第四話 しめじ・主任昇格試験の結果は
昇格試験から十日後。
わたしは唐島主任と一緒に、食品フロアの事務所に呼び出された。試験の結果が届いたのだ。
スーツ姿の課長は、もったいぶった動きで封筒から合否通知書を取り出し、淡々とわたしたちに告げた。
「残念ながら、瓜生は今回、不合格だった」
目の前が暗くなった。
少し前までのわたしなら、「だって青果なんてやる気がないんだもん。落ちてもしょうがないよね」と、強がっていられただろう。
でも、いまはちがう。唐島主任に「ぜったいに大丈夫」と太鼓判を押してもらったのに。期待に応えられなかった自分が情けない。主任の隣から、今すぐ逃げ出してしまいたかった。
「なぜですか?」
わたし以上に
「わたしは、瓜生に十分な評価をつけたはずです。筆記も面接も、瓜生本人はできたと言っています。理由を教えてください」
課長はため息をつき、合否通知書を机に置いた。
「まず、瓜生は野菜ソムリエの資格を持っていない」
「主任昇格試験には、ソムリエ資格の有無は関係ないはずです。それに、次に受験すれば、瓜生はかならず受かります。それだけの実力はついています」
「唐島主任の長休中には、商品マスタを消す大事故を起こした」
あのときの騒動を思い出して、背筋がひやりとする。そうだ、あんな大きなミスをおかしたわたしが、主任資格なんて取れるわけがない。
自分を諦めてしまったわたしの隣で、唐島主任はなおも課長に言いつのった。
「あれは、瓜生のミスではありません。おそらく、システム障害があったのだと思います。もう一度、調査し直してください」
「それに、瓜生はまだ若いし、女の子だろう。急いで昇進しなくてもいいじゃないか」
「……どういう意味ですか?」
課長の言葉を聞きとがめ、主任が低い声でたずねた。
「中途採用で入った鮮魚の田代くん、もうすぐ結婚するんだよ。彼は年齢も高いし、家族を養わないといけないだろう? 今回は、田代くんに合格を譲ってやってもいいじゃないか」
「つまり、瓜生につくはずだった点数を、課長が田代さんに回したってことですか?」
主任の声が、怒りで震えている。
「まあ、そういうことだ。悪いね。まだ若いんだから、次回がんばりなさい」
話を打ち切るように、課長はわたしたちから目をそらし、鮮魚に内線をかけはじめた。
食品フロアの事務所を出たわたしたちは、無言で青果のバックヤードに向かった。唐島主任の表情には、まだ怒りの色が残っている。一方で、当人であるわたしは、むなしさに襲われていた。
「主任、ごめんなさい。せっかく、わたしにいい評価をつけてくれていたのに、合格できませんでした」
期待に応えられなかった。あんなに「大丈夫だ」と励ましてもらったのに。
「さっきの聞いてただろう。瓜生に実力はあった。おまえが謝ることじゃない。むしろ、わたしのほうこそ、おまえを守ってやれなくて悪かった」
主任は足を止めて、わたしに頭を下げた。
「やめてください。主任はぜんぜん悪くない。いつも、わたしがへらへらして、頼りないから、課長にも甘く見られたんだと思います」
バックヤードのコンクリートの床に、ぽたりと染みができた。
「……くやしい」
涙が、ぼろぼろと頬を伝い落ちていく。
「がんばったのに。合格して、唐島主任に一歩でも近づきたかったのに。くやしいです」
いままでわたしは、仕事で「くやしい」なんて思ったことはなかった。ほんの数か月前まで、青果に配属されたことにすねるばかりで、ただ漫然と日々の業務をこなしていた。
唐島主任と一緒に働くようになって、青果の面白さが少しわかってきて、ときには主任や稲城さんを、データで論破できるようにもなったのに――。
「若い女の子」というだけで、正当に評価してもらえなかったことが、いまはこんなにもくやしい。
「くやしい……」
わたしはその場にうずくまり、わあわあと声を上げて泣いた。
「誰がなんと言おうと、わたしは瓜生を評価してる。……わたしも、くやしいよ」
唐島主任はわたしの横にしゃがみ、優しく背中をなで続けてくれた。
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