第15話 根源的恐怖

「アイザック副隊長……こいつ、多分有象無象じゃ相手になりません」


「……同感だ。総員下がれ! この女は俺とダレンでやる!」


 アイザックの指示通り、部隊のメンバーは距離を取った。

 目の前の女と戦うなら、仲間の半端な援護はかえって足手まといになる。

 純粋な力のぶつかり合い。

 この場を制するのは、それだけだった。


「二人しかかかってこないの? 残念、まとめて薙ぎ払えた方が楽なのに」


「っ……! ほざけ!」


 ダレンはもう我慢の限界だった。

 さっきからこの女は、誇り高きサンドレイズ軍に舐めた口を利いている。

 ここで彼女に許されているのは、悲鳴を上げて逃げ出すか、命乞いのために頭を下げるかの二択。

 立ち向かう、ましてや自分たちを挑発するなど、許しておけない。


 鋭い踏み込みで、ダレンはローズとの距離を詰める。

 そして近づきざまに一閃。

 彼女の肩口から反対の腰まで両断できるよう、剣を振り下ろした。


「案外いい太刀筋ね、当たらないけど」


「チィ!」


 常人ならば反応すらできないはずの、神速の一撃。

 それをローズは一歩後ろに下がっただけでかわした。

 自分の剣が見切られた事実に、ダレンの背中に冷や汗がにじむ。


(魔力量からして、こいつは魔術師で間違いない……! それなのに、どうして俺の一撃をかわせるんだ⁉)


 ダレンの剣は、他者と比べて明らかに速い。

 剛剣のアイザックと対になるよう、彼の剣術は力強さよりも速度に特化したものだ。

 そんな彼の剣が、ことごとくかわされている。

 しかも屈辱的なことに、大げさに距離を取ってかわされているわけではなく、すべて紙一重でかわされてしまっていた。

 これはつまり、ローズにはダレンの剣がすべて見えているということ。


「二級と一級の間ってとこか。あ、今は準一級制度があるんだっけ? じゃあそれか」


「くっ……」


「確かに剣速は速いけど、これじゃ私の弟子の方が強いわね」


 ローズはフィルの剣を思い出す。

 ダレンが彼に大きく勝っている部分は、場数だった。

 間合いを調節しながら動いているところは、まだフィルには見られない玄人の戦い方である。

 しかしその他の部分は、フィルの方が上。

 特に全身への“魔力強化”を習得した彼なら、きっとダレンを圧倒するはずだ。


「ダレン! 屈め!」


「っ!」


 背後から聞こえてきた声に従い、ダレンはすぐにしゃがみ込む。

 すると彼の頭上を、鉄の塊が通過した。

 もちろんそれは剛剣のアイザックの持つ長剣。

 ダレンの背に隠れローズの視界から逃れていた彼は、そのまま距離を詰めることなく全力で剣を振ったのだ。

 普通の剣ならば完全に間合いの外。

 しかしアイザックの長い手足、そしてこの長剣があれば、ダレン越しであっても剣先が届く。

 たとえ剣先であっても、この重たい鉄の塊であればローズの胸元を容易く破壊するはずだ。


「ふーん、いい連携ね」


 ――――そう、相手が『特級』でなかったのなら。


「なっ……!」


「“華炎剣フラルスパーダ”……私にこの技を出させるなんて中々のものよ?」


 ローズの手には、いつかサウザンドサーペントの首を落とした炎の剣が握られていた。

 さすがのローズでも、一級の剣士の一撃を生身で受け止めることはできない。

 “魔力強化”によって致命傷は負わないにしろ、ダメージは避けられないだろう。

 何より、自身の体に傷がつくことを、ローズは許せない。

 

「たかが女の腕力……! このまま押し込んで――――」


「ん? 女がなんだって?」


 力で押し切ろうとするアイザック。

 しかしどれだけ力を込めようとも、ローズを剣ごと叩き切ることはできなかった。


「副隊長! そのまま!」


 ただ、ここにいるのは彼だけではない。

 アイザックの渾身の一撃は、ローズでも両手を添えなければ安定して受け止めきれなかった。

 つまり現在、彼女は両腕が塞がっているということ。

 そんなチャンスを、ダレンは見逃さない。


「ふッ!」


 低い姿勢から、ダレンは剣を突き上げる。

 放たれた神速の剣先は、真っ直ぐローズの心臓へと向かっていった。


(勝った……!)


「えい」


「……え?」


 確実に心臓を穿つはずだったダレンの剣が、手元から消える。

 どうやら、目の前にいる女に蹴り飛ばされた・・・・・・・らしい。

 

「惜しい、あとちょっとだったわね」


「ぶっ――――」


 ローズはダレンの顔をブーツの靴底で蹴り飛ばす。

 頭が吹き飛ぶ勢いで仰け反ったダレンは、そのまま地面を転がった。


「ダレン⁉」


「あんたも、いい加減力比べは意味ないって悟りなさいよ」


「っ!」


 “華炎剣フラルスパーダ”を用いて、ローズはアイザックの長剣を絡めとる。

 そして片足を軸に身を翻し、後ろ蹴りを彼の腹へと叩きこんだ。


「ぐはっ……⁉」


 肉を打つ鈍い音が響き、アイザックは後方へと吹き飛ぶ。

 絡め取られた長剣を、ローズの手元に残して。


「さすがは軍人。連携力はピカイチね。ま、誰かとつるんでる時点で私に勝てるとは思えないけど」


「はぁ……はぁ……貴様は、一体……」


 腹部を抑えながら、アイザックは体を起こす。

 今の一撃で、肋骨が四本ほど折れた。

 衝撃が内臓を揺らし、口からは血が零れている。

 

 ダレンもかろうじて意識があるようで、なんとか立ち上がろうともがいていた。

 鼻からは大量の血液。

 どうやら鼻の骨が折れてしまっているようだ。


「さあね。別に何者だっていいじゃない。どうせあんたたちは、ここで死ぬんだから」


 まるで悪役のようなセリフを吐きながら、ローズは奪った剣を適当に放り投げ、“浮遊フロート”で宙に浮かび上がる。

 整った顔立ちに、赤い髪、そして周りを渦巻く真紅の炎。

 さながら、炎の女神とでも名付けるべきか。

 アイザックたちは、敵ながらにその姿に見惚れそうになった。

 

「“三分咲きドライブルーム”――――」


 ローズの手に、紅き炎が灯る。

 花弁が集まり、やがて塊と化したその炎は、日々過酷な鍛錬を積んでいるはずのサンドレイズの者たちに、根源的な恐怖を与えた。


(ああ、俺たちは……ここで死ぬのか)


 ダレンはローズの炎を見て、死を悟った。

 彼の体から力が抜ける。

 逃れられない運命を前にして、彼はすべてを諦めた。


「――――“レッドベロニカ”」


 ローズの炎は空中で拡散。

 アイザックやダレン、そして他の部下たちに向かって落ちてくる。

 

 激痛、そして絶叫。

 

 自分たちが叫んでいることにすら気づかず、彼らは全身を焼かれる痛みにのたうち回った。


「そんな……我らは……誇り高き……サンドレイズ帝国の……」


 ローズが放り投げたことで地面に突き刺さった長剣。

 アイザックは自身の相棒であるその剣に向かって、必死に手を伸ばす。

 しかし彼の手は剣に届く前に、ぱたりと地に落ちた。


「大丈夫、です……副団長……俺たちの仇は……きっと、エヴィー隊長が……果たして……」


 火に包まれたまま、ダレンもがくりと項垂れる。

 そうして辺りに静寂が訪れた。


「……見上げた根性ね」


 ローズが指を鳴らせば、彼らの体を包んでいた炎は跡形もなく消える。

 火傷は負っているものの、ローズは彼らの命を奪うような真似はしなかった。

 彼らが気絶したのは、呼吸困難による窒息のせい。

 炎が酸素を燃やし尽くし、彼らの呼吸を妨げたのだ。


「面倒臭いけど、あんたらのことは王国の連中に任せるわ。そこでこってり絞ってもらいなさい」


 地面にふわりと降り立ったローズは、魔力袋からロープを取り出した。

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