第5話 虚像の瑠璃

 大きな足音は段々と瑠璃の方へと向かってくる。

 岩陰からそっと伺いながら見てみると、足音の正体は巨大な泥人形だった。


 ズシン、ズシンと重量のある音を立てながら歩いている。

 歩く時の衝撃で表面の泥が剥がれ落ちているが、気にしていないようだった。


 大きさはみーこの三倍はある。この世界ではみーこ以外は瑠璃に友好的できない。

 みーこもいない今、瑠璃に出来るのは身を隠す事だけだった。


 非現実的な出来事はこの世界に来てからたくさん見て来たが、ここまでシンプルに大きな存在が動くのを見るのは極度の緊張を強いられた。


 幸い泥人形は足元の瑠璃に気付いておらず、岩を避けるようにしてまたぎ、通り過ぎていった。


 あわや泥が落ちてきて当たりそうになったが、咄嗟に回避することで泥をかぶらずに済んだ。


 ホッと胸を撫で下ろす。

 念の為に泥人形の足音が聞こえなくなるのを待ってから改めてみーこを呼び出した。


 瑠璃の声はそれほど大きくはないのだが、それでも呼べば数分もかからないうちに必ず駆けつける。

 耳がいいのだろうか。


 黒い毛皮を撫でると、先ほどの出来事で早まった鼓動が少しずつ落ち着いていく。

 やはりみーこだけが瑠璃にとって信頼できる友人なのだ。


 みーこにチョコレートを使った菓子パンを渡すと、甘えるような声の後に咀嚼し始める。

 いつもは一口で味わっているのか分からないような速さで食べ終わるのだが、チョコレートは好きなのかじっくり食べている。


 猫にチョコレートはよくないと聞いたことがあるのだが、みーこは猫の姿をしているだけで猫ではない。

 そもそもこんな巨大な猫は聞いたことがない。


 瑠璃もサンドイッチをゆっくり齧る。

 飲み物は魔法瓶にお茶をつめてきたのでそれを飲む。


 ジュースが飲みたいと思うこともあるが、買うと高い。

 パンを減らす位なら我慢する方を選んだ。


 それに、この世界では不思議なことにジュースの湧く泉やお菓子が実る木が存在する。

 欲しくなったらみーこに連れていって貰えば解決する。

 みーことゆっくりと食事をするだけでも温かみを感じることが出来た。


 時間をかけて食事を終えると、みーこが大きく体を屈伸させて伸びをする。

 どうやら瑠璃が来るまでは眠っていたようだ。

 すりすりと眠そうに瑠璃に頭を擦り付けてくる。


「眠いのー? 今日もどこかでお昼寝しようか」


 あまりこの世界で寝ると元の世界に戻った時に眠れないのだが、瑠璃はなるべくみーこに合わせたいと思っていた。

 この世界でしか会えないのだ。


 なるべく一緒に居たいし、その為にはみーこに合わせるのも苦ではなかった。

 みーこは器用に足で首を掻くと、大きなあくびをして体をぶるぶると振るわせる。


「お昼寝はいいの?」

「みゃっ」


 どうやら目が覚めてきたようだ。

 瑠璃を口で摘まんでペッと背中に放り投げる。


「わっ」


 瑠璃は驚いたが、背中のふわふわした毛に支えられ衝撃も感じなかった。

 どうやら今日はみーこが行きたい場所があるようだ。


 行先はみーこに任せて背中を満喫する。

 しばらくふかふかの毛を満喫していると、目的地に到着した。


 道中ではいつも通り藁人形の兵隊やゴブリン達が通せんぼしてきたが、みーこの敵ではない。

 中には槍でつついてくる相手もいたが、みーこの皮膚を貫くことはなかった。


 そもそもみーこには刃物による攻撃は通用しない。

 猫の姿は疑似的なものであり、本来の姿は不定形などろどろの液体だ。


 ゼリーにつまようじを刺してもすぐ穴が埋まってしまうように、みーこからすれば槍で突かれようと剣で斬られようと意味がない。


 そして兵隊の姿をした者達よりも体の大きさはみーこの方がずっと大きい。

 瑠璃が怯える暇もなく敵をあっという間に倒してしまう。


「あっ、これ」


 兵隊たちが落としたものの中に衣類が落ちていた。

 大きなマフラーだ。


「欲しかったんだぁ。えへへ」


 真っ赤なマフラーを大事そうに抱える。

 コインも回収しておいた。


 みーこに連れてこられた場所は鏡の城だった。

 どのような方法で建築したのかは分からないが、外壁全てが鏡になっている。


 瑠璃が近づくと、瑠璃の姿が壁に移る。


「私が映ってる! 凄いね」


 瑠璃ははしゃいでみーこの方へ向く。

 その直後、みーこの尻尾が伸びてきて瑠璃の体を掴み、引っ張った。


「みーこ、どうしたの?」


 こういう時は何かがあった時だ。

 不思議そうに尋ねると、みーこは先ほど瑠璃が居た場所を見ている。


「あっ!」


 瑠璃が驚きの声をあげた。

 先ほど瑠璃が映っていた鏡にまだ瑠璃が映っている。

 普通に考えれば、あれが鏡なら瑠璃が移動した時点で姿が消えるはずだ。


 鏡に映った瑠璃がゆっくりと鏡の外に出てきた。


「私が鏡から出てきたよ!?」


 まだ掴んでいるみーこの尻尾をバシバシと叩きながら瑠璃は興奮する。

 瑠璃の偽物はゆっくりとみーこと瑠璃に近づいてきた。


 近くで見ると、瑠璃であって瑠璃ではない。

 細かな部分が違う。


「人間さん人間さん」


 瑠璃の偽物がしゃべった。


「ここに来ちゃダメなのに。来ちゃったんだね。はぐれものと一緒に、退治しなきゃ」


 声は瑠璃とは似ても似つかぬ掠れた声だった。

 どうやら似ているのは外見だけらしい。


「どうしてそんなことをいうの? ここの人達は私を嫌い子ばっかり!」

「当然。当然だよ人間さん。だってこの世界の人間さんは皆息の根を」


 そこまで喋った瑠璃の偽物はみーこの前足でペシャンコに潰された。

 血も出ず、バラバラの破片になる。

 どうやら外側だけの張りぼてらしい。


 何を言おうとしたのか気になったが、結局瑠璃を受け入れる気はないようだ。


 少し悲しくなった。

 この世界でもみーこ以外からはのけ者にされている。


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