第4話 つまらない世界

 早朝、目覚ましの音で目が覚める。

 昨日みーこと一緒に向こうの世界ではしゃいだからか、まだ少し眠い。


 目をこすりながらカーテンを開けると、眩しい光が部屋を照らした。


 瑠璃の通っている学校は私服登校だ。

 適当に服を着替えて、時間割を確認し授業に必要な教科書をランドセルに入れる。


 ダイニングに行くが、誰もいない。

 念の為両親の寝室を見に行ったがもぬけの殻だった。


 瑠璃が寝ている間に帰宅しなかったようだ。


 冷蔵庫を開けて、牛乳を取り出す。

 食パンと牛乳だけは切らさないように買いだめしてくれている。

 野菜にハムやベーコンはあったりなかったりだ。


 牛乳に限っては常に新品が二本置かれており、いくらでも飲んで良いといわれていた。

 食パンは食べ過ぎるとなくなってしまうので大事に一枚ずつ食べている。


 今日の朝食は焼いたトーストと牛乳、それと一口サイズのチーズが一個。

 良くもなく悪くもない朝食だった。


 食べ終わると食器を洗い、水切りラックに逆さに乗せる。

 これをしないと打たれるので、自然と覚えた。


 身嗜みを整えつつ歯磨きを終えると、もう登校時間だ。


「行ってきます」


 ランドセルを背負い、誰もいない部屋に向かってそう言った。

 返事がない事は分かっていても、口からどうしても出る。


 来ない返事を期待して。


 部屋に鍵を閉めてエレベーターに乗り込む。

 今日はゴミの日だったので、ゴミ袋も一緒だ。


 近所の人に挨拶をして、ゴミを出す。

 褒められることもある。そういう時は嬉しい。


 いざ学校へ行こうと足を踏み出すと、丁度父親が帰ってきた。


 慌てて父親の方へ向かう。

 近づくと、酒の匂いと鼻が曲がるような強い花の匂いが混ざった香りがして足を止める。


 その匂いは父親からだった。


 抱き着きたいと思ったのだが、子供にはあまりにも苦痛な匂いがする。

 もしこの匂いが服についたら間違いなく学校でからかわれるだろうと思うとそんな気にはなれなかった。


「お帰りなさい」


 せめて挨拶だけしようと父親にそう言ったが、父親は一瞬だけ瑠璃の方を見たが無視した。

 ふらふらと歩いて帰宅している。


 周囲の人が噂をするのが聞こえてきて、この場にいたくなくて走った。

 父親が瑠璃を無視するのは、これが初めてではない。

 いつ頃からか瑠璃をいないものとして扱い始めた。


 それまでは可愛がってくれていただけに、未だに無視されると嫌な気分になる。

 家で殆ど顔を合わさないのはある意味救いかもしれない。


 学校に到着する。

 学校は楽しいわけではないが、苦痛ではない時間だった。

 話す友達くらいはいるし、勉強もできる方だ。

 ゲームなどの話題はついていけないが、動画は偶に見ているので話せる。

 勉強の話題が一番楽だった。


 遊びに誘われることはあるけど、家に行くにしても途中で必ず買い食いをしたりお店に寄ったりするので参加できない。


 適当な理由を付けて断っている。

 ……母親に言ったら、そんな無駄なお金は無いといわれたので諦めた。


「これ、親御さんに渡しておいてね」


 担当の教師からプリントを渡された。

 三者面談のお知らせだった。

 一応母親に渡してみるが、果たして来てくれるだろうか。


 学校が終わった。

 小学校のクラブ活動は参加していない。

 道具の貸し出しをやっているクラブがないからだ。


 今までなら、学校が終わった後の時間は苦痛だった。

 暇をつぶせるように携帯端末は与えられているが、動画を見るとすぐにデータ通信料を使い切ってしまう。

 誰もいない家にいるのは苦痛なので、なるべく遅くなるように図書室に籠ったりしていたのだが今では違う。


 昨日はクラス当番だったので少し遅くなってしまったが、今日は早く帰れたのでその分向こうで遊ぶ時間が増える。

 駆け足で帰宅する。


 途中でみーこと自分の夕食を買う。

 約束通り、チョコレートの入った菓子パンを買うのも忘れない。

 よく利用するのでコンビニエンスストアの人には顔を覚えられてしまった。


 あれこれ詮索してこないので助かる。


 給食をお代わりしたので、今日は多分お腹はあまり空かないだろう。


「ただいま」


 家に戻ると、父親の残り香がした。

 お酒の匂いだ。


 だが、当の本人の姿はない。

 シャワーを浴びてひと眠りした後、また出ていったのだろう。


 これもいつものことだった。ここ最近は朝登校する時にたまに会う位なのだ。

 父親なのに。


 母親が帰宅したら分かるように、プリントを机の上に置く。

 母親は働く時間が不定期だ。

 夜に一度帰宅しているのは確かなのだが、あまり会えない。


 ランドセルを部屋に置いて、すぐ着替えて洗濯気を回す。乾燥までやってくれる優れモノだ。

 父親が脱ぎ捨てた服も一緒に突っ込んだ。


 本当は分けたいのだが、光熱費はしっかりチェックされている。

 こんな生活にも慣れてしまった。


 畳むのは母親がしてくれる。

 今は早くみーこに会いたかった。


 早速穴へと向かう。


 あの穴も不思議だ。

 インターネットなども使って調べてみたが、類似するものは見つからなかった。

 SNSで相談してみたら、宇宙人だのUMAの住処だのからかわれるばかり。


 大人に相談したら二度と行けない気がして、結局分からないままだ。

 しかし、それは別に気にならない。

 大事なのはみーこがそこにいることで、瑠璃がいまただ一つ居てもいいと思える場所なことだ。


 そっと公園に入り、いつものように穴へと潜り込んだ。


 向こうの世界に移動すると、みーこを呼ぼうと口に手を添えた。

 しかし、すぐに身を伏せて近くの岩陰に隠れた。


 大きな足音が聞こえたからだ。


 みーこのものではない。

 もっと大きな何かだった。

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