第23話 魔剣クリューソス

「はぁッ!」


 バレルが拳を地面に叩きつける。

 響き渡る轟音。

 立っていられないほどの強い揺れに、アルフは顔を歪めて距離を取った。


「甘いわッ!」


「っ!」


 後ろに跳んだアルフに、バレルは驚異的な脚力で追いつく。

 そして、まるで巨大なハンマーのような拳を、アルフに繰り出した。


「“強打拳骨パワースパイク”!」


 再び、金属音が鳴り響く。

 アルフは剣でバレルの拳を受け止めた。

 しかし、姿勢が悪かったせいか、その体は大きく吹き飛ばされてしまう。


「馬鹿力だな、ほんとに」


「筋肉の力だ! 若人わこうどよ!」


「嘘つけ。絶対魔力も使ってるだろ」


「魔力も力! すなわち筋肉!」


「……なるほど」


 何故か納得した様子のアルフは、その場で立ち上がる。


「じゃあ僕は、磨き上げた技で、あんたの筋肉を超えよう」


「笑止! 小細工など、この筋肉で粉砕してくれるわ!」


 バレルは拳を振り上げながら、アルフへと近づく。

 

「“強打拳骨パワースパイク”ゥ!」


「――――“雨雲流しクラウド・エマンセ”」


「むっ⁉」


 アルフの剣に触れた瞬間、突き出した拳が逸れる。

 拳が受け流されたのだと気づいたときには、すでにアルフはバレルの懐に潜り込んでいた。


「“豪雨断ちレイン・アッシェ”!」


 横なぎに振られた刃が、バレルの脇腹を捉える。

 刃が肉にめり込む。

 しかし、バレルはとっさに後ろに跳び、致命傷を避けた。


「むぅ⁉」


(浅い……!)


 大量の出血。

 それでも、アルフは今の一撃が大きなダメージになっていないことを確信していた。

 

(分厚い筋肉が内臓を守ってる……! だったら――――)


 腕を引き絞り、アルフは追撃の準備を整えた。


「“豪雨突きレイン・バトネ”!」


「なんのォ! “強打脚撃パワースタンプ”!」


「っ⁉」


 バレルが地面を踏みつけると、アルフの足元が大きく隆起した。


「くそっ……!」


 アルフの体は、地面の勢いに押されて宙に打ち上げられる。

 それに合わせ、バレルが跳んだ。


「受け止めてみよ! 我が筋肉を総動員した、渾身の一撃を!」


 バレルが両拳を振り上げる。


「“絶・強打拳骨フルパワースパイク”ッ!」


「――――っ!」


 振り下ろされた両拳が、アルフの胴体を捉える。

 そしてバレルは、渾身の力で彼を地面に叩きつけた。


「ふむ……呆気ない終わりだったな。やはり俺の筋肉は、すべてを征する」


 土埃が舞う中、バレルは胸を張って踵を返した。


「――――どこ行くんだよ」


 殺気を感じ、バレルは身を翻す。

 鋭い切っ先が、彼の胸元を浅く切り裂いた。


「むっ⁉︎」


 土埃が吹き飛び、アルフの姿が見える。

 彼の体は、まったくの無傷だった。


(無傷だと……⁉︎ 俺の一撃は確かに当たったはず――――)


 バレルは困惑していた。

 今のは、大地を割るほどの一撃。

 それを生身で受けたはずのアルフが、何故か毅然と立っている。

 

(待て、おかしいぞ……?)


 アルフが叩きつけられた地面。

 そこは、小さく陥没していた。

 だが、それはおかしい。

 本来であれば、地盤が沈下するほどの威力があったはず。

 この程度で収まるわけがないのだ。


「生憎だけど、物理攻撃は効かないんだよね、僕」


「……っ⁉︎」


 アルフの剣が脈打ったのを見て、バレルは戦慄した。

 

 魔剣、クリューソス。


 それがアルフの持つ剣の名前である。

 魔剣は、抜群の切れ味とは別に、特異な能力を持っている。

 彼のクリューソスの持つ能力、それは――――。


「物理ダメージを吸収し、自身の魔力へと変換する」


 クリューソスから、金色の光が溢れ出す。

 それは瞬く間にアルフを包み込んだ。

 

「なんだ……その魔力量は……!」


「あんたの一撃の威力が高かったからね」


 アルフの体を包む光が、さらに輝きを増す。

 その輝きに目を奪われたバレルは、無意識に体から力を抜いた。


「う、美しい……」


 鏡に映る自分の肉体こそが、世界で一番美しいものと考えていたバレルは、初めて他人に対してその言葉を口にした。

 筋肉こそ至高。

 その根底が、ここにきて覆る。


「“黄金斬りゴルド・メダリオン”」


 アルフは剣に金色の光を集約させ、バレルに向けて振り下ろす。

 魔力強化も、筋肉の鎧も意味をなさず、アルフの一撃は、後方の山ごとバレルの体を斬り裂いた。

 

 

 

 

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