第19話 決断
「どういうことだ……! エヴィー!」
「報告は以上です。現在あの辺境には、『特級』が二名滞在しています。ひとりはヴェルデシア王国の宮廷魔術師、ローズ=フレイマン。もうひとりは、『金色の剣聖』こと、アルフ=ランドメルクです」
「ふざけるな……! どうなっている⁉ 何故奴らはそれほどの戦力を辺境に置くのだ……!」
「……」
「作戦が読まれたか⁉ いや、あの猿どもにそんな知恵があるとも思えん……!」
エヴィーの報告を聞いたセブンは、ひじ掛けを叩いた。
辺境の地を攻め入るというのは、誰もが臆する戦法。
だからこそ、セブンはそれを実行した。
しかし、現在の辺境の地は、一級の魔物を軽々と蹴散らす特級の人間が守っている。
これではどれだけ戦力を注ごうが、安全に攻め入ることは不可能だ。
(宮廷魔術師がいるのはまだ分かる……だが何故、特級冒険者までもが辺境にいる……! 冒険者が国の防衛に参加するなどあり得ん!)
ワナワナと震える主を前にして、エヴィーは頬を掻いた。
「あの……始末しろって言われたら出撃しますけど、どうなさいます?」
「黙れ! 今考えている!」
「……」
無表情を貫いていたエヴィーだが、内心ひどく落胆していた。
(うちの大将のことだし、特級がいようが辺境を攻め落とせって言ってくれると思ってたんだけどなァ……結局はセオリー通りか)
エヴィーは、叶うのであれば再びローズと戦いたかった。
特級という称号を手に入れてからというもの、彼女の日常は退屈にまみれていた。
血沸き肉躍る戦いなど、もうどこにもない。
戦場に出れば蹂躙するだけ。
すべてがエヴィーの思い通りに進む。
しかし、それではつまらない。
彼女は味わいたいのだ。
自分の命を削るような、死線を
「――――いや、待て」
渋々ローズたちのことを忘れようとしていたエヴィーの前で、セブンは何かに気づいた様子で顔を上げた。
「ヴェルデシア王国に所属している『特級』の名を冠する者は、判明している限りでは二人だけ……ローズ=フレイマン、そして『全能』こと、宮廷魔術師エルドリウス。その二人だけで、奴らはここ数年さらに勢力を伸ばしている」
セブンは髪をかき上げ、にやりと笑った。
「特級を辺境に派遣するなど、本来愚かな行為……これでは正面から攻めてくれと言っているようなものではないか」
本来は二本あったはずの支柱が、一本になった。
どう考えても、攻め入るなら今だろう。
「……罠という可能性もあるが、こちらが全戦力を投入すれば、少なくとも有利を取られることはあり得ない……! いくらエルドリウスだろうが、特級が束になれば蟻同然」
「辺境を捨て、正面から攻め入るということですか?」
「他に何がある! 間抜けな連中に鉄槌を下すのであれば、これでいい……! これが一番いい!」
サンドレイズ帝国の戦力を信じているセブンは、高笑いした。
しかし、すぐにとあることに気づき、声を止める。
「……辺境にいるという二人の特級を放置しておくのは、あまりよくないな。事態に気づき、エルドリウスと合流されたらまずい」
「っ! ならば! ローズ=フレイマンの足止めとして、あたしを派遣していただけないでしょうか!」
「ふむ……そうだな。貴様の能力であれば、足止めも容易か」
「はい!」
「……では、ローズ=フレイマンの足止めは貴様に任せよう。アルフ=ランドメルクは……そうだな、第五部隊長、バレル=ジルクレイドを派遣するか」
「……あいつと一緒ですか」
エヴィーは同僚の顔を思い出し、露骨に嫌な顔をした。
「そう嫌な顔をするな。いくら貴様でも、特級を二人相手にするのは荷が重かろう」
「ええ……認めたくはないですが」
「貴様ら二人で、辺境を守る特級二人を足止めしろ。これは正式な命令だ」
「はっ!」
敬礼をしたエヴィーは、セブンの前を後にする。
一人になった部屋の中で、彼はククッと笑い声を漏らした。
「我を出し抜いたつもりかもしれんが……そうはいかん。待っていろ、ヴェルデシア王国……!」
◇◆◇
「どうして僕がこんなことを……」
「あんた、ここに来るたびに言ってるわよ、それ」
昼下がり。
薬草を摘むために森に入ったローズは、アルフにもそれを強要していた。
ローズの我儘に従わざるを得ない彼は、渋々カゴに薬草を入れていく。
「この薬草ってさ、ポーションの材料だよね」
「そうだけど?」
「どうして必要なの? 別にローズはポーションを必要としてないよね」
「別にいいじゃない、趣味なんだから。それに、いざという時にお金に換えられるでしょ?」
「もう大金を持ってるのに?」
「誰のせいで一気に減ったと思ってるのよ……」
「あ……」
地雷を踏んだことに気づいたアルフは、そそくさと薬草集めに戻る。
その姿を見て、ローズはため息をついた。
(どうしてこいつと仲良く薬草採取なんてやってるのかしら、私)
アルフの滞在を許したのは、他ならぬローズ本人。
しかし、交換条件に目が眩んだとはいえ、他人と暮らすというのは彼女に大きなストレスを与えていた。
一日、二日ならまだいい。
アルフは辺境の護衛としてここにいる。
つまり安全が確保されるまで、ここを離れることができない。
ローズだって、これがやむを得ないことくらいは分かっている。
だから滞在を許しているわけで。
本気で追い払おうと思えば、手段など選ばない。
「はぁ……高貴な僕の服が泥だらけだ……ハニー、帰ったら一緒にお風呂入らない?」
「死ね」
「ノータイム魔術⁉」
アルフが身を逸らすと、その真上を炎が通過した。
「危ないよ! 僕が死んだら未亡人になっちゃうよ⁉」
「なんで結婚してる前提なのよ……!」
逃げるアルフと、追うローズ。
アルフが滞在するようになってから、すでに一週間が経過していた。
しかし、二人の関係に一切の変化は見られない。
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