第2話 大手柄??
「無事か新入りィ!!」
「シルヴァーさん!? 気をつけて!!」
「任せろ!!」
助けに来てくれたシルヴァーの俊敏さはオオカミのようで、敵を完全に翻弄していた。
「ぬおおおお、なんだコイツは!?」
大男が渾身の力で金棒で横をないだが、シルヴァーは剣を斜めに当てて受け流し、その下をくぐり抜けるようにして背後にまわった。そして無防備な背中に飛び乗り、首に剣を突き立てた。
「ゴボボボッッ!?!?!?」
声にならない声をあげ、口と首から血の泡を吹いて、強敵は絶命した。
「よしっ……タック、立てるか?」
「あ……ありがとうございます……」
差し伸べられた手をとって立ち上がりながら、タックは考えた。強い……シルヴァーには経験か才能、もしかすると両方が備わっているに違いない。そう思っているとシルヴァーが肩をぽんぽんと叩いてきた。
「しっかし大したもんだぜお前。いきなり大将首をとっちまうなんてよ」
「……はい?」
「あそこに転がってるの、そうだろ?」
シルヴァー指さしたところには貴族服を着た男の死体があった。
無我夢中で前進しつづけたタック。相手の身分なんて考えていなかったし、装備を見てもいなかった。どれだけの人数を相手にしたのかだって覚えていない。時間の概念だってふきとんでいた。初めて人を殺した感想は……無。
(これが……戦場……)
「ははははは! タック、どんだけ突き進んでいったんだよ。俺だって今ようやく真ん中まで来れたってのによ! どっかに抜け道でもあったか?」
「いやぁ……進みながら剣を振ってただけで、自分でもなぜなのかわからないんですよ……」
「マジかよ、なにも考えずにこの戦果か!? お前ひょっとして暗殺者に向いてるんじゃねーか!?」
「えぇ……」
ケラケラと笑うシルヴァーを見ていると、少し緊張がほぐれてきた。周囲の様子を見わたす余裕が生まれる。いたるところから金属の刃のぶつかりあう音が聞こえる。戦いはまだ終わってはいない。敵に打たれたところは正直いってかなり痛い。だが気力でなんとかなる範囲だ。
「もう大丈夫です、シルヴァーさん。いけます!」
「おうよ、じゃあ仕上げにかかるか」
シルヴァーは貴族服の死体から衣服の一部をはぎとり、天高くかかげて叫んだ。
「”アージェンティス国”のやつらよ聞けっ! お前らの大将はすでに討ち取った!! 降伏するなら命までは取らない、とっとと武器を捨てやがれ!!」
一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れた。戦いの声がじょじょにどよめきへと変わっていく。
おい、どうする? このまま戦っても勝ち目はないんじゃないか? そうざわめく敵兵たち。すでに武器を捨てて両手をあげる者もいた。やがてひとり、またひとりと武器を手放していく。戦意を失った者たちが投降していく光景を見て、タックはつぶやいた。
「……すごいや……」
「へっ、組織なんて頭がやられりゃこんなもんさ。だが最期まで油断するなよ。損得勘定そっちのけで思わぬ行動に出るやつもいる……人間がこれだけたくさんいりゃ、そういうやつがいて当たりまえと思っとけ」
ほどなくして戦闘は終わった。傭兵たちは歓声をあげ、お互いの健闘をたたえあったり、負傷した仲間を手当てしたりしている。タックとシルヴァーもがっちりと握手をかわした。
「……勝ったんですね、僕たち」
「ああそうだ」
「なんだか実感がわかないというか……信じられないです」
「生き残って、勝った。新入りにゃ最高の結果だ……おっ、見ろよ。騎士団長様のおでましだぞ」
重厚な銀色の鎧に身をつつんだ中年の男が、数人の従者を連れてやってきた。風にたなびく赤いマントと、輝く鎧、輝くハゲ頭……すごい存在感だ。
団長は厳然かつ迅速に指示をとばし、さっきまで戦場だった周辺に、規律をふきこんだのだ。従者たちはてきぱきとした動きで死体を片づけたり、負傷者を運びはじめた。
これほどテキパキした仕事ぶりを、農村では見たことがない。タックは心から感心して見とれていた。するとふいに視線を感じて顔をあげると、団長がこちらを見ていたことに気づく。視線が重なると同時に彼は近づいてきたので、タックは思わず直立不動の姿勢をとった。しかし、彼は目の前をとおりすぎて貴族服の死体に視線を落とす。
(なんだろう……知ってる相手なのかな?)
シルヴァーにそう質問しようとしたとき、団長から雷のような怒号が発せられた。
「この男をやったのは誰だ!!!!!!」
あまりの声量に驚き、全員が黙り込む。数秒の間をおいて、タックは気まずくなってきた。自分がやったのだろうから名乗り出るべきなのだろうが、なんだか怖い……冷たい汗が背中をつたう。
「僕……です」
「どこのどいつだ! 貴様か!?」
ものすごい形相でグングンと近づいてくるハゲ頭。思わず一歩、二歩と後ずさりしてしまった。
「汚いケツを見せるな! 鉄の剣でもつっこんでほしいのか!!」
「し、失礼しました!」
「あの男を殺ったのは貴様か!?」
「そうですっ!」
「今まで戦場に出た回数は!?」
「は、初めてでしたっ!」
「つまりヒヨッコか!!!!」
「ひよ……?」
「お前は新入りか!!!!」
「は、はいっ!」
「大手柄だ!! あの男はくそったれアージェンティスの魔法使い!! やつの脂ぎった手から生まれる火球で監視所が燃えた!!」
「ま、魔法使い……??」
田舎に住んでいたタックでも、火を吹いたり、雷を呼び寄せる恐ろしいモンスターの存在は知っている。国から討伐隊が派遣されるころには作物が高く売れるものだった。しかしそれは、そういう生き物だからできるのであり、人間にはできない芸当。魔法使いなど、神話に登場する英雄たちのように架空の存在なのだ。
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