第26話 全能の男
「あっちゃー……」
アルフは焼き尽くされた森を見て、苦笑いを浮かべた。
「派手にやったね、ハニー」
「ハニーって言うな」
ローズは振り返ると、アルフの体を眺め始める。
「な、何? 急に……」
「……別に、なんでもないわ」
彼が無傷であることを理解すると、ローズはすぐに視線を逸らした。
この辺境に、彼ら以外の気配はない。
「今頃、サンドレイズ帝国の進軍が始まった頃かしら」
「加勢に行く? 今から飛ばせば間に合うんじゃない?」
「いえ、きっと間に合わないわ」
「……?」
「あのバカ師匠がいるのよ? 多分すぐに終わるわ」
「あー……そうだね」
いくら特級が複数人で襲いかかってこようとも、エルドリウスという男が負ける姿は想像できない。
それはアルフも同意見であり、納得した様子で、この場に座り込んだ。
「それじゃ、僕らの役目はここで終わりかな」
「そうね。私は疲れたから寝るわ」
「え、じゃあ僕もその隣で――――」
「許すわけないでしょ」
「いでっ」
アルフの頭を小突き、ローズは帰路を行く。
容赦なく置いていかれそうになったアルフは、急いでそれを追いかけた。
◇◆◇
「――――おいおい、もう終わりか?」
エルドリウスは、目の前まで迫っていたサンドレイズ軍に、そんな挑発を投げかけた。
サンドレイズ軍はすでに半壊状態。
これもすべて、エルドリウスというたった一人の男のせいである。
「特級がもう二人もやられた……! 一体あの男はどうなってる⁉︎」
「おい、また来るぞ……!」
エルドリウスが手を掲げると、そこに膨大な魔力が集まり始めた。
彼には、彼にしかできない特別な技術がある。
一般的な魔術師は、己の内にある魔力を用いて戦う。
しかし、エルドリウスは、自分が持つ魔力だけでなく、周辺にある魔力すら操れるのだ。
この力によって、彼は己の魔力をほとんど消費することなく、魔術を連発できる。
「“スーパーノヴァ”」
エルドリウスは、魔力を高密度のエネルギーへと変換し、サンドレイズ軍に向けて放った。
向かいくる絶望を前にして、兵士たちは目を閉じる。
「“
突如として、空中に巨大な口が現れた。
不気味に開いたその口は、エルドリウスの放った魔力の本流を飲み込んでいく。
「へぇ、面白いヤツもいたもんだ」
「『全能』のエルドリウス……私と手合わせ願おうか」
「その白銀の髪……お前、
「いかにも」
サンドレイズ帝国軍第三部隊隊長、ウルフェン=ヴェンリード。
通称、星喰い。
彼は地獄の番犬の頭を召喚し、その口にあらゆるものを飲み込ませることができる。
夜空に輝く星すらも喰らったという逸話から、ウルフェンはそう呼ばれるようになった。
ランクはもちろん、特級である。
「我がサンドレイズ帝国軍をこけにした貴様は、万死に値する。必ずここで仕留めてみせようぞ」
「そんなこと言って、他の隊長みたいにオレをガッカリさせんなよ?」
「ほざけッ!」
ウルフェンが手を鳴らすと、エルドリウスを挟み込むように、二つの番犬の頭が現れた。
即座にエルドリウスは炎を撃ち、両方の頭に命中させる。
しかし、頭は消えることなく、そのまま彼に向かってきた。
(なるほど……今見えてる犬っころは、概念的なもんか。見えてはいるけど、実態がない感じね)
“
番犬の頭は、即座に彼を追った。
(問題は、食われたものがどこに行くのかって話なんだが……ま、食われなきゃいい話か!)
空気中の魔力を集めたものを、再びウルフェンに向けて放つ。
すると、ウルフェンの前に番犬の頭が現れ、またもや魔力を飲み込んでしまった。
よく見ると、その番犬の頭には『I』という刻印がある。
(オレを追ってきてる頭は、『Ⅱ』と『Ⅲ』……こいつが地獄の番犬ケルベロスってんなら、頭の数は三つで限界なはずだが――――)
エルドリウスの推理は、概ね当たっていた。
ウルフェンが召喚し、使役できる頭の数は三つ。
これ以上の手数はない。
ただ、ウルフェン自身はそれで十分だと考えていた。
(ここで追い込む……!)
ウルフェンは再び手を鳴らし、番犬たちを操る。
「遠距離攻撃は、全部犬っころに食われちまう。だったら、近づくしかねぇよな!」
地面に降り立ったエルドリウスは、ウルフェンに向かって走り出す。
それを見たウルフェンは、ニヤリと笑った。
「かかったな! 放て! 番犬!」
『Ⅰ』と書かれた番犬が、エルドリウスに向けて口を開く。
すると、そこから先ほど彼が放ったはずの魔力が、そのままの威力で飛び出してきた。
(マジか! 食らったエネルギーをそのまま貯蔵できるのか⁉︎)
ウルフェンは、番犬に食わせたものを消化させるか、それとも貯めておくか選ぶことができる。
貯めたものは、吐き出すことも可能。
このことを知らない者は、最後は自分の攻撃でその命を散らすことになる。
エルドリウスも、完全にウルフェンの必勝パターンの中にいた。
回避しようにも、横にはもう他の頭が迫ってきている。
横に跳んだら最後。
エルドリウスは番犬の口に飲み込まれてしまうだろう。
(勝った……!)
ウルフェンは勝利を確信する。
しかし――――。
「どうしてオレが、『全能』なんて大層な名前で呼ばれてるのか知ってるか?」
「え?」
エルドリウスが、ニヤリと笑う。
次の瞬間、彼に向かって伸びていた魔力の本流が、光の粒子となって霧散してしまった。
呆気にとられたウルフェンに、エルドリウスは肉迫する。
「それはな……どんな魔力でも操れるからだよ」
エルドリウスは、空気中の魔力を操る。
それは、相手が自身の魔力で放った魔術だとしても、例外ではない。
どんな魔術であっても、その手でコントロールしてしまう。
故に彼は、『全能』と呼ばれていた。
「お前、意外と面白かったぜ」
「ま、待て――――」
「待たねぇよ」
霧散した魔力が、エルドリウスの拳に集まる。
「“ノヴァ・ブレイク”」
視界が染まるほどの光を放つ拳が、ウルフェンの胸を貫いた。
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