第16話 エルドリウス

「――――ってなわけで、急にあいつらが押し掛けてきたから、ボコって縛り上げたの」


「そ、そうか……ご苦労だったな、ローズ」


「勘違いしないで。たまたま私のところに来たから撃退したってだけだから」


 国王、ブラウン=ヴェルデシアに対し、ローズはそう言い放つ。


「なんにせよ、一陣を止められたのはお前のおかげだ。礼を言わせてくれ、ローズよ」


「はいはい……」


 すでに連中の引き渡しは済み、今頃地下牢で尋問を受けている頃だろう。

 これ以上王都に用はない。


「ローズ、辺境での生活はどうだ?」


 このまま玉座の間を後にしようとしたところ、ブラウンがローズに声をかける。


「……別に、のんびりやらせてもらってるわ。仕事もなくて清々してる」


「そ、そうか……」


「何よ。言いたいことがあるの?」


「その……やはり戻ってきてはくれぬか? こうしてサンドレイズ帝国に狙われている以上、やはりお前の力も借りたいのだが」


「絶対嫌」


「いいじゃんケチ。国を守るくらい」


 国王の威厳はどこへやら。

 ブラウンはローズ以外誰もいないのをいいことに、いじけた様子で指をつんつんと突き合わせる。


「何がケチよ。私がまた王都に滞在するようになれば、あのバカ師匠は絶対また国を離れるわよ! そしたら面倒臭い仕事は全部私に押し付けられるに決まってる! それが嫌だから辞めたんでしょうが!」


「おーおー、さすがはオレの弟子。オレのことがよく分かってんねぇ」


「ああ⁉」


 鬼の形相を浮かべて怒りを爆発させているローズが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


 着崩したシャツに、ボサボサの黒髪と無精髭。

 口元にはタバコ、耳には無数のピアス。

 一応宮廷魔術師の証である真っ白なローブを肩にかけているが、格好がだらしなさすぎて、台無しになっている。

 しかしそのローブの袖に通された腕章の色は、金。

 金色の腕章は、特級魔術師・・・・・の証である。


「エルドリウス……」


「師匠って呼べや、バカ弟子」


 そう言いながら、エルドリウスは小馬鹿にした笑いをこぼす。

 次の瞬間、ローズは“魔力強化”を施した拳を放っていた。


「おっと、こんなところでいちいち殴ってくんなよ。それともなんだ? またオレの稽古が恋しくなったのか?」


「あんたと再会したら一発はぶん殴るって決めてたのよ……! 大体、あんたからまともな稽古を受けた覚えなんてほとんどないっつーの!」


「あちゃー、出来の悪い弟子にはオレの優秀な指導は理解できなかったかー」


 ローズの華麗な回し蹴りを、エルドリウスはまるで暖簾を潜るかのような動きで避けてしまった。

 自身の一撃をことごとくあしらわれ、ローズは顔をしかめる。


「おいおい、ここで暴れんでくれ……特にローズ、お前がキレたらこっちは手が付けられんぞ」


「はぁ……分かってるわよ」


 渋々と言った様子で、ローズは構えを解く。


「お利口さんだな」


「黙れ」


「はいはい……まったく、いくつになっても可愛くねぇ女だこと」


 肩を竦めた彼は、宙に向かってタバコの煙を吐く。

 

 特級宮廷魔術師、エルドリウス。

 魔術師、冒険者、その他様々な特級の称号がつく職業すべてひっくるめた上で、その頂点に立つとされている男。

 しかし働き者だったローズと違い、彼には病的とまで言えるサボり癖があった。

 故に実力的には尊敬されているものの、国一番の嫌われ者としても有名である。

 そこに親しみはこもっているようだが――――。


「で、何? お前宮廷魔術師辞めたんだって?」


「ええ、そうだけど」


「ふざけんなよ。オレの仕事が増えただろうが」


「知らないわよ。元々あんたがやる予定だった仕事まで私がやってたんだから、そのツケが回ってきたと思いなさい」


「弟子が師匠の仕事を受け持つのは当然だろ?」


「本気でそう思ってるなら、やっぱり今ここで決着をつけてやる」


 再び臨戦態勢に入ろうとしたローズを見て、ブラウンが慌てて二人の間に割って入る。


「やめんかやめんか! ローズ! こやつを殺すならどうか王都の外でやってくれ」


「おい、じいさん。その言い分だとオレが殺されるのは別に構わないって言ってるように聞こえるぜ?」


「まあ……いいじゃろ、別に」


「ふざけんな! よくねぇよ!」


「ワシだってお前のわがままっぷりには振り回されとるんじゃ! ローズに仕事を押し付けた責任を取って散れ! そしてついでに戻ってくるよう説得しろ!」


「うるせぇ! 弟子に頭なんて下げてやるもんかよ!」


 ぎゃーぎゃーと喚きたてる二人を見て、ローズは大きなため息をついた。

 どうやら王もかなり鬱憤が溜まっていたようで、エルドリウスへの罵倒が止まらない。


「もう! 育ててやった恩義を忘れたか!」

 

「もうとか言うな! 気持ち悪ぃな! ……それに、別に恩義は忘れてねぇし」


「……はぁ、まあよい。ローズ、少し真面目な話をさせてくれ」


 突然ブラウンから真面目な表情で話しかけられ、ローズは首を傾げる。


「お前が妨害したことで、おそらくサンドレイズの者は別の手立てを考えるだろう。しかし、今一度辺境を襲ってこないとも限らん。国の防衛に参加してほしいという気持ちは捨てきれんが、ほとぼりが冷めるまで王都にいるというのはどうだ?」


「んー……」


「そう何度も襲われては、お前とて気は休まらんだろう」


 それはそうだ。

 あの程度の連中であれば、たとえ数百人集まろうとローズの敵ではない。

 しかし絶えず攻めてこられるようなことがあれば、その忙しさで宮廷魔術師時代の忙しさを思い出し、ローズは精神的なダメージを負うだろう。

 それではせっかくのスローライフが台無しだ。

 ここにいれば、少なくとも常に警戒しておく必要はなくなる。


「……ま、私なら大丈夫よ。魔物の殲滅にも失敗して、敵国に情報まで抜かれた以上、いくらプライドが高い帝国だって別の手段を取るわ。私はそこにいるバカが事態を終息させるまで、のんびり高みの見物でもしとく」


「そうか……残念だ」


「期待に沿えなくてごめんなさいね。……それじゃ」


 そう言い残し、ローズは玉座の間を去っていく。

 残ったエルドリウスとブラウンは、揃って大きなため息をついた。


「相変わらず素直じゃないねぇ、あのバカ弟子は」


「まったくじゃ……あやつ、一生辺境から出ないつもりだぞ」


「だろうな。なんだかんだ言って、オレなんかよりもよっぽど愛国心あるし」


 敵国が辺境を狙ってきた以上、そこは決して無視していい土地ではなくなった。

 依然、ヴェルデシア王国は辺境周辺の警戒を高めることができない。

 対策としては、せいぜい王都を中心に辺境方面の守りを硬くすることくらいだろうか。

 魔物除けとして特級魔術師であるエルドリウスを常駐させられるのであれば、辺境に監視塔を建てることもできる。

 しかし、それはそれで本末転倒。

 王都からエルドリウスがいなくなれば、サンドレイズ帝国は真正面から攻めればいいだけの話。

 どこから攻めていくか。

 それを選べる段階で、サンドレイズ帝国はこの戦いにおけるアドバンテージを持っている。


 ただ、仮に特級宮廷魔術師がもう一人いたら、話は大きく変わる。

 スローライフを満喫したいと考えているのは真実。

 それに加え、付き合いの長い二人は、ローズの本当の考えを理解していた。


「あいつは辺境の見張りを一人で受け持とうってんだ。バカだねぇ、オレならそんな面倒臭いこと絶対にやらねぇな」


「いや、やってくれよ」


 そんなブラウンのツッコミが、玉座の間に響いた。

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