第11話 予期せぬ鍛錬
「「はぁ……はぁ……」」
「はーいお疲れ」
へとへとになって戻ってきたフィルとユナを、ローズが出迎える。
(私の見立て通り、やっぱこいつら天才ね。私ほどじゃないけど)
ローズの目には、ここに来た時と比べて明らかに強くなっている二人の姿が映っていた。
魔力量といった分かりやすい値が増えているわけではない。
しかし、二人とも何かを掴んだような顔をしていた。
たった一日の成果としては、十分にもほどがある。
「ローズさん、明日はもう少し火力を上げてもらえませんか?」
「いけるの?」
「死ぬかもしれないってくらいがちょうどいいんです」
「……」
そう言い切ったフィルを見て、ローズは目を細めた。
もう少し火力を上げたとて、ローズの見立てでは、フィルは瀕死にはなれど絶命することはない。
ただ、その塩梅は絶妙だ。
(……明日は一日付きっ切りかな)
火力を上げれば“魔力強化”の鍛錬は一気に質が上がる。
しかし下手したら本当に焼かれて死んでしまうため、ローズが常に火力をコントロールしてやる必要があるのだ。
さすがのローズも、視界の外にある炎を操るのは骨が折れる。
「分かった、あんたの言う通りにしてあげる。それで、ユナの方はなんか要望ある?」
「いえ、私はこのままやらせてください。もうちょっとで何か掴めそうなんです」
「ふーん……? そう」
二人とも、明日が待ち遠しくてうずうずしているようだ。
立場に甘え、努力を忘れた他の宮廷魔術師に、彼らの爪の垢を煎じて飲ませたいと彼女は強く思った。
「……とりあえずお腹空いてるでしょ。夕食は作ったから、感謝して食べなさい」
「っ! いいんですか⁉ 俺もうお腹ペコペコで――――」
ローズに連れられて広いリビングへと入ると、そこには赤が並んでいた。
意気揚々と飛び込んできたフィルは、それを見て硬直する。
そして遅れてやってきたユナも、目の前に広がる赤一色の料理たちを見て、顔を引き攣らせた。
「ほら、座って?」
本能が逃げろと叫ぶ。
部屋にいるだけで、目と鼻がやたらと沁みるような痛みを訴えていた。
これおそらく食べ物じゃない。
二人は、あのサウザンドサーペントに襲われた時以上の恐怖を味わっていた。
「どうしたのよ」
「……いや、その」
フィルは隣を見る。
そこには、怯えた様子でテーブルの上に広がる赤を見ているユナの姿があった。
自分が彼女を守らねば――――。
どんな時でも、ユナは側にいてくれた。
至らぬ自分を支え続けてくれた彼女を失うくらいなら、自分はどうなっても構わない。
そんな決意を抱きながら、フィルはテーブルにつく。
「フィル……⁉」
「あー! めちゃくちゃお腹空いてたんですよねー! すみませんローズさん! これじゃ全然足りないかもしれません!」
フィルはナイフとフォークを手に取り、赤き料理たちを目の前にして覚悟を決める。
「い……いただきまーす!」
真っ赤に染まったステーキらしき何かを口に運ぶ。
柔らかな肉の甘味がじんわりと感じられた直後、激しい辛みが口内を襲いだした。
いや、これはもう辛みなんてレベルではない。
本来辛みというのは痛みであり、その刺激が食欲を増進させる効果を持つ。
しかしこれは、刺激というには遥かに度を越していた。
「うっ――――」
フィルは思わず悶絶する。
体が拒否反応を起こし、涙と鼻水がとめどなくあふれ出した。
決して飲み込んではいけないと、体が正直に訴えかけてくる。
「――――っ」
それでも彼は、ステーキを無理やり飲み込んだ。
料理を作ってくれた
男、フィル。
一世一代の晴れ姿である。
「フィル……!」
「いい食べっぷりね。私もなくなっちゃう前に食べよっと」
「え⁉」
なんでもないことのように食卓についたローズを見て、ユナは驚く。
今この時まで、ユナはこれも何かの鍛錬なのではないかと思っていた。
体を内部から鍛えるためだったり、根性を鍛えるためだったり、とにかく忍耐力の底上げが目的なんだと、そう信じていたのである。
しかしローズは、恍惚とした表情で自分の作った料理を口に運びだした。
どこからどう見ても、何かの鍛錬には見えない。
「ん~~~~ギガントベアって意外と美味しいのね! 獣臭そうだったから、下ごしらえを入念にやった甲斐がありそうだわ」
赤き料理たちを心の底から美味しそうに食べているローズの姿は、フィルとユナに驚愕と、大きな恐怖を与えた。
「何してんの? ユナも食べなさいよ。力出ないわよ」
「あ……」
茫然としていたところに声をかけられ、ユナの肩がびくりと跳ねる。
念のため明記しておくが、ローズは決して嫌がらせがしたくてユナに声をかけたわけではない。
彼女はこの料理たちが絶品なのだと、本気で信じている。
だから自分の料理を食べたら彼らが喜ぶはずだと思い込んでいるし、その思い込みを決して疑わない。
何故なら、自分は本当に美味いと感じているから。
「ゆ、ユナ! 俺腹減ってるから、お前の分も全部――――」
「……ううん、私も食べる」
「ユナ⁉」
ついにユナもテーブルにつく。
いつまでもフィルに守られていては、自分は彼にとっての負担にしかならない。
戦うならば、常に彼の側で。
その身が散る時も、彼と共に散れるのであれば本望というもの。
「いただきます……!」
意を決して、ユナはスープを口に含む。
野菜の甘味、ソーセージの塩気、すべてを支えている鶏肉の出汁――――。
それらを一瞬でも感じることができただけ、まだマシなのかもしれない。
直後に襲い来る、想像を絶する辛み。
「づっ……あ……」
噴き出しそうになるのを、ユナは懸命に堪える。
フィル同様、体が飲み込むことを拒絶していた。
これを飲み込めば、多分自分は無事じゃ済まない。
それでも、ユナは――――。
「んっ……!」
かろうじて、そのスープを飲むことに成功した。
異常な辛みが、食道をズタズタにしながら胃へと流れ込む。
(辛い……! いや、熱い⁉)
まるで胃に灼熱のマグマがあるかのようだった。
全身がカーッと熱くなり、汗が一気に噴き出す。
しかし、ユナはそこであることをひらめいた。
(熱……そうだ、この熱を操れたら……)
“華炎”のコツは、熱を極めること。
もしこの熱を自由自在に操れるようになれば、もしかすると大きな進展が得られるかもしれない。
(食べるしかない……! これもきっと鍛錬なんだ!)
ユナは真剣な表情を浮かべ、スープを一気に飲み始める。
それを見たフィルは、大きな感動を覚えていた。
「ユナ……すげぇ」
自分も負けていられない。
そう思い、フィルは再びステーキと向き合う。
(問題なのは、焼けるような痛み……ん? 痛み? 痛みなら、“魔力強化”でなんとかなるんじゃないか?)
喉が焼ける痛みから、昼間の鍛錬を思い出したフィル。
彼は全身を魔力で包み、それをさらに体内へと流し戻す。
要は内臓を魔力でコーティングしたのだ。
この行為は、極めて高い魔力操作制度が必要になる。
少なくとも全身の“魔力強化”すらできないのであれば、こんなことはできない。
今まで通り、部分強化しかできないフィルだったら、この発想は生まれなかっただろう。
(食事中すら魔力を操った鍛錬か。向上心高いわね……)
二人が魔力で何かしているのを見て、ローズは口角を吊り上げる。
まさか彼らが鍛錬せざるを得ない状況に置かれているだなんて、彼女は夢にも思っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。