第5話 朝のタック
「よかった~、王都のどこで寝たらいいのかと不安になってたところです。ありがとうございます」
「勘違いするなよ、俺は陛下のご命令にしたがうまでのこと。妙なことをしたら……わかっているな?」
「なんとなくは……」
案内された部屋はタックから見れば豪華すぎる場所だった。農村の家とは比べるまでもない……まさに物語の世界のような空間だった。ベッドも天蓋つきでふかふか!
(すごいなぁ~! こんなのはじめてだよ!)
ひとしきり感動したあと、ベッドに腰かける。すごい。腰が沈みこんでいく。なんて柔らかいんだ!
いろいろあって疲れてしまったのだろう、すぐに眠気が襲ってきた。
意識が遠のくとき、誰かの声が聞こえた。
「ふむ、話をしたいと思っていたが疲れているようじゃ。無理もない……明日にしよう」
***
農村で暮らす人々の朝は早い。タックも同じだ。ニワトリが鳴くころには目を覚ますのが習慣である。疲れていても、どこで寝ていても――
「う~~~~ん、もう朝か。起きなきゃ……あれっ?」
ベッドから飛び起きたタックは目をこすって何度もまばたきをした。見間違いではないらしい。そこは自分の部屋ではなかったからだ。
(どこだここ……?)
キョロキョロとあたりを見渡す。見慣れない調度品の数々、広い部屋には大きな窓があり、そこから朝日が差し込んでいる。まるでお城の一室のようだ。自分が寝ていたベッドだってそうだ。こんなフカフカしたベッドで寝たことなんて一度も……
「あ、そっか。お城に来てたんだった……!」
頭が冴えてくるにつれて昨夜の出来事が思い出された。記憶が正しければ自分は貴族になった……はずだ。
「貴族って言われても実感がわかないよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「だよね~……って誰!? もしや幽霊!?」
ベッドの下から這い出てきたのは国王(?)の少女だった。シンプルながらも滑らかそうな絹の衣服で、もしかすると偉い人たちの寝間着はこんな感じなのかもしれない。その姿を見て、タックは内心ホッとした。
「君、昨夜の宴会にいなかったよね。どうしたんだろうって心配してたんだよ。王様だ~って出てきたのも違う人だったし……」
「ああ、あれは影武者じゃ」
「え~~~っ!? じゃあ本物の王様はどこに……」
「これこれ……そなたの目の前におるじゃろう。余じゃ、余!」
「君の名前、オーロラだったよね? 苗字がヨさんなの?」
「ハァ~~~~~~言葉の意味がよくわかっておらんようじゃの……ひとまず名前はオーロラだと覚えてくれればよい。”余”というのは”私”と同じ意味じゃ」
「な、なるほど……勉強になります」
タックは納得したようにうなずくと、あらためて目の前の少女を観察してみた。たしかに顔立ちは幼い少女のそれなのだが、どこか風格のようなものを感じさせるのだ。威厳があるというかなんというか……
(でもやっぱり子供に見える……)
浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「影武者はどうしておじいさんなの? 全然似てないけど」
「……先代国王、余の父上は…………アージェンティスとの戦で死んだのじゃ」
「え――」
「アージェンティスが攻めてきたのは1年前。隣国として友好的な関係を築いておったはずなのに……突然のことじゃった。父上はすぐに騎士団を引きつれて出撃なさった。敵将はこう語ったと聞く。『魔法というすばらしい力を手に入れた我らがすべてを支配する』と」
オーロラは遠い目で語りはじめた。その表情からは悲しみが伝わってくるようだった。
「我が国の兵たちは勇敢であった。魔法を使う敵を相手に一歩も引かず戦ったそうじゃ。しかし未知の力の前になすすべなく敗れた……父上は兵を逃がすために、たったひとりで敵陣を食い止めつづけたと聞く」
「すごい……お父さんだったんだね」
「うむ、偉大なお方だった……民に動揺を与えないよう、表向きには父上が健在ということにしてある。余が王だと知るものは、この城の者たちだけじゃ」
うつむく少女の目に光るものが浮かんでいる。それをごまかすかのように、彼女は顔を上げて言った。
「タック。これからも力を貸してほしい。我が王国のために……お願いじゃ」
深々と頭を下げるオーロラ。その姿は一国の王というより、ただのひとりの娘のようだった。タックはこういう話にかなり弱かった。しかし、王様と話しているのが場違いだとも感じてならず正直なことを打ち明けようと思ったのだ。
「もちろん協力するよ! でも魔法使いをやっつけたのは――」
「本当か! ありがとう、本当にうれしいぞ。さっそく頼みたいことがあってのう」
「あれはたまたまで――」
「そなたの村のことを教えてくれぬか? 恥ずかしいことじゃが、城の外についてほとんど知らぬのでな……即位してからは玉座と私室からも出られず、歯がゆい限りなのじゃ」
(偉いって……大変なんだな。僕も貴族になっちゃったし、これは責任重大だぞ……!)
タックは自分の人生をありのまま話したのだった。オーロラは落ち着いたしぐさで、しかし目に輝きをたたえながら聞いていてくれた。そして話が終わるとこう言ったのである。
「いつか外に出てみたいのう……戦いが終わったら、この願いが叶うじゃろうか」
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