第25話 満開

 観察しても、ローズはどれが本体なのか見抜くことができなかった。

 分身はどれも精巧で、魔力量まで統一されている。


(それなら、まずは――――)


 影から生まれた物体。

 ならば、これまで通り光に弱いのではないかと、ローズは考えた。

 指を弾き、強い光を放つ炎を生み出す。

 

 しかし――――。

 

「「「ヒヒっ! 無駄だ!」」」

 

「っ!」


 エヴィーたちは、光をものともせずに突っ込んでくる。

 

 この魔術は、操影魔術の奥義。

 影分身たちは、膨大な魔力で全身をコーティングしているため、光に耐性を持つ。

 特級クラスの魔力量が成せる、まさに離れ業だ。


「チッ……ほんとに面倒臭いわね!」


 ローズは炎を生み出し、周囲に放つ。

 それによって何体か薙ぎ払うことができたものの、残った分身がローズへとたどり着いてしまった。


「ほら! 消してみろ!」


 四方八方からの連続攻撃。

 この手数は到底捌き切れるものではない。

 しかし、抜け出そうとすれば、遠くにいる分身が影の槍を飛ばしてくる。


「そらッ!」


「っ⁉」


 エヴィーの拳を腕で防ぐと、ローズはミシミシと骨が軋む感覚を覚えた。

 もはやエヴィーは、ペース配分など考えていない。

 この奥義をもって仕留めきる――――強固な意志が、分身一体一体が保有する魔力を底上げしていた。


「チッ……」


 ――――仕方ないわね。


 ローズは、まるで諦めたかのように脱力した。

 決定的な隙。

 敵を仕留めるため、徹底的に鍛え上げられたエヴィーの感覚は、その隙を見逃さない。

 ……いや、正しくは、見逃せない・・・・・


 影をまとった一撃が、ローズの胸を打ち抜く。

 確かな手応えを感じた。

 いくらローズであっても、この一撃を無傷で受けることなどできない。


(勝った!)


 自分の拳から伝わる感触で、エヴィーは勝利を確信する。


「ごほっ……やっぱり、飛び込んできてくれたわね」


「っ⁉」


 ローズの肉体から、炎が噴き出す。

 突然の出来事に、エヴィーは思わず硬直した。


(――――そうかッ⁉ しまった……!)


「“八分咲きアハトブルーム”……」


 直後、エヴィーの視界が真っ赤に染まる。


「――――“スカーレットラフレシア”!」


 爆音が響き、ローズを中心にして、ありとあらゆるものが吹き飛んでいく。

 ローズが“華炎”を放つには、わずかな溜めが必要だった。

 しかし、一瞬でも予備動作に入れば、エヴィーに止められてしまう。

 故にローズは、まず炎を体内で生み出した。

 炎を凝縮する時間は、わざと攻撃を受け止めることで作る。

 そうして完成した“華炎”は、すべての影分身を吹き飛ばした。

 

「……あんたが本体?」


「チッ……こっちは奥義だったってのに」


 離れた木々の隙間から、エヴィー本体が姿を現す。

 ローズの魔術によって、森は大きく開けていた。

 何も残っていない土の上で、ローズとエヴィーは改めて対峙する。


 ローズは深く呼吸をして、胸部のダメージの回復を図った。

 体温を上げて、代謝を促し、肉体の自然治癒能力を跳ね上げる。


「しかも治せんのかよ……せっかく致命傷を与えたと思ったんだけどな」


「実際、賭けだったわ。魔術を応用すれば治せるって気づいてたけど、あの一撃で死んでいたら、それも意味なかったもの」


 いくらローズが自然治癒能力を上げたとしても、即死したら意味がない。

 あの時のエヴィーの拳に、ローズの体を貫くほどの威力があれば、結果は逆になっていただろう。


「……結果は見えたわね」


「ヒヒっ、そうだな」


 すでにエヴィーは、魔力をほとんど失っていた。

 ローズを前にして、立ち向かうだけの力も、逃走するだけの力も、もはや残っていない。


「最期に聞かせろ、ローズ=フレイマン」


 エヴィーの言葉に、ローズは耳を傾ける。


「それだけの力がありながら、何故一国に肩入れするんだ。あんたなら、何者にも縛られず、自由に生きることだってできるだろ」


「……」


 空を見上げ、ローズは思案する。

 エヴィーの言葉は、決して間違っていない。

 ローズは強い。

 好きに生きようと思えば、いくらでも自由な人生を送ることができる。

 しかし、彼女はこうして宮廷魔術師のローブを身に纏い、一国のために戦った。


「……なんだかんだ言って、私は好きなのよ、ヴェルデシア王国が」


 恩がある人がいる。

 ただの乱暴者だった自分を、慕い、称えてくれる人がいる。

 むず痒くて、逃げ出したくなる時もあるけれど、結局ローズは、彼らのことを見捨てることができなかった。


「あの国がなくなったら、私は嫌な気分になる……戦う理由なんて、そんなもんよ」


「……なるほどな。はぁ……ついてねぇな」


 エヴィーは苦笑いを浮かべた。

 サンドレイズ帝国は、大きく、そして強い国である。

 しかし、彼らはそれ以上に不幸な国でもあった。

 

「あんたらが隣国にいなければ、あたしはもっと長生きできたのに……」


 ローズが宙に浮かび上がる。

 そして手を空に掲げると、赤黒い炎が一面に広がった。


「焼き尽くすは、大輪の業火――――」 


 彼女の詠唱と共に、炎はその熱量を増していく。


「“満開フルブルーム”――――“レッドローズ”」


 エヴィーに対し、紅蓮の薔薇が降り注ぐ。

 やがて炎が消えた時、そこにはもう、何も残っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る