第5話 フリード様とプチお勉強会。弥生、異世界情勢を知る。

 私は男装の支度をしてくれる侍女の到着を待っていた。

 魔物討伐の野営基地の一角のテントに、フリード様付きの魔法騎士兼侍女がいるんだそう。

 準備は秘密裏にするといって、さっきフリード様直々に話をしにいってくれたの。


「口が堅く、古参の侍女だ。俺の幼少期から面倒を見てくれてるばば達だから、安心しろ」

「魔法騎士でもあるんですよね?」

「ああ、強いぞ。だいぶ歳を取ったが並の魔法騎士より腕が立つ。俺の子供の頃の教育係ってとこかな。いまだに迫力あって説教うるせえし」


 そのあいだ、簡単に炎帝フリード様が治める国についてや、紋章契約の話とか、信頼できる主従のこととかいろいろ教わったんだ〜。


 気分は、フリード先生による、プチお勉強会。

 異世界情勢講座ってとこ?


 私、異世界召喚転移で、いきなり別世界に来たんだもの。

 フリード様の話、切実に学ばなければならないから、学校の社会科の授業よりかなり真剣に聞いていた。

 難しい話でも、授業の時みたいに居眠りせずに。


「紋章の加護印は魔法で隠してあるが、いざとなると発動するようにしてある。だが、……弥生、お前強くなれ」

「えっ?」

「ちょっとは武道や剣術を嗜なんだことはあるか? 戦闘経験は? 得意な運動は?」

「剣道と弓道は習っていました。部活は陸上部だったし。あと、空手と柔道は学校の体育の授業でしか……」

「カラテ? ジュウドウ? ……タイイク?」

「武器を使わない護身にも役立つ武道ですかね。私、学校の放課後は部活動を極力早く切り上げてしまってましたけど、陸上競技は好きです」

「ゴブリンに捕まってたからなあ。もっと逃げ足、早くしような」

「は、はーい」


 茶目っ気たっぷりに微笑んだフリード様にドキリッとする。

 あー、無駄にきらきらってしててイケメンだよね。


「弥生お前、料理するのは心底好きか?」

「はいっ! 好きですっ! 私ね、おばあちゃんの洋食亭のお手伝いをするのが楽しかったんです」


 そこでやっと、フリード様はふふっと笑って目を細めました。


「美味いプリンを食わしてくれた弥生の腕は称賛に値するが、料理以外にも特技を増やせ。それから戦闘技術は磨け。俺がそばにいる時は必ずお前を守ってやる。だが、不測の事態はいつ来るかは分からん」


 矢継早に語るフリード様の瞳は真剣そのものだった。


「危険から逃げる術を持つのは賢明なこと。明日から俺と鍛錬しよう」

「……鍛錬、ですか?」

「ああ。二人っきりの方が正体を知られたり下手な詮索をされなくって良いだろ?」

「そうですね。……でも、私、何が得意なんでしょう」

「戦闘術のそれは、俺が見極めてやる。とりあえずひと通り武器を試してみて筋が良いものを伸ばせ。狩りや魔魚釣りに出るのも今の弥生がどれだけ戦えるか判断するのに適してるかもな〜」

「かっ、狩りやマギョ釣りって……、まさか魔物相手ですか?」

「そうだ。ああ、ゴブリンの巣窟を一層してやるのも面白そうだな。足の傷の仇討ちってのはどうかな?」

「だ、だだだ大丈夫ですっ! 私に噛みついたゴブリンはフリード様がやっつけてくださったじゃないですか」

「ああ、そうだった。弱めの魔物だとスライム、猪獣いのじゅうやはぐれロックバードなんかも良いぞ」


 私は倒れそうになった。

 異世界情報が一気に頭になだれ込んできて、飽和状態におちいる。

 スライム? イノジュウにはぐれロックバードって……。


 ここは魔物がうじゃうじゃの世界なんだ。

 改めて思い知って、すくみあがってしまう。

 泣きたいよ、まったく。


 果たして私は、生きて無事に自分の元いた世界に帰れるのでしょうか?


 

「怖気づいたか? ……まあ、怖いのは仕方ねえ。体、華奢だもんな。か弱い女に魔獣や魔物退治なんてやれって無理な話か」


 フリード様。

 ううん、怖気づいてる暇なんてないんです。


 ――はい、ここ重要ですよ、弥生わたし


 お母さんとお姉ちゃんも絶対に捜して助けてあげなくては!

 心細い思いをしてるかもしれない。泣き崩れてるかも。魔物に攫われてたらどうしよう……。

 早く見つけに行かなくっちゃ! ねっ!


「いえ、やりますっ! 私、料理をたくさん作るので腕っぷしはあんがい強いんですよ。……フリード様?」


 憂いな視線を感じる。

 フリード様の表情……、私を心配げに見つめている。


「なあ、弥生? 頑張っては欲しいが無理はすんな。泣きたい時は思いっきり泣け。俺が許す。お前には俺の胸を貸してやるから。だからな、弱音は他のヤツの前ではなるべく吐くな。『隙』は身を危うくし寿命を縮めることになる」

「はい、分かりました。……フリード様はお優しいですね」

「アアッ!? なっ、なんだよ。……誰が優しいって。俺はそんなに優しい男じゃねえから。……お前だけ、弥生だけに優しくしてんだよ」

「それなんですけどね、とっても不思議なんですけど……」

「んっ?」

「だって出会ったばかりですよ、私たち。私、こんなに特別扱いしてもらっていいでしょうか?」

「ああ、良いんだ」

「ふふふっ、良いんですね。……ありがとうございます。あれ? フリード様? 顔が真っ赤ですよ? どうしてですか?」


 座っていた椅子から立ち上がった私は、ベッドの縁に座るフリード様に近づいて、彼を見下ろした。それから覗き込むようにじっと見ようとすると、いっそうフリード様の顔が真っ赤に染まる。


「しっ、知らねえよ。弥生は、突然異世界に放り込まれて不憫だろーが。素直に俺に甘えとけっつってんだ。……そんなに近寄ると知らねえぞ?」

「……えっ?」


 フリード様がぐいっと私の腕を引っ張ると、大きな胸に包み込むように抱きしめて……。


「きゃっ」

「俺はお前の保護監督者だかんな。……ゆっくりこの世界に慣れろ。俺がお前の家族を捜し出すのも手伝ってやるし、尽力は惜しまん」


 私の不安を感じ取ってくれて拭おうと、抱き締めてくれてるんだね?

 

「あの、……ありがとう、フリード様」

「弥生。家族の捜索に出掛けてもたまに『ぷりん』を俺のために作って食わせろよな」

「ははは、無償じゃないんだ」

「だって。美味かった。……いずれ別れる時が来る俺とお前、思い出の味はしっかり覚えておきたい」

「あっ、そうか。……私、帰ったらフリード様ともう会えないんですね」

「ああ」


 どうして。

 なんでか、胸の奥がきゅっと痛む。


「あったかいです。なんだろう、……眠くなりました」

「少し、寝ろ。かまわん。招集の時間までまだ数刻あるからな。弥生、たぶんお前はゴブリンに襲われたり新しい土地に来て疲れがどっと出たんだろう? 休憩しよう。だから俺は昼にしたんだ」


 フリード様に抱きしめられると、眠くなる。

 彼の声……。とても耳に心地の良いフリード様の声が、あったかい光のシャワーみたいに私に降り注いでふわふわとする。

 異世界流に言うなら、フリード様の魔法スキルなのかな〜。

 人を安眠に誘う能力?

 フリード様の声と心音。

 充分、安心させてくれる。


 私はあったかいフリード様の温もりに身を預けて、瞳を閉じた。


「……ひとめぼれ……なのかもな」


 意識が睡魔で心地よく遠のくなか、フリード様のぼそっと話すちっちゃな声が聴こえた気がした。


「(えっ? ……フリード様、なんかおっしゃいましたか?)」


 私の声はちゃんと出ていただろうか。

 眠く……て……しかたがないん……で……す。

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