第13話 策略

(必要なのは、熱。炎は熱と光の反応……炎がある限り、熱は無限に発生する。きっとローズさんは、体内で熱源を作って、それを操ってる……私にはまだ、それはできない)


 揺らめく炎から立ち昇った熱が、ユナの周囲を包み込む。

 しかし、ユナの額には汗の一滴も流れていなかった。

 

(だったら、熱を発生させて、それを集めればいい)


 熱と炎が、ユナの頭上に集まっていく。

 そうして生まれた火球は、ローズの“華炎”に近い紅色へと変化した。


「“発芽ノ火ゼロスブルーム”――――“レッドスプラウト”」


 火球がサウザンドサーペントに放たれ、直撃する。

 凝縮された炎と熱が一気に解き放たれ、サウザンドサーペントを瞬く間に火達磨にした。


『しゃ……あ……』


 全身をこんがりと焼かれたサウザンドサーペントは、そのまま絶命した。

 完全に動かなくなったことを確認して、フィルとユナは顔を見合わせる。

 

「ユナ……!」


「フィル!」


 駆け寄った二人は、そのままハイタッチをかわす。

 苦戦したサウザンドサーペントを、たった三日の鍛錬で瞬殺。

 その事実は、二人に大きな自信を与えた。


「ローズさん……! 俺たち……!」


「お疲れ様。ま、いい感じなんじゃない?」


 ローズが笑ってみせると、二人の顔がパッと明るくなる。

 実際、二人の実力は二級の域を大きく超えた。

 おそらく一級の中でも上位と言っていい。

 元々二人は、惜しまぬ努力を重ねてきた。

 素質と努力、それらをすでに持っていた二人が強くなるために必要だったのは、気づき。

 彼らは、これからもまだまだ伸びていくことだろう。


「フィルは全身強化の練度も上がってるし、前衛の実力としては申し分ないわ。ユナに関しては……うん、魔術師の常識を覆すようなことやってくれたわね。外部から熱を集めるなんて発想、私にはなかったし」


「ローズさんと違って、発動までに準備が必要ですけどね……熱を集めないといけないですし、魔力も多めに食っちゃいますし、威力もまだまだですし……」


「そんなのどうでもいいわよ。私以外で“華炎”を使えるのは、今のところあんただけ。むしろ誇りなさい」


「……はい!」


 こうして、二人の一級昇格試験は終了した。

 

 何度も何度もローズにお礼を言った二人は、サウザンドサーペントの討伐証明部位として、その牙を魔力袋に入れて持ち帰る。

 後日、王都にある冒険者ギルドは、彼らからその牙を受け取り、一級冒険者のライセンスを発行した。

 やがて二人は王都でさらに名の知れた冒険者に成り上がっていくのだが、それはまた、別の話である。


◇◆◇


「はぁ~、久しぶりの一人最高……」


 フィルとユナが帰った日の夜、ローズはほぼ三日ぶりの一人を満喫していた。

 湯船にゆったりと浸かり、大声で歌を歌う。

 こんなこと、他人がいたら絶対にできない。


「あいつらはあいつらで悪い奴らじゃなかったけど……やっぱり一人がいいわね、気楽だし」


 入浴剤の溶けた湯が、ローズの動きに合わせて揺らめく。


 これまでも、ローズは宮廷魔術師として複数人と行動を共にしたことが何度もあった。

 しかし誰も彼も彼女からすれば役立たず。

 自分一人で来た方が楽だったなんて経験も、一度や二度ではない。

 故に他人に対して、彼女は信頼という概念を忘れていた。


 誰といても、無意識に疑う。

 誰といても、無意識に警戒する。

 

 彼女の気が休まらない理由は、そこにあった。


「明日から……どうしようかな」


 その声から、感情は読み取れない。

 寂しさを感じているのか、それとも本当に何も思っていないのか。

 少なからず、ローズの目には、これまでにはなかったはずの揺らぎが見えた。


◇◆◇


 サンドレイズ帝国、帝王の間――――。

 世界有数の軍事国家の王の部屋には、複数人の女性たちが喘ぐ声が響いていた。

 女性に囲まれ、彼女たちを愛撫している王は、その獰猛なギラついた目を部屋の入口へと向ける。


「……何用だ、ベルデント」


「ふぉふぉふぉ……失礼します、セブン様。相変わらずお盛んでありますな。帝王の間にまで女性を招くとは」


 ベルデントと呼ばれたサングラスをかけた老人は、ニタニタと笑いながら部屋に入ってくる。

 そんな彼に対し、帝王は怒りの形相を浮かべた。


「何度言わせれば分かる。我をファーストネームで呼ぶな」


「おっと、これは失礼いたしました。幼い頃からそうお呼びしていたもので、つい癖が抜けずに」


 サンドレイズ帝国の帝王は、この国そのもの。

 故に代々王を継ぐ者には、固有の名前は与えられず、次世代の数字が割り当てられる。

 彼の名は、『セブン=サンドレイズ』。

 セブン、つまり彼は七代目サンドレイズ帝王ということだ。

 彼は自身に与えられた数字を憎んでいる。

 この世界においてサンドレイズ帝国がもっとも強大で勇ましい国と信じてやまないセブンは、国自体を私物化していた。

 そして自分の前に六人もの先代がいるという事実すら、彼にとっては許しがたい。

 まるで他者が築いたお古・・を譲り受けたような感覚がして、セブンは己の名を呼ばれることを特に嫌っていた。


「さっさと要件を話せ。このままでは猛りを鎮めることができん」


「承知でございます。私に命じておられました、辺境への突入部隊の準備が整いました。いつでも出撃可能でございます」


「ほう、そうか。ずいぶん仕事が早いな」


「サンドレイズ帝王の威厳の賜物でございます。貴方様のためならば命を落とすことすら惜しまないという者が、山ほど集まりました。彼らであれば、辺境の魔物を絶滅させる勢いで戦い続けるでしょう」


「素晴らしい。我が国の人間はそうでなくてはな! これであの忌まわしきヴェルデシア王国の不意を突ける……!」

 

 セブンは高笑いする。

 彼らの目的は、ヴェルデシア王国の考えの裏を突くことだった。

 辺境の地は強い魔物が溢れ、どんな軍でも無事に通り抜けることは難しいとされている。

 それは正しい。

 いくらサンドレイズ帝国の鍛え上げた軍隊でも、辺境の魔物は厄介な相手。

 軍勢を送り込んだとして、ヴェルデシア王都までたどり着けるのは全体の六割といったところだろう。

 そして生き残ったとしても、大きく疲弊してしまうことは避けられない。

 故に、ヴェルデシア王国は辺境側に対する警戒を怠っていた。

 

「辺境の魔物を減らし、我が軍の道を作る……さすれば愚かなヴェルデシアのゴミどもは混乱し、我らに対して決定的な隙を見せるだろう。もちろん、集まった連中は一級以上の実力者なんだろうな?」


「はい。全体を一級、二級で固め、状況に応じて特級冒険者を送りこむ予定でございます」


「良き采配だ。特級を送り込む場合は、その他の者を撤退させることも忘れるな。奴らのような化物は、一人でいる方が実力を発揮しやすい」


『特級』の名を冠する者は、誰もが規格外。

 雲を断ち、山を穿ち、海を割る。

 天災に匹敵する実力者たち、それをこの世では、『特級』と呼ぶのだ。


「ではそのように。お時間を取らせましたな。後はごゆるりと……」


「言われなくともそうする。さっさと消えろ」


「ふぉふぉふぉ……承知いたしました」


 ベルデントが帝王の間を後にする。

 それからすぐ、再び女たちの喘ぎ声が響きだした。

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