第3話 初めての王都

 魔法使いなんているわけがない。そう思ったタックに、団長が大声で尋ねた!

「お前の名前はなんだ!!」

「た……タック!!」

「よし、ついてこい、ヒヨッコ!!」


(名前では呼ばないんだ……?)


 タックはシルヴァーに見送られ、団長たちに小さな天幕のなかに案内された。中には質素ながら剛健な机がある。

「あの……僕はどうすれば……」

「黙っていろ!!」

「はいぃっ!!」

 団長は机に大きな紙を広げ、羽根ペンでなにかを書きしるして従者のひとりに渡す。その従者がきびきびした動作で、次はタックの手に持たせた。


(紙を渡すくらいで人をひとり通すんだ……なんでだろう、団長が直接やったほうが早いんじゃ――)

「この書状を王宮まで届けるべし! オーガス団長の推薦状である!」

「推薦状ってなんの――」

「以上! 解散!」

(ええええええ~~~~~~!?)


 わけがわからないまま馬に乗せられ、勢いよく出発するはめになった。馬は行き先がわかっているのか迷いなく走る。タックが振り落とされないようにするのがやっとの瞬発力だった。

 このままでは落馬してしまうかもしれないと思い、なんとか体勢を立て直す。乗馬は初めてではないが、こんなスピードは体験したことがない。慣れてくると、自分がなにか特別なことをしたような気がして高揚感がやってきた。

「なんだか気持ちいいかも……っ!」


 草原の地平にむかって走る、走る。風が耳元を通りすぎていく音が心地よい。しばらくすると道は石畳に変わり、さらに進むと巨大な門が見えてきた。馬車や人々が列をつくって並んでいる……タックが乗る馬もそこにならう。

「賢い馬だな……!」

 ヒヒン、と自慢げな鼻息が聞こえた気がした。そして門番らしき男がやってきて、通行証のようなものを確認しているのが見えた。それから数分待つと、ついに順番がまわってきたようだ。

「やや、その書状は……どうぞお通りください。おっと、馬からは降りてくださいね」

「ありがとうございます」


 馬をおりて門をくぐる……目の前に広がる光景を見て、圧倒されてしまった。

 まさに別世界であった。建物はすべて石造りで統一され、まるで迷路のようだ。道行く人々はみなきらびやかな衣装を身に着けており、歩くたびにシャラシャラという音が聞こえてくる。

(これが都会ってものなのか!!)

 故郷にはこのような建物はないし、道ゆく人々の数はけたちがいだ。活気がちがった。

「すごいなぁ……せっかくだし色んなところを見て回りたいなぁ……でもまずはお城かなぁ……」


 キョロキョロしながら大通りを歩いていたタックだが、人混みを避けて進むうちに裏道へ入ってしまったことに気が付かない。それどころか城に近づいていると思い込んでいたせいで、あまりにも無防備だった。後ろから声をかけられた。振り向くとひとりの男がいた。黒いローブを着ていて顔は見えないが、背は同じくらいだ。男は続けて言った。

「……その紙をよこせ」

「えっ、いやです」

「寄越さないのなら痛い目をみるぞ」


 危険を感じたタックは身構えるが、相手は微動だにしない。それがかえって不気味で、背筋が寒くなった。

「……来ないんですか? どうしても欲しいなら不意打ちすればよかったと思いますけど?」

「フ……」


 男はわずかにわらうと風に溶けていくように消えた。

「え――?」

 あわてて周囲を見渡すが、影も形もない。不可思議なできごとの前に、ある疑問が浮かぶ。今の男はなぜ自分に危害を加えなかったのか。なぜわざわざ声をかけたのか……。もしかすると最初から襲うつもりはなく、ただ単に脅すだけのつもりだったのかも――

「そもそも、今のは僕の………う~ん幻を見ちゃったとか? いや、まさかぁ……」


 タックはシンプルな青年だった。悩んだときは目の前の仕事を片付けることに集中するタチである。

「まぁいいか。とりあえずお城に行こっと!」


 気を取り直して歩きはじめると、すぐに城壁に到着した。

「この壁をつたってグルリと回れば入口に着くはず……」

 タックは壁に右手をつけて歩き出す。しばらく歩いていると壁がなくなった。どうやら門へついたようだが……門番に怪しまれてしまった。



「おい止まれ、何者だ! なぜ道を通ってこない!」

「えっと……ええ? ん……と、これ団長さんからの書状です」

「なにっ、これは……うむむ、確かに本物のようだな。よし、ついてきなさい」

「はぁ……どうも」

 最初はきつく当たられたものの、あっさりと入れてもらえたせいだろうか……タックは少し不安になった。今もまだ幻かなにかを見ているのではないかと。

 しかし城内に入ると、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。天井が高い。装飾も豪華で、床は大理石でできている。壁には絵画が飾られ、天井にはシャンデリアがぶらさがっている。とにかくなにもかもが――


「すごい。すごい……とんでもなくすごい! ひょおお~~~~!!」

「……ずいぶんな田舎者だなこれは……」


 門番のつぶやきなど耳に入らないほどに、タックははしゃいだ。本物の城は、物語で聞くよりもはるかに壮大な……ロマンだった!

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