第7話 透明な泉

 トランプの兵隊たちはみーこの方しか見ていない。

 瑠璃は脅威ではないと思っているのだろう。


 実際小学生の少女に出来ることは限られていた。

 だがそれは限られているのであって何もないわけではない。


 階段の上にいるクラブの11は、両手で杖を大きく掲げてみーこにガラスの破片をぶつけ続けている。


 ゆっくりと音を立てずに階段を上がっていく。

 幸いみーこがガラスの破片を回避する度に大きな音が響くので、それにタイミングを合わせれば近づくのはそれほど難しくはなかった。


「そーれそれそれ! はぐれものを退治するのはこの私だ。女王様も大喜びだぞ!」


 トランプの兵隊たちがみーこの手足にしがみ付き、俊敏な動きを出来なくしていた。

 みーこが身動ぎするものの、そう簡単には剥がせそうにない。


「ムハハハハハハ!」


 大きな笑い声をあげるクラブの11の後ろへと瑠璃は忍び寄る。


「特大のをくらわせてやる! お前達、そのまま動くなよ」

「隊長殿、それでは私達まで……あ、うしろうしろ!」

「はぐれものを退治できるのだ。赤兎にも借りを一つ作れるなら安いもの。後ろ?」


 そう言ってクラブの11が振り返った時に見たものは、今まさに自身を付き飛ばそうとする瑠璃の姿だった。


「うわっ、いつの間に! 何をする小娘!」


 すんでのところでバレてしまい、突き飛ばそうとした手は空を突く。

 しかし咄嗟に飛びついて、動揺している相手から杖を奪い取ることに成功した。

 瑠璃は杖を抱え込み、ガラスの階段を転がり落ちる。


「みーこ!」


 階段を落ちて打った部分がとても痛かったが、それに構わず咄嗟に叫んだ。


 どん、と大きな音がみーこのいた場所からする。

 筋肉が盛り上がったみーこの身体が、しがみついたトランプの兵隊たちを吹き飛ばしていた。


「やっちゃえ!」


 瑠璃の声が届いたのか、みーこは一気にクラブの11へと駆けだす。


「あ、あわわ。お前達、私を助けろ!」


 それが最後の言葉だった。

 みーこの大きな口が開かれ、鋭利な牙で噛み砕かれる。

 その後ペッとまずそうに吐き出されていた。


 その後は最初と同じくみーこの一方的な戦いだった。

 たくさんいたトランプの兵隊たちが全て砕かれて消え去っていく。


「いたた」


 瑠璃の持っていた杖も消え去り、立ち上がろうとする。

 足が痛い。膝が擦りむいていた。

 それに打撲もきっとある。


「みぃ」


 みーこはそっと近づき、瑠璃の傷を舌で舐める。

 不思議と痛みが和らいでいた。

 それに血も止まっている。


 どうやら止血の効果があるようだ。


「大丈夫。ちょっと痛いだけ。みーこはどう?」


 ガラスの破片で何ヶ所も切り刻まれていた筈だ。

 傷のある部分を触る。


 すると、次第に傷が塞がっていった。

 どうやらダメージはあるものの、時間経過で回復するらしい。


「みーこは凄いね。もう治ってる」


 瑠璃の言う通り、すでに傷痕は見えなくなっている。

 フサフサの黒い毛の手触りだけがあった。


 たくさん暴れて興奮も収まったようで、いつものみーこに戻っている。


「どうしよっか……いたっ」


 探索はまだ始まったばかりだが、立ち上がろうとして傷が痛む。

 どうやら思ったよりも強く打ってしまったらしい。


 ズボンを引っ張って痛む場所を見ると、内出血していて青くなっている。

 痛むのも当然だった。


 みーこは立ち上がれない瑠璃の首筋を優しく摘まんで自身の背に乗せると、ガラスの塔から飛び出す。


 これ以上は瑠璃が無理だと判断したようだ。


「ごめんね」


 途中で探索が終わってしまったことを謝りながら頭を撫でる。

 みーこは尻尾で瑠璃の頭を撫でた。


 兵隊たちを倒した後のコインやアイテムは置いてきてしまったが仕方ない。

 クラブの11を倒した跡には金色のコインが落ちていたのでそれだけは拾ってきた。


 みーこは出入り口にある穴ではなく、別の場所に向かっていた。

 瑠璃は足が痛むので背の上で横になり、なるべく楽な姿勢をとった。


 もしかしたら折れているかもしれない。

 母親に言えば病院に連れていってくれるだろうか。

 しかしどう言い訳しよう。

 買い物に行った時にこけてしまったことにしようか。


 そんな怪我の言い訳を考えていると、辿り着いたのは透明な水が湧いている泉だった。

 湧き出る水は非常に澄んでおり、一見すると透明すぎて何もないようにすら思える。


 みーこは瑠璃をそっと降ろすと、顔を泉に向ける。


「これを飲むの?」


 そう聞くとみーこは頷いた。

 どうやらこの泉の水を飲ませたいらしい。


 たとえ澄んでいても天然の水は飲んではいけないと聞いたことがある。

 煮沸しないと色々とあぶないと。


 しかしここは普通の世界ではない。

 なによりもみーこがわざわざ連れてきたのだ。


 信用し、痛む足を引きずって歩き、両手で水を掬って飲む。

 水は不思議なことに甘く、いくらでも飲める気がした。


「あれ、あんまり痛くない……」


 喉が渇いていたこともあり、何度か水を掬って飲んでいると痛みがないことに気付いた。

 擦りむいた傷を見てみると塞がっており、ズボンを引っ張って打撲の跡も見てみたがこちらも表面上は綺麗になっている。


 内側はまだ完全には治っていないのだが、先ほどと比べれば我慢できる範囲であり、歩くのも問題ない。


 痛めたほうの足で靴をトントンと地面に打ち付けてみたが、鈍い痛みが少し感じるだけだった。

 この泉はどうやら傷を治す効果があるらしい。


「ありがとう、みーこ」


 瑠璃が怪我をしたのでここに付けてきてくれたのだろう。

 お礼を言って頭を撫でてやる。


 みーこは気分よくそれを受け入れた。


 この泉への移動で思ったより時間が経過してしまい、帰る時間が近づいてきていた。

 みーこに入口に送ってもらい、元の世界に帰る。


「あ、服がちょっとほつれてる。それにコインも持ってきちゃった」


 階段から落ちた所為かズボンが痛んでしまっている。

 金のコインもみーこに預け忘れてしまい、瑠璃はため息をついて帰路についた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る