第9話 弟子を取る

「嫌だ」


 ユナの頼みを、ローズはノータイムで突っぱねた。


「……あっ! そ、そうですよね! ごめんなさい……つい勢いで」


 露骨に落ち込んだ様子を見せるユナを見て、ローズは困った顔をした。


「そんな落ち込まないでよ……私が悪いことしてる気分になるじゃない」


「ごめんなさい……」


「……」


 ローズには、二人の面倒を見る義理がない。

 二人とも好感が持てる人物だが、平穏な暮らしを求めるローズにとっては、一人の時間を奪う天敵とも言える。

 

(だけど……絶対また一級に挑むだろうし……)


 今回は敗走する羽目になったフィルとユナだが、特級冒険者を夢見ている以上、間違いなくもう一度魔物に挑む。

 挑んでいるうちに、いずれ一級モンスターに勝てる日が来るかもしれない。

 しかしそんな奇跡が起こる前に死んでしまう方が、ローズの目から見たら確率が高かった。


 それに万が一奇跡的な状況――――たとえば眠っている魔物に不意打ちして昇級条件を満たした場合、確かに一級には上がれるものの、おそらく最初の一級クエストで命を落とす。

 この先も生き残っていくためには、確かな実力を身につけた上で昇級しなければならない。

 

「……」


 ローズの困り顔が、徐々に柔らかくなる。

 出会って間もないとはいえ、ローズは二人の人柄を知ってしまった。

 彼らがどこかで死ねば、きっと後味が悪い思いをする。

 

(別にちょっとアドバイスするくらいなら大した手間じゃないし……)


 自分にそう言い聞かせながら、ローズはユナの方を見る。


「仕方ない……あんたたちが私と出会ったのも何かの縁だし、二泊三日くらいなら面倒見てもいいわ。でも同じ説明は二度としないから、死にたくなければ死ぬ気で覚えて帰りなさい」


「い、いいんですか⁉」


「これっきりだからね」


 ユナの顔がパッと明るくなる。

 その隣にいたフィルは、焦った様子で立ち上がった。


「お、俺も! 何かアドバイスをもらえませんか⁉」


「あんた近接タイプでしょ? 魔術師の私から指導を受けたって、大した成果は得られないと思うけど」


「でもギガントベアの頭を蹴り砕いてたじゃないですか……!」


「あれはそっちの方が手っ取り早かっただけで……普段はちゃんと魔術で戦うわよ。それに“魔力強化”を極めればあんなの誰だってできる」


「その極め方を教えて欲しいんです! お願いします! 俺は……前衛としてユナを守れる力が欲しい!」


 そう言いながら、フィルは床に手をついて頭をこすりつける。

 ここに来てまさかの土下座。

 ローズは頭を抱えそうになった。

 状況は違えど、彼らの貪欲な姿勢が、かつての自分と重なる――――。



『お前、見どころあんな。どうだ? オレがお前を魔術師にしてやろうか?』

 

 

 己の師の言葉を、ローズは不思議と鮮明に思い出す。

 彼はお世辞にも褒められた人間ではないけれど、確かに強く、そして指導が上手かった。

 そしてローズの頭に、この場にいるはずのない師の声が響く。


『若手の指導もできないなんて、一生オレ以下ってことでいいか?』


 ぶちっ――――と、ローズの中で何かが切れた。 

 

「……上等じゃない」


 この場にいない人間の発言を勝手に想像してぶち切れたローズは、二人に対して向き直す。


「私のやり方に文句を言わないこと。それならフィルもまとめて面倒見てやるわ。……二泊三日だけね」


「「ありがとうございます!」」


 こうしてローズに、初めての弟子ができた。

 

◇◆◇


 二人を連れて外に出たローズは、まずフィルの方を手招きする。


「さっきも言ったけど、私は近接戦闘の専門家じゃないの。今から教えるのは、私が最低限の近接戦闘術を覚えた方法。これで駄目なら、私以外の人間を頼りなさい」


「分かりました……でも、近接担当じゃないのに、どうして魔物を一撃で屠るような攻撃ができるんですか?」


「“魔力強化”を極めれば誰できるって言ったでしょ。今からあんたに教えるのは、その訓練方法だから」


 ローズは右手を上げ、そこに“魔力強化”を施す。

 赤い魔力が腕にまとわりつき、ローズの腕力を大きく上昇させた。


「これが基本の“魔力強化”。大体の人がこれを習得してて、あんたでも使える基礎中の基礎」


「はい……」


 それとなく発動したローズの“魔力強化”を見て、フィルは息を呑む。

 おそらくこの拳で殴られれば、フィルの半身はたやすく吹き飛んでしまう。

 ただここに立っているだけで、彼は自分が窮地に立たされているような感覚を覚えた。


「魔力の量を増やせば、ある程度攻撃の威力は上がる。でもそれだけじゃ限界があるの」


「そういえば……どんなに多く魔力を纏わせても、あんまり威力に差がない時があります」


「それは一部分しか強化してないからよ」


 ローズは腕に纏わせていた魔力を、今度は全身に纏わせる。


「全身強化……!」


「そ。近接戦闘における攻撃の威力は、腕力だけで決まるわけじゃない。踏み込み、腰の捻り、背中の筋肉……私は全身を使って、殴り、蹴る。あんたの武器は剣だけど、別に腕だけで振り回してるわけじゃないでしょ?」


「はい。剣は腰で振るものと教わったことがあります」


「だったら下半身にも強化をかけておかないと、バランスが悪くない?」


「……確かに」


 ローズの意見に納得したフィルだったが、その顔はまだ引っ掛かる部分があると言いたげだった。

 それもそのはず。

 “魔力強化”は部分的にかけるものであって、全身にかけるものではないからだ。

 何故なら、効率が悪すぎるから。

 現代の冒険者や魔術師は、とにかく効率を重んじる。

 ただでさえ全身に対する“魔力強化”は、意識が分散しやすい。

 魔力を注ぎすぎてしまったり、反対に疎かになってしまったり。

 そうして己のペース配分が大きく乱れることから、習得する必要なしと判断されている。


「魔力効率の問題から習得不要っていう奴が多いけど、私からしたら馬鹿な話よ。特に引きこもって研究ばかりしてる魔術師どもは、実戦経験がなさ過ぎて何も分かってない」


「どういうことです?」


「たとえば全身を“魔力強化”できれば、体は頑丈になって、ダメージを受けにくくなる。肉弾戦なら決定打を与えやすくなるし、瞬発力が上がって隙を突きやすくなる。ほら、いいこと尽くしじゃない」


「それができないから、みんな困っているんじゃ……」


「できるようになればいいのよ」


「……」


 ローズの言うことはもっとも。

 しかし『じゃあできるようにします』と言えるほど、この話は簡単なことじゃない。


「人間追い詰められてみれば、意外な力を発揮するもの。あんたにはちょっとした窮地に陥ってもらうわ」


「え? うわっ⁉」


 ローズが指を鳴らすと、フィルの全身が炎に包まれる。


「フィル! ローズさん何を――――」


「狼狽えないで。この炎は見た目ほど熱くない。でも、着実に痛みを与えるくらいの熱は持ってるわ」

 

 フィルが膝から崩れ落ちる。

 肌がチリチリと焼けていく感覚が、彼を苦しめていた。

 

「あんたには、この状態で自由に動けるようになってもらう」


「こ、この状態で⁉ そんなの……」


「ええ、無理よね。でも全身を魔力で強化すれば、可能よ」


「っ!」


 フィルはすべてを理解する。

 彼の体に纏わりついた炎は、全身を“魔力強化”で覆えば一切ダメージを受けなくなるほどの低温。

 つまりこれは、全身強化したまま動けるようになるための鍛錬なのだ。


「まずはそのまま家の周りの森を十周。できる? 一応病み上がりなんだし、無理はしなくていいわ」


「いえ……やります! やらせてください!」


 炎に包まれ、苦悶の表情を浮かべながらも、フィルは叫ぶ。

 それを見たローズは、機嫌よさげにニヤリと笑った。


「ふーん、いい気迫じゃない。じゃあユナ、次はあんたね」


「は、はい!」


「あんたには、特別な魔術を教えてあげるわ」


 そう言いながら、ローズは得意げに胸を張った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る