第14話 遭遇
「ふわぁ……今日もよく寝たわ」
フィルたちが辺境を出てから、さらに一週間ほどが経過した。
今日も今日とで一人を謳歌しようとするローズは、日光浴のために家の外に出た。
「って、曇ってるじゃない」
空を見上げ、ローズは残念そうにつぶやく。
彼女の言う通り、空は曇天。
今にも雨が降りだしそうなその様子に、彼女は朝っぱらから気分を害した。
「さすがに蛇と熊にも飽きたから、別の魔物を狩りに行こうと思ってたのに……まあいいか、降られても。別に濡れたって乾かせるし」
いつかのように魔力袋だけを持った彼女は、散歩がてら森へと入ることにした。
◇◆◇
「――――前方、ブラックウルフ確認」
「了解、討伐開始」
黒いローブを纏った者たちが、馬に乗って森を駆けている。
彼らの前には、ブラックウルフの群れがいた。
ブラックウルフは二級の魔物。
群れで行動し、数によっては一級モンスターすらも狩る危険な魔物だ。
ブラックウルフに対し、ローブの者たちは真っ直ぐに突っ込んでいく。
そして馬から飛び降りながら、各々の武器をブラックウルフに対して振り下ろした。
『ガァ⁉』
「くたばれ、犬っころ」
魔力を纏った刃が、ブラックウルフの体を両断する。
辺り一面に鮮血が飛び散った。
「……今のところ楽勝っすね」
ブラックウルフを片付け、辺りに血の匂いが広がる中、一人の男がローブのフードを外した。
彼の名はダレン。
サンドレイズ帝国軍第一部隊の
実力としては、準一級。
準一級は、一級には及ばないものの、二級にカテゴライズするほど弱くはない者に与えられる、中間の称号だ。
「油断するな、ダレン。群れは驚異だが、今の魔物も所詮は二級……問題なのは、この先に待ち受けているであろう大型モンスターとの連戦だ」
「分かってます、アイザック副隊長」
アイザックと呼ばれた男は、絶えず辺りを警戒していた。
サンドレイズ帝国第一部隊副隊長――――それがアイザックの肩書。
実力はダレンを超える一級クラス。
彼はこの場にいない隊長に代わって、部隊を仕切らねばならない立場にあった。
「皆の者。すでに我々は国境を越えてヴェルデシア王国の領地内にいる。敵国の人間の気配は感じられないが、くれぐれも派手なことはするな。我々の存在が気づかれたら、帝王の戦略が無に帰すことになる。愛する帝王のため、命をかけて使命を全うするぞ」
彼に従う兵士たちは、こぞって武器を天に掲げる。
両国は、この辺境の地に関所を設けていない。
一級の魔物がうじゃうじゃといるこの地域では、関所の管理などできっこないからだ。
つまり、辺境に見張りの目はない。
ヴェルデシア王国も調査という名目で見回りにくることはあれど、周期は月に一度程度で、森にはほとんど入らない。
侵入は容易。
そして一級の魔物たちも、彼らが慎重に減らしていけば、やがてはすべて駆逐される。
このままでは間違いなく、ヴェルデシア王国は敵の不意打ちを許す羽目になってしまうのだ。
「っ、アイザック副隊長、新手です」
「そうか……皆の者、武器を構えろ」
彼らの前に現れたのは、辺境ではよく見かけるサウザンドサーペントだった。
本来は一匹現れただけでも大騒ぎな化物に対し、兵士たちは果敢に挑む。
副隊長と三席を除いて、他の者たちは二級を主軸に構成されていた。
彼らは単体ではサウザンドサーペントに勝てないものの、厳しい訓練によって連携力を身につけたことで、集団戦ならば圧倒できるほどのパフォーマンスを見せる。
「「「“
『シャァァアアア!』
前衛が気を引いている間に、後ろに回り込んだ魔術師が魔力で作った鎖でサウザンドサーペントの身動きを封じる。
これでサウザンドサーペントは、尾を用いての攻撃が不可能になった。
「「「“
そして別の者たちが、前衛にバフをかける。
前衛は、跳ね上がったそのパワーで、各々の武器をサウザンドサーペントに叩きこんだ。
頭を破壊されたサウザンドサーペントは、そのまま息絶える。
「よい連携だったぞ、お前たち。だが浮かれて警戒を忘れるな。この程度の敵はまだまだ出てくるぞ」
アイザックの指示に従い、サウザンドサーペントを片付けた者たちはすぐに周囲を警戒し始めた。
そう、彼らは間違いなく警戒していたのだ。
それでも、
「……え?」
「ん?」
彼らが進もうとしたその時、彼女は現れた。
まるで散歩でもしているかのようにラフな格好で、彼女――――ローズは森を歩いている。
ダレンやアイザックは、一瞬ローズの存在を見間違いかと思った。
しかし目立つその赤い髪は目の前から消えておらず、向こうも驚いた様子で自分たちの方を見ている。
両者、しばしの見つめ合い。
そして状況を勝手に頭で整理したアイザックは、ローズに向かって口を開いた。
「まさかこんな辺境の地に人間がいるとは……その軽装、もしや捨て子だな?」
「いや、違うけど……てか十八だし、子って歳じゃないし」
「状況も飲み込めぬか……哀れだな。本来であればその哀れさに免じて見逃すところだが、残念ながら我々は任務の真っ最中。申し訳ないが、ここで死んでもらうぞ」
アイザックがぬらりと光る剣を抜く。
途端に走る緊張感。
『剛剣のアイザック』それが彼の二つ名。
彼の長剣から放たれる一撃は、湖すら裂き割る威力を持つ。
細身の女性の体など、いとも容易く両断してしまうことだろう。
「恨むな、これもすべては我が帝王のため――――」
「……ねぇ、あんた」
「む?」
「もしかして、私に喧嘩売ってる?」
ローズが帝国軍を睨みつける。
アイザックが支配していた場が、一瞬にしてローズの支配下に置かれた。
「私に対して、『死んでもらう』とか抜かしたわね。あんたらがどこの誰かは知らないけど……吐いた唾、飲むんじゃないわよ?」
「っ! 総員! 戦闘準備!」
目の前の女の脅威に気づき、アイザックはすぐさま声を上げる。
ローズは、魔物に接近を感づかれないよう、ずっと気配を隠していた。
魔力を解き放ったことで、ローズの気配がはっきりと浮き彫りになる。
(なんだこの女は……! エヴィー隊長と同等――――いや、そんなまさか……!)
「副隊長! この女……!」
「う、狼狽えるな! 我々の姿を見た者を生かしておくわけにはいかん! ここで必ず息の根を止めるぞ!」
「は……はい!」
副隊長と三席の二人は、着ていたローブを脱ぎ捨てる。
影に潜むための漆黒のローブは、彼女との戦闘において足かせと判断した。
「その鷹の入れ墨……あんたら、サンドレイズの連中ね」
彼らの首元には、気高き鷹の紋章が掘られていた。
それはサンドレイズ帝国の紋章。
一生消えることのない、帝国にその身を捧げることを誓った証である。
「左様。だが、我々のことを国に報告されるわけにはいかん」
「相変わらず帝国の連中はおめでたいわね……」
ローズが肩を竦めた瞬間、その体目掛けて無数の鎖が飛んでくる。
「「「“
「あら」
魔術師たちが飛ばした鎖が、ローズの体を縛り上げる。
身動きが取れなくなった彼女を見て、アイザックは目を伏せた。
「……我々に意識を取られ、魔術師たちの“
「警戒? そんなものいらないでしょ」
「まだ強がりを言う余裕があるか」
「強がりなんかじゃなく、あんたら相手に警戒なんて必要ないって言ってんの」
突然、ローズを縛っていた鎖がドロドロに解けていく。
鎖を放った魔術師たちは狼狽え、顔を見合わせた。
「魔術を……溶かした?」
「生きて帰さないはこっちのセリフ。私の土地に土足で踏み込んで、ただで済むと思わないで」
ローズは拳を鳴らしながら、アイザックたちのもとへ一歩踏み込んだ。
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