第7話 男装ヤヨイのお披露目会

 皇帝フリード様率いる、騎士や魔法使いが所属する王国精鋭部隊――。

 魔物討伐をするために遠征している野営基地の広場に集められた大勢の男女の騎士や魔法使いたち。意気揚々と列を成していく。


 大勢の人々の会話に笑い声、衣擦れの音や持って抱えたりの武器や魔法の杖の音やらが騒がしい。


 ざわざわとしていた。



 だが――!


 皇帝フリード様の登場で、場はまるで凍りついたようにピキーンッといっきに鎮まり返った。


 私は天幕に隠れ、こっそりと様子をうかがって見ている。

 合図があったら、あの群衆の前に私も出ていかなければならない。


 ああっ、しかし――!


 すっ、すごいなあ!


 フリード様、だって一言も発していないんですよ?


 彼の姿が見えただけで、み〜んな黙っちゃった。



 さっきまで楽しくお喋りを交わして、私とじゃれ合っていた人とはまったくの別人みたいだ。


 俳優の演技に近いのか、『素』なのか、私には判断がつかない。

 まるで『炎帝フリード』を憑依させてるみたいだ。

 うわあっ、迫力満点。

 フリード様。

 ひゃあぁっ……。

 目が、もうね、怖いぐらいめっちゃ鋭い。


 私、緊張もあるけど。フリード様の発する強い生気オーラやマナって言うらしいものに畏怖すら感じて、背筋に氷をあてがわれたみたいに手先が冷たくなってくる。


 ……あれが炎帝フリードなんだ。


 私の前で微笑んだり大声でゲラゲラ笑っていたさっきまでの二人きりの時のフリード様と、集まった群衆の眼前に立ち威圧し恐ろしく冷酷な睨みを利かすあの壇上のフリード様、どっちが本来の彼なんだろうか。


 ……分からなくなる。


 ふはあっ。り、凛々しい!


 私は怖さより、フリード様の冷たい感じもちょっと素敵だなあ〜とか思っちゃってる。


 フリード様ってば、ギャップありまくりです。

 はわあーっ、見惚れてしまいます。

 くう〜っ、これって新たな魅力発見!

 フリード様のオンオフのギャップを知ったことによる、推し萌えに違いない。

 これは眼福。

 ……目に焼きつけとこう。



「皇帝フリード閣下。紹介されたい方がいらっしゃるとか」

「ああ」


 フリード様に話しかけたのは最前列にいた恰幅の良い魔法騎士だ。柄に魔法石をつけた斧を持っているが、刃先は地面につけている。

 あの人、大熊みたいで大きくって毛むくじゃら……。



「弥生、来い」


 フリード様に呼ばれた!

 とうとう順番がやって来たー!

 はあー、血の気がひいてくる。

 私はすっごい緊張に体がガチガチだった。

 冷や汗がつつーっとこめかみから垂れる。


「ヤヨイ様、大丈夫ですわよ。ミントとバジルが側付きでおります」

「とってもキマっておりますから、自信を持って!」


 こそっと耳打ちされ、私の両サイドのちょっと後ろにミントさんとバジルさんが歩いてついてくる。


 ――だめだ!

 そうだ。

 しっかりしろ、弥生。


 ちゃんと前を見て堂々としなくちゃ、良くしてくれるフリード様にもミントさんやバジルさんにも迷惑がかかってしまう。


 私は壇上から大勢の人たちを見渡した。

 寸前まで血の気が引いていたのに瞬間に上がってしまい、たちまち恥ずかしさで顔が熱く、たぶん赤面しかかっている。


 あたふたとしてはいけない。

 私は嘘でお芝居だろうと、今この場では仮にもフリード様の縁戚の者なんだ。皆をがっかりさせたくない。

 期待で膨らむ人たちを失望させたくない。


 フリード様……。


「俺の縁戚の者で辺境伯の息子の弥生だ。料理人を目指すというので、少しのあいだ預かることとなった。多少の風習の違いはあれど皆仲良くしてやってくれ」

「僕は……私は弥生と申します。よろしくお願いいたします」


 一瞬『僕』と言おうかなと迷ったが、あとでボロが出そうなので、いつもどおり『私』と言うことにした。


「「キャアアアアアアッ! かっこいいっ!」」


 ――えっ?

 私に向けられたのは意外な反応だった!

 女性の騎士や魔法使いたちから、黄色い歓声が上がった。

 えっ? えっ?

 なんで、こんなに騒いでいただいてるんだろう?


 炎帝の紋章加護とミントさんとバジルさんの魔法効果で、ちょっとイケメンに男装しちゃったのかな?


 鏡を見たとこ、普段の自分より少年っぽくはなってるけど、あんまり変わんない気がしたのに。

 胸の膨らみを隠すためにさらしを巻いたりはしてるし、長い髪は魔法でショートカットになっている。


 私って、男装の似合う顔だったんだ。



「ちょっとちょっと麗しい騎士様じゃないっ」

「炎帝フリード様の縁戚の方ってだけあるわよ。キラッキラしてるぅ」

「ヤヨイ様って彼女いっしゃるのかしら? 恋人候補に名乗りをあげた〜い」

「あんなに格好いいんだもの。きっと彼女の一人や二人いるわよぉ。本命じゃなくても良いから彼女になりたいわ」

「ヤヨイ様、素敵〜!」

「駆け出しの料理人って言うけど、騎士の制服が似合いすぎ〜!」

「あとでお話したいわ。庶民とも会話してくださるのかしら?」


 私は、女性陣から恥ずかしいぐらい褒められたり騒がれてしまってる。


 キャッキャッと黄色い声援で色めき立つ、野営基地の広場に似つかわしくないアイドルフェスみたいなファン熱みたいなものが満ちていた。


 ……たくさんのギラギラな瞳がこちらを見ていて、ちょっとアイドル気分を感じたものの、女性の勢いって自分も女なのに怖いとか思ってしまい、尻込みしかかった。


 だめ、いけない。

 この空気に呑まれるわけにはいかないんだ。


「よろしく、ね?」


 私は人気アイドルのつもり、キャーキャー騒がれる美少年でって役か白馬の王子様役の気持ちになりきってみる。

 軟派と言うか……、女性達には思いっきり愛想よくしよう。


 ウインクして首をかしげて、にっこり微笑んでみた。


「「キャ――――ッ!! ヤヨイさま――っ!!」」


 広場に女性達のさらに大きな声援が上がる。

 大騒ぎになって、フリード様が剣を壇上から地面に突き刺し一喝した。


 しーんと水を打ったように、一瞬で騒ぎがおさまった。


「ヤヨイに熱中するのは分かるが、解散だ。昼食後、おのおの職務に当たれ」


 フリード様が威厳が威嚇になってますよ……。


「弥生、来い」

「あっ、はい!」


 ちょっと怒ってる? ふうのフリード様――。

 彼に、私は手首に近い腕を掴まれていた。すぐにフリード様が私をこちらだとぐいぐい引っ張っていく。私は広場をあとにして彼のテントに二人で戻って来た。



     ◇◆◇



「あのな、弥生。お前……」

「はっ、はいっ」


 怒られる……?

 理由に思い当たらないが叱責される、とかって思ったけど、そうじゃなかった。


「上出来だ。なに、心配していたが俺の杞憂に終わった。弥生は実に堂々していた。ちょっと惚れ惚れしたぞ」

「あっ、ありがとうございます。これもフリード様の励ましとバジルさんやミントさんのおかげです」


 立ったまま、じっと見つめられる。

 私もフリード様の高い長身の立ち姿を、あらためて見る。はあー、やっぱ何度見てもかっこいい。


「男装、よく似合っているぞ。可愛い女は男の恰好をしてもやはりさまになるな」

「か、可愛い? 可愛い女って私のことですか?」

「あっ? 結構いくども口にしてると思うが。ふふっ、気づいていなかったのか。……弥生、お前は可愛いぞ。かなりな」


 すっと手袋を外して、フリード様は私の頬にその手で触れ、指でなぞった。


「弥生」

「はい?」

「出会ったばかりでこんなことを言うのはどうかしていると自分でも思うが、俺は……」

「えっ? フリード様?」


 切なげ……?

 どうして、そんな顔をなさるのでしょうか。


 何秒も沈黙があって。

 私はフリード様が何を告げようとしているのか、静かに待った。


 すると――!

 ぐーっ、きゅるるるるっ! と派手なお腹の虫の声がした。


「プッ……、あははははっ! 俺達に甘い雰囲気は似合わんな」

「もう。……こんな時に二人してお腹が鳴っちゃうとは」

「つくづく面白っくてかなわん。同時に腹が鳴るとかなかなかありえんだろ。弥生といると心底愉快だ。こんな楽しいハプニングが起こるのなら、お前がいれば前途が明るい気がするぞ」


 ちょっと期待してしまいました。……えっと。私ったら、いったい何を?


 どうもフリード様と一緒にいると予期できないことばかり起きますね。


「そうだ! お昼ご飯にしましょう。約束のハンバーグとオムライスを作ってきますね」

「ちょっと待った。その格好で行くのか?」

「えっ? なにかいけませんか?」

「その騎士の姿だ。料理人は料理人らしくコックの制服を着ろ」

「ああ、そうでした。私、今すでにもうコスプレ中なので、気分が上がってました」

「コスプレ?」

「ああっ、いえ。変装のことです」


 さっきバジルさんとミントさんにもらった腰のポシェットから小瓶を取り出す。小瓶には着替えの道具と魔法の粉が入れてあって。いざという時、一人でも男装や他の変装が出来る。

 魔法の使えない私でも簡単に扱え、一瞬で着替えが出来るというスグレモノの魔法道具だ。


 着替えセットは何着か入れてくれたって言ってたっけ。


 私の着ていた私服も収納済み、あとは騎士制服夏冬セットと料理人の制服にパジャマ、町を歩く時の軽装、ちょっとしたよそいきドレス……。


「弥生、言い忘れていたが、ここにいる料理人たちは騎士級の戦闘能力を兼ね備えている。いざとなれば魔物と戦える腕が立つ者ばかりだ。俺の願望としては、お前もそうなれると良いなと考えている」

「はあぁ〜、そうですか。フリード様、私に魔物退治なんか出来るかな〜?」

「弥生なら出来るさ」


 フリード様から自信満々な、なぞの『出来るさ』宣言。

 私としては、『出来る』『出来ない』とかの前に、あんまり魔物や魔族と戦いたくない気持ちが先にくる。……あんまりというか絶対に。

 だって魔物が単純に怖いっていうのもあるんだけど、退治だのやっつけて命を奪うだのがおぞましくって嫌だ。


「調理場に行ってもさっきみたいにどんと構えていろ。多くの人間が出入りしているが、さきほどの奴等の反応を見ればよく分かる。一目瞭然だろう? ヤヨイは受け入れてもらえているから。男装をしている自分も楽しみながら料理も楽しんでやって来い」

「はっ、はい。頑張って来ます!」

「フフッ、俺もお前が作ってくれるハンバーグとオムライスとやら、楽しみにしているぞ。その間、俺は王国の執務仕事をするから」


 私の作る料理が出来上がるのを待って、楽しみにしてくれている。

 そう思うだけで、私はどきどきわくわくする。


 忙しく公務や魔物退治をこなすフリード様に、滋養のある栄誉満点なご飯を作ろう!

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