第17話 新たなる刺客

「部隊が全滅しただと⁉」


 怒りの形相になったセブン=サンドレイズは、怒号を発しながら席を立った。

 報告中のベルデントは、顔を青くしながら言葉を続ける。


「後続の兵士たちを送り込むわけにもいかず、いまだ確かな情報はありませんが……帰還予定日を過ぎても姿が見られないということは、おそらく辺境で遭難したか、あるいはもう――――」


「っ! 黙れ! 送り込んだのは我が軍の第一部隊を中心とした精鋭だろうが! 奴らが辺境の魔物ごときに敗北するはずがない!」


「ひっ……」


 セブンは荒い息を吐きながら、乱れた髪をかき上げる。

 サンドレイズ帝国は、他国と比べて軍事力が高い。

 それは彼らがうぬぼれで言っているわけではなく、自他ともに認められている事実である。

 相手が一級モンスターであっても、サンドレイズ帝国の軍が無残に敗北するわけがない。

 たとえ窮地に陥ったとしても、必ず何か情報を残して散るはず――――。


「……エヴィーを送れ」


「っ⁉ 第一部隊の隊長をですか⁉」


「そうだ。奴は特級兵士……辺境の魔物などもろともしないだろう。奴に討伐隊の調査をさせる」


「お、お言葉ですが……それでは帝国の守りが薄くなって――――」


「我に口答えするな! たとえエヴィーが帝都を離れたとしても、我にはまだ忠実な四人の特級兵士がいる! それにヴェルデシアの愚か者どもには、自分たちから仕掛けるほどの度胸などない」


「……承知いたしました」


 頭を下げ、ベルデントは帝王の間を後にする。

 

 サンドレイズ帝国の圧倒的な軍事力の理由は、軍の層の厚さにあった。

 存在する五つの部隊の隊長たちは、全員が特級の名を冠する兵士。

 彼らだけで、一国程度なら瞬く間に落としてみせるだろう。

 

 これより辺境へと送り込まれるのは、その一角。

 しかし彼らはまだ知らない。

 辺境にはそんな隊長たちを大きく超える化物が、勝手に住み着いていることを。


◇◆◇


「~♪」


 テラスに設置した椅子に腰かけ、ローズは未読の魔術書を開いた。

 サンドレイズ帝国の連中をヴェルデシア王国に引き渡してから数日が経過し、辺境の地には平穏な空気が流れている。

 一級モンスターの咆哮や、地鳴りのような足音も、ローズにとっては日常における多少の刺激に他ならない。


「……」


 しばらくページをめくっていたローズだったが、突然その手をピタリと止める。

 その視線が向くのは、国境がある方向。

 前回入り込んだ者たちとは大きく違う存在が、ヴェルデシア王国の領土へと入り込んできた。

 

「この距離でも分かる存在感……厄介そうな奴が来たわね。前の連中の安否を確かめに来たのかしら」


 いずれ来ると思っていた後続だが、まさかこんなに早く投入されるとは。

 よく知らないし、知りたくもないが、サンドレイズ帝王の思い切りの良さには素直に感心する。


(この隠し切れない気配……一級兵士で駄目だったから、特級を送り込んできたわけだ。面倒臭いわねぇ、ほんとに)


 ため息をつき、ローズは栞を挟んで魔術書を閉じる。

 そしてその体をふわりと浮かび上がらせると、気配のした方向へと飛びたった。


「……あれ?」


 気配が強い場所に降り立ったローズは、周囲を見回す。

 しかしそこには生い茂る木々があるだけで、人の姿どころか魔物の姿も見えない。

 ただ、気配は間違いなくここにある。


「……っ」


 ローズの肩がピクリと跳ねる。

 今、魔力が動く気配がした。

 

(……隠れているんだろうけど、これだけ気配を感知させてるってことは、私をここまでおびき寄せたかったのね。あいつらも闇に紛れるためのローブを着ていたし、薄暗い森なら自分にアドバンテージがあるって考えたのかしら)


 その考えは、ローズを相手にした場合は悪手でしかない。

 彼女は指を弾き、“華炎”を生み出す。

 辺り一帯を焼き尽くせば、もう隠れられない。

 あまりにも野蛮な行為だが、最も効果的であることは言うまでもなかった。


「どこの誰か知らないけど、出てこないならこの森を焼き払うわ!」


 ローズが火の玉を頭上に掲げる。

 次の瞬間、再び魔力が動く気配がした。


(真下――――)


 魔力が動いたほうへ視線を向ければ、そこには火の玉によって生まれたローズ自身の影があった。

 その影の中から、突然鋭い剣が飛び出してくる。


「っ!」


 ローズはとっさに魔力強化を施した手で剣先を掴む。

 すると影の中から、女の声が聞こえてきた。


『ヒヒっ、それ、せいかぁい。もし跳んで避けようとしてたら、あたしの剣はあんたの体のどこかしらを貫いてたよ』


「でしょうね……どう動いたって、影は必ず私についてくるもの」


『もうそこまで分析したのか? マジで厄介そうだな、あんた』


 影の中の人物が他の動きを見せる前に、ローズは自身の影を炎の光で照らす。

 すると影はなくなり、中に潜り込んでいた人物は弾き出されるようにして外に飛び出した。


「ヒヒっ! この冷静な判断力! あんたも特級だね⁉」


 影から出てきたのは、黒い装束を身にまとった黒髪の女。

 全身を黒で包み上げた彼女は、常人ならば意識を保っていられないほどの殺意をローズへと向けている。

 涼しい顔でそれを受け止めたローズは、黒装束の女を観察するために目を細めた。


(影に潜む魔術……使える術師がいることは知ってたけど、実物に会うのは初めてね)


 影を操る魔術は、とある暗殺家系でのみ相伝されているもの。

 故に魔術式は解明されておらず、使い手の存在も公になっていない。

 数多の魔術に精通しているローズでも、この“操影そうえい”と呼ばれる魔術の原理は知らなかった。


(薄暗い森の中に黒装束ってだけで見失いやすいのに、影にまで溶け込めるってわけね。ほんと厄介)


 木々の影に逃げ込まれたら、間違いなく見失う。

 ということはつまり、ローズが最初に取ろうとした行動は、間違っていなかったということ――――。


「“三分咲きドライブルーム”――――」


「させねぇよォ!」


 魔力が凝縮されるのを見て、黒装束の女は瞬時にローズとの距離を詰めた。

 森を焼き払うという意図は、すでに敵にも読み取られていたらしい。


「おらッ!」


 女の振った剣を、ローズは身を反らしてかわす。

 ローズとしても、手の内が分からない敵と接近戦はしたくない。

 かわした勢いを利用して後ろへ跳ぼうと足に力を込めた、その瞬間。


「それもだーめ! “影縛り”!」


「っ!」


 ローズの足元にあった影が突然浮かび上がり、その足を地面に固定してしまう。

 距離を取れなくなったローズに対し、女は拳を振りかざした。

 

「ぶっ飛べ……!」


 膨大な魔力が込められた拳が、ローズの胴を直撃。

 足を縛っていた影すら引きちぎり、その体は大きく吹き飛び地面を転がった。


「ヒヒっ、あんただよな? あたしの可愛い部下たちを帰還できなくさせたのは? 今頃どこだ? 殺したか? それとも国に引き渡したか?」


「……うるさいわね。答える義理ないでしょ」


「おっと、まだまだ動けんのね……」


 何事もなかったかのように立ち上がったローズは、服についた砂埃を叩いて払う。


(結構いい一撃が決まったと思ったんだけど……“魔力強化”で防がれたか? もうちょい殺す気でいかねぇとダメかな)


 黒装束の女は、自身の拳を握っては開いてを繰り返す。

 彼女に与えられた任務は、部下たちの行方を知ること。

 情報源であるローズをこの場で殺すことはできない。

 それでも今の一撃は、戦闘不能にするつもりで繰り出していた。

 普通なら、まともに立っていられるはずがない。


「……一応確認しておくけど、あんたもサンドレイズの人間ってことでいいのよね」


「ん? ああ、気になるんなら名乗ってやるよ。サンドレイズ帝国軍第一部隊隊長、エヴィー=バランだ。あたしの部下がここで行方不明になったから、その捜索に来てやったってわけ」


「そ。はぁ……次から次へと」


 ローズの額に青筋が浮かぶ。

 目の前にいるエヴィーと名乗った女は、辺境を荒らす不届き者。

 つまり、ローズの敵である。


「今すぐ踵を返して逃げ帰るなら、見逃してあげるわ」


「ヒヒっ! ほざくなよ! まだまだ楽しもうぜェ!」


「……」


 楽しそうに笑いながら、エヴィーはローズに向かって飛び掛かった。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る