぎては糖尿病にもなるし、筋肉のしっかり美しくついたスタイルも締まりがなくなり太ったら体型が崩れて、剣を振るうのに動きづらくなってしまうでしょう。


 覇王フリード。炎帝は国民みんなの憧れであり、畏怖の存在だろうし、そんな方がプリンの食べ過ぎででっぷりと太って威厳が失くなってしまっては国家の存亡にかかわるわ。

 私の作る料理で病気になんかなってもらいたくない。

 糖分はほどほどに、だ。


 やっぱり魅力的な国王は、カリスマ性があるものだ。

 皇帝の体調管理と体型維持は、国民の憧れと目標となると思う。

 炎帝フリードはしるべであるべきと思う。フリード様には一流モデルみたいに、羨望の眼差しの先にいて欲しい。


「糖分の過剰摂取はじわりじわりと効く、遅効性の毒同然です」

「……プッ、ははははっ」

「何ですか? 大事な話をしているんですよ、フリード様。笑うとこじゃありません」

「ああ、悪い悪い。母上かミントやバジルみたいだなって思ってさ」

「えっ? ああ、そうですね。私だってフリード様を心配しておりますからね」

「おおっ……、そうか。ちょっと嬉しいぞ。いや、かなり嬉しい。弥生はさ、俺のことを心配してくれてんの?」


 ――どきっ!!

 フリード様、急に真剣な顔つきは反則です。


 目の前のフリード様は椅子から少し立ち上がって、私の頬に触れました。


「弥生……」

「えっ……あのっ……」


 大きくはないテーブル、料理を食べ終えた皿をすっとけ、フリード様は器用に身を乗り出している。


 あっ! ええっ!?

 まさか、……フリード様?


 私にキスしようとしてるの〜!?

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