第3話 誰もいない家

 みーこが連れてきた場所は大きな丘だった。

 そこからは七色の空と共に大きな森が見渡せて、奥には断崖絶壁の岬と赤い海が見渡せる。

 それは瑠璃の好奇心を満たすには十分な光景だった。


「キレイだね。こんなところでみーこは暮らしてるんだ」


 みーこは地面に丸まり、ゴロゴロとまるでエンジンのような音で返事をする。

 どうやらとても機嫌が良いようだ。


 といってもご飯をあげて運動した後は大抵機嫌が良いのだが。


 瑠璃はみーこの隣に座り、しばし風を浴びながら絶景を眺めて雰囲気に浸る。

 この世界にくるようになってから、よさげな場所でみーことこうするのが瑠璃にとって一番のお気に入りの時間になっていた。


 しかし、時間というものはどれだけ堰き止めようとしても流れてしまう。

 ピピピと電子音が瑠璃を現実に引き戻す。


 ズボンのポケットに差し込んだ携帯端末に設定していたアラームが鳴り響いた。


「あーあ」


 ため息が出た。

 携帯端末は現実世界の象徴だ。

 連絡が来ることはないが、SNSなどで嫌でも情報に晒されてしまう。


 この世界に入るときはこうしてアラームが鳴るとき以外は見向きもしない。

 そもそも電波が入らないのもあるのだが。


 みーこが尻尾で頭に撫でてくる。

 どうやら慰めてくれているようだ。


 ……そういえば、みーこ以外に頭を撫でられた記憶はない。

 瑠璃はみーこの大きな身体に抱き着き、顔を擦りつける。


 ふわふわした毛の感触と、お日様の匂いがした。


 みーこに入り口まで送ってもらう。

 移動した場所から帰れたらいろいろと便利なのだがそうもいかないらしい。


 それに、何度か行き来した結果わかった事だがこの世界と元の世界の出入り口は常に開いている訳ではない。


 元の世界で夕方頃から入り口が開き、朝には閉じている。

 一度だけ入り口にくるのが遅れてこの世界に閉じ込められたことがあり、どうしようかと右往左往したものだ。


 幸い休日だったのでその時は問題はなかった。

 家に帰った時は、変わらずいつものように500円玉が一枚置かれていただけだった時は足から力が抜けそうになった。


 入り口に到着するまでに蟻の兵隊や木偶人形と遭遇したが、みーこがあっという間に蹴散らしてしまった。


 みーこは本当に強い。

 この世界ではいまのところ負けなしの相棒なのだ。


 そして入り口に到着する。

 空中に穴が開いているのは何度見ても不思議で現実感がない。


 それに、この穴はこの世界の住人には見えないらしい。

 初めてみーこと会った時、この穴から帰る途中に驚いた声をあげられたものだ。


 確かに傍から見ると体が宙に消えていくのだから驚きだろう。


「ありがとうみーこ。また明日会おうね」

「みゃ」

「分かってる。また菓子パンも持ってくるから。今度はチョコレートの入っているやつにしようね」


 みーこは嬉しいのか、地面に転がってお腹を見せて手足をワキワキさせている。

 猫を飼ったことはないが、本物の猫もこんな動きをするのだろうか。


「あとこれ」


 この世界の住人は死ぬと死体が残らない。

 代わりにコインと、偶に何かを落とす。


 そのコインを集めているのだが、持って帰る訳にもいかない。


 両親は瑠璃に一切興味を示さないのだが、それでも覚えのないコインが増えていけば不審に思うに違いない。


 この時間だけは邪魔されたくない。


 今日手に入ったのは金のコインが一枚に銀のコインと銅のコインが三枚ずつだ。

 他のものは手に入らなかった。

 瑠璃が使えるようなものが手に入るととてもラッキーだ。


 まだ先だが、寒くなった時に備えてマフラーが欲しいと思っている。

 以前親が買ってくれたものは捨てられてしまった。


「これがお金だったらなぁ。もっとみーこに沢山お菓子とか持ってきてあげられるのに」


 夕食代として毎日与えられる500円では、みーこと自分の食事を買うと今日のような菓子パン三つがやっとだった。


 たまにお釣りを溜めて四個になることもある。その時はみーこもとても喜んでくれるので瑠璃も嬉しくなる。


「みー……」


 同意なのか、力ない声が聞こえてきた。

 金のコインなどピカピカだし、インターネットオークションで売れないかなと考えたこともある。

 だが、そういうものは未成年である瑠璃一人では出品できなかった。

 親の許可を求められるので断念したのだ。


 どこで手に入れたのか聞かれたくないし、もし盗んだのかと言われたら多分泣いてしまうから。


 なのでコインは全てみーこに預けている。

 みーこの体の中から袋が出てきたので、その中にコインを入れた。


 どうやらみーこもコインを集めるのは好きなようで、保管はすすんでやってくれた。


「じゃあお願いね」


 そう言ってみーこと別れる。

 すりすりと頭を擦り付けてきて、ずっと此処に居たいとおもってしまうがそれはよくないと思う。


 名残惜しく思いながら、穴を通った。


 穴を通ると元の公園に出る。

 外は完全に真っ暗だ。

 利用者がいないからと公園の明かりはもう灯されていない。


 携帯端末の明かりを頼りに街灯のある道へ移動する。

 なるべく人が居ない道を選んで通る。

 警察官や親切な人に見つかると、補導という形で親に連絡がいく。


 どうせ迎えに来ないのに待つのは、本当に惨めな気持ちになるからいやだ。

 警察官の人が両親に怒ったこともある。


 その日は部屋に閉じ込められて外に出してもらえなかった。


 なるべく静かに家に帰る。

 家の中は真っ暗で、帰宅した時と何も変わらないように見えた。


 だが机の上に明日の分の夕食代が置かれている。

 どちらかは一度帰宅して、また出ていったのだろう。


 シャワーを浴びて、冷たいベッドに潜り込んだ。


 ……今日も一人で瑠璃は眠る。


「みーこが居たら暖かいだろうな」

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