第6話 クラブの11
「みーこが居るからいいもん」
瑠璃はバラバラになった偽物に向かって小さく呟く。
いい気分だったのに台無しだ。
しかし不思議だ。
この世界そのものが不思議という他ないのだが、鏡からよく似た偽物が出てくるのは驚いた。
自分となら仲良くなれるかなと思ったのだが、中身までは同じではないらしい。
みーこがなぜここに連れてきたのかは分からない。
見た目がキラキラしていたから奇麗だと思って、それを見せたくて連れてきたのなら嬉しい。
気を取り直し、改めて鏡の塔を見る。
すると、瑠璃の偽物が出てきた場所が砕けている。
偽物が出て来た時は何も異常はなかったので、偽物が壊れた影響だろうか。
入り口を探してみたが存在しない。
中に入るには砕けた場所から入るしかなさそうだ。
「ここ、入る?」
瑠璃としては好奇心に誘われて一刻も早く中に入りたかったのだが、この世界の安全はみーこが頼りだ。
みーこが入らないならば危険なので諦めることも考えなければならない。
すると、みーこの右前足が瑠璃の頭の上に載せられた。
猫パンチ、ではなくどうやら賛同の意らしい。
瑠璃の顔がぱっと笑顔になる。
みーこが中に入るからではなく、意思疎通が成立していることが何よりも嬉しいからだ。
瑠璃は鏡の塔に足を踏み入れる。
中は明るい。この塔の壁は外から見ると鏡だが、中からはガラスのようになっており外の明かりを遮らずにいる。
「すごいね、みーこ。キラキラ光ってるよ」
眩しすぎない程度に壁が虹色に光る。
右手を掲げてほどよく光を遮った。
幻想的な景色に思わず声が出る。
校庭で何も考えず楽しく遊んでいた頃を思い出す。
あの頃は今よりも友達がたくさんいた気がした。
両親とのコミュニケーションが途絶え始めてから、友達ともうまくいかなくなった。
というか、避けられ始めた気がする。
何故だろうと思ったことは一度や二度ではない。
「いこ、みーこ」
嫌なことを思い出した。
どうせ元の世界では嫌でも思い出すのだ。
ここまで考えたくはない。
足を進める。
すると、甲高い音が複数近づいてきた。
硬く、かつ軽い物同士がぶつかるような音だと瑠璃は思った。
想像通り、音の主は軽そうな相手だった。
トランプの兵隊。
だが、その体は紙ではなくガラスで作られていた。
胴体にそれぞれ番号とカード記号が刻まれている。
「誰だ! 女王様の塔を壊したのは誰だ!」
彼らはガチャガチャと音を立てて剣や槍を構えた。
瑠璃は慌ててみーこの前足の後ろに半身を隠してトランプ兵達を見る。
「凄く怒ってる……わ、私のせいじゃないよね?」
そうみーこに聞くと、フゥーという返事が返ってきた。
これはみーこが興奮している時の声だ。
どうやらトランプ兵に武器を向けられたのが気に食わないらしい。
普段は大人しいみーこだが、一度興奮すると手が付けられない。
瑠璃に襲い掛かってくることはないが、制止しても満足するまで暴れまわる。
こういう時の対処は、落ち着くまで離れて見守るしかない。
瑠璃はタッタッタッと足音を立ててみーこから離れる。
「あいつだ! 女王様はお怒りだ! 剣や槍を手足を縫い付けて持っていけ!」
そんな瑠璃を見てトランプ兵たちがわめきたてた。
真っ先に飛び出してきたハートの4の兵隊が瑠璃へ向かって槍を真っすぐに向けるが、みーこの右前足が横に吹き飛ばす。
ハートの4は壁に激突し粉々に砕け散ってしまった。
他の存在と同じく、砕け散った破片は消えていき、コインとリボンを残して消失した。
「はぐれもの! はぐれものめ!」
「みゃああ!」
兵隊たちは瑠璃からみーこへと標的を変え、一斉に襲い掛かる。
その動きは瑠璃から見ても統率されており、まさに軍隊のような動き方だった。
この世界の生き物たちは群れで動くが、あまり統率された動きはしない。
だが彼らは小学生の生徒よりよほど規律正しい。
しかし無意味だった。
そもそもみーこと彼らでは大きさが違いすぎる。
みーこの前足や尻尾が動くたびに彼等は吹き飛ばされて数を減らす。
犠牲を払って槍を突いても剣で斬っても、みーこには傷一つつかない。
「ばかもーん!」
トランプの兵隊たちが半分ほど減った辺りで、大きな声が響いた。
声は階段の上から聞こえた。
瑠璃がそっちを見てみると、そこには兵隊たちより偉そうなトランプが居た。
胴体の数字はクラブの11と書かれている。
どうやら兵隊たちよりも偉いらしく、みーことの戦いを中断してクラブの11を見ていた。
みーこはまだ落ち着いていないが、新しく現れたトランプをじっと見ている。
「はぐれものには形がない! こう戦うのだ!」
クラブの11は杖を持っており、それをみーこへと向けた。
杖からガラスの破片が飛び出ていく。
みーこは尻尾でそのほとんどを弾いたが、僅かだけ防ぎきれずに顔に掠る。
すると、その部分から黒い液体が垂れた。
みーこが身を捩る。
どうやら、あの杖に攻撃されるとみーこも痛いらしい。
慌ててクラブの11へ向かおうとするが、残った兵隊たちが隊列を組んで押し留める。
単体ではみーこの相手にはならなかった彼らだが、固まると簡単にはいかないらしい。
少しずつみーこの傷が増えていく。
よくないな、と思った。
このまま何もしなければ、とてもよくない結果になる。
そっとその場を離れて、見つからないように階段へと向かう。
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