第18話 乱入者

 互いに強化した拳や蹴りをぶつけ合う。

 纏った魔力と魔力が接触し、火花が散った。

 

(このアホそうな女……魔術も使えるけど、本業は近接タイプね)


 エヴィーは全身の“魔力強化”ができない。

 それでも、ローズと互角に張り合っている。

 これは彼女がローズよりも優れた近接タイプだからに他ならない。

 逆にそんなエヴィーと張り合っているローズの方がおかしいのだ。


(ヒヒっ! 腕力は互角……! なら体術で潰す!)


 エヴィーはローズの手を絡めとると、宙へ放った。

 力の方向を自由に操る柔術。

 打撃ばかりに気を取られていたローズは、突然地面がなくなったことに驚いた。


「“影打えいだ”!」


「っ!」


 地面が割れるほどの踏み込みと共に、エヴィーの肘鉄がローズの懐にめり込む。

 次の瞬間、ローズの体は再び地面を転がっていた。

 エヴィーの打撃、“影打えいだ”は、影を自身にテーピングのように纏わせることで威力を増大させる。

 固定された節々は力の分散を防ぎ、百パーセントの力を敵に伝えるのだ。


「“影縛り”!」


 倒れたローズの体に、影が迫る。

 しかし倒れたままの彼女が指を鳴らすと、周囲を閃光が包み込んだ。

 強力な光によって影の触手は吹き飛び、さらにはエヴィーの視界が白く染まる。


「チッ! 光源を仕込んでやがったか!」


「正解ッ!」


「ぐっ――――」


 ローズの掌底が、視界の塞がったエヴィーの腹部を叩く。

 彼女の悪い癖の一つ、負けず嫌い。

 自身が敵にされたことは、やり返さないと気が済まないのだ。


「ヒヒっ……やるねぇ」


「あんたも、そこら辺の有象無象とは違うわね」


 ローズは攻撃を受けた腹部に意識を向ける。

 全身強化のおかげでダメージは最低限。

 しかし深部に響くようなズクズクとした痛みが、確かに感じられた。


(ダメージを食らうなんて久しぶりね……服も汚れたし、もう最悪)


 自身の怒りを原動力として、ローズはギアを切り替える。

 目の前にいる敵は、前に来た連中とは比にならないほどの強者。

 “操影そうえい”という未知の魔術に、卓越した体術、そして軍人特有の場慣れした対応。

 ローズであっても、これまでのように圧倒することは難しい。


 対するエヴィーも、態度とは裏腹にローズに対する警戒心を強めていた。


(炎魔術の使い手か。相性悪いんだよなぁ……それに光源を展開する速度も速いし、魔術師タイプの癖に近接戦もできる。最初に使おうとしてたヤバイ魔術はためが必要みたいだけど、こっちはそれを常に警戒しないといけないから、思考に邪魔が入る……あー、めんどくせぇな)


 互いに油断が消えたその時、突如として巨大な飛ぶ斬撃がエヴィーへと襲い掛かった。


「なっ……⁉ チッ!」


 エヴィーは斬撃を避けるために後ろへ跳ぶ。

 斬撃が通過した地面には、彼女とローズを隔てるかのような深い溝ができていた。


「……あたしに攻撃してきたってことは、あんたの援軍かァ?」


「はぁ……なんで来るのよ、あいつ」


 斬撃を放った張本人は、茂みをかき分けその姿を現した。


「無事か! 我がフィアンセよ! この僕、アルフ=ランドメルクが来たからにはもう安心だ!」


 艶やかな金髪をかき上げ、アルフはポーズを決めた。

 場に冷ややかな空気が流れる。

 自身の登場が望まれていなかったことだと理解し始めたアルフは、ゆっくりとポーズをやめた。


「えっと……もしかして僕、空気読み間違えた?」


「……何しに来たのよ、あんた」


「こ、国王に依頼されたんだよ。辺境の護衛としてローズを支えてくれって」


「チッ……あのジジイ、余計なことを」


 ローズは顔をしかめる。

 何を勘違いしたのかあの国王、ローズがサンドレイズ帝国の進軍を食い止めるために辺境に留まったと思い込んでいるようだ。

 彼女はマイホームを守るために動いているだけ。

 その過程でサンドレイズ帝国の連中を薙ぎ払うことはあるが――――。


「……やめやめ! さすがに特級二人は相手にできねぇわ」


 あっけらかんとした態度で言ってのけたエヴィーに、注目が集まる。


「名前を聞けばさすがに分かるぜ。特級魔術師ローズ=フレイマンに、特級冒険者アルフ=ランドメルクだろ? 国の戦いに冒険者が関わってくるなんざ予想外だったが、あんたら二人がただならぬ仲だってなら納得だ」


「違う!」


「おっと!」


 ローズがとっさに放った炎を、エヴィーは影に潜り込むことで回避する。

 

「あんたらのことは報告させてもらうからな。……安心しろよ、あたしらが会うことは、この先に二度とねぇはずだから」


「……」


 その言葉を最後に、エヴィーの姿が影の中に消える。

 やがて気配も、魔力の残滓も、完全になくなった。


「……厄介なことになったわ」


 敵が消えたことで、ローズは戦闘態勢を解く。

 

「ハニー、もう二度と会わないって、どういうこと? 彼らが辺境の地を狙ってるなら、また攻めてくるはずじゃない?」


「ハニーって言うな、バカ」


「バカ⁉ これでも僕は冒険者になるための筆記試験で高得点を――――」


「あいつらは、もう辺境の地に攻め入らない。あんたが来ちゃったからね」


「え、僕?」


「私とあんた。厄介な特級が二人もいる土地に、わざわざ攻め入る理由は何?」


「……ないね」


「でしょ?」


 戦争の際、冒険者たちはその国の戦力としては数えない。

 基本的に、冒険者は国に従事するような依頼を受けないからだ。

 つまりサンドレイズ帝国は、少なくともアルフをヴェルデシア王国側の戦力として数えていなかったはず。


 アルフが国王の頼みを聞くのは、彼に恩があることと、目的が一致していることが理由だ。

 一致している目的とは、もちろんローズに会うことである。


「あんたがヴェルデシア王国に協力してるって分かれば、そもそも戦争を仕掛ける段階から考え直すかもね」


「それってもしかして……僕が強いから⁉」


「はいはい、強い強い。はぁ、じゃあそろそろ帰りなさいよ。もう用は済んだでしょ?」


「え、帰らないよ?」


「は?」


「国王に言われたんだ。少なくとも二週間は辺境に滞在してくれって。もう前払いで大金もらっちゃったし、当分は帰るつもりないけど」


「……」


 なんということだ。

 まさしく今、ローズの平穏な辺境生活が脅かされようとしている。


「今すぐ出ていけ……」


「え……」


「私のスローライフを邪魔する奴は、全員出ていけー!」


「うわぁぁあああ! ……は!」


 いつものように追いかけ回されそうになったアルフは、突然あることを思い出す。


「そうだハニー! もし僕を辺境に滞在させてくれたら、家の修理と“防護壁プロテクション”の手続きを全部僕がやってあげる! もちろんお代も僕が持つさ!」


「……何?」


 ローズの動きがピタリと止まる。


「交換条件としてはぴったりだとは思わないかい⁉」


「本当に全部の手続きをやってくれるのね?」


「ああ! 男に二言はない!」


「……」


 しばしの思案。

 そしてローズは、ため息と共に結論を出した。


「はぁ……分かった。交換条件だからね」


「や、やった……!」


「ただし、変な事したらすぐに追い出すから」


「大丈夫。僕らが肌を合わせることは、決して変な事では――――ぶふっ⁉」


 その言葉を言い終わる前に、アルフの体は宙を舞っていた。

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