第8話 辺境の魔女

 二体の魔物の動きが止まる。

 自身が獲物と定めていた矮小な生き物が、またもう一匹増えた。

 喜ばしいことであるはずなのに、何故か体が動かない。

 まるで自分たちの方が獲物として見定められてしまったかのような――――。


「“魔力強化”」


 ローズがそう呟くと同時に、全身がオーラに包まれる。

 そしてこの場にいる誰もが目で追うことのできない速度で移動し、ギガントベアの頭上を取った。


「まずあんたね」


 目の前に現れたローズに対し、ギガントベアは反応すらできない。

 全身を強化したことで跳ね上がった脚力を用いて、ローズは蹴りを放つ。

 するとギガントベアの頭部は弾け飛び、辺りに散らばった。


「あれ、今度は強すぎた?」


 前回ギガントベアを一撃で倒せなかったことを反省し、今回は拳よりも威力が高い足を駆使した。

 しかし今度は威力が高すぎたらしく、貴重な肉の一部も吹き飛ばしてしまったのである。


「最近ほとんど一級とやり合ってなかったから、加減が難しいな……まあ体は残ってるし、別にいっか」


 地面に降り立ったローズは、続けてサウザンドサーペントを睨みつける。


「蛇の肉か……悪くない響きね」


『シ――――ヤァアアアアア!』


 サウザンドサーペントは身を捻り、ローズに向けて真上から尾を振り下ろす。

 

「に……逃げろ!」


 その一撃を自身の身で受けたフィルが、ローズに向かって叫ぶ。

 しかし彼女は、その一撃を片腕で受け止めた。

 

「「……は?」」


「逃げろなんて、そんな大げさな」


 外皮の上から肉を鷲掴みにしたローズは、そのまま力任せにサウザンドサーペントの体を引っ張った。

 自身の体を引っ張られるなど、サウザンドサーペントにとって初めての体験である。

 

「よいしょっと……!」


 勢いのまま、サウザンドサーペントの体が宙に浮く。

 それと同時に、ローズは再び跳び上がった。


「“華炎剣フラルスパーダ”」


 花弁を模った火の粉が、ローズの手に集まる。

 集まった火の粉が創り上げたものは、赤黒く燃える一振りの大剣。

 身を捻り、サウザンドサーペントの首に向けて大剣を振り下ろす。


「ふっ!」


 わずかに肉が焼ける音がしたと思えば、サウザンドサーペントの頭は長い胴体から切り離されていた。

 断面が焼け焦げてしまったせいか、その体からは一滴の血も出ない。

 声も出せず絶命したサウザンドサーペントは、ローズの着地と共に地面へと落ちた。


「よし、これで食材は確保できたわね」


 二体の一級モンスターが一瞬にして討伐された。

 そんな光景を間近で見てしまったフィルとユナは、途中から自分たちの口があんぐりと開きっぱなしになっていたことに気づく。


「それじゃ、邪魔したわね。……って、大丈夫? 大怪我じゃない」


「あ……」


 ローズが二人に歩み寄ると、フィルはその場に崩れ落ちた。

 自分たちを襲う脅威が去り、糸が切れてしまったのだろう。


「フィル⁉ 大丈夫⁉」


「あ、ああ……」


 倒れ込んだフィルを見て、ローズは感心した様子を見せる。

 潜在魔力、そして鍛え上げられた肉体は、二級冒険者の上位層といったところ。

 隣にいる少女も、肉体の性能は低くとも、潜在魔力には光るものがあった。

 

「あんたたち、歳は?」


「え⁉ じゅ、十六ですけど……」


「へぇ、中々素質あるわね」


 ローズは魔力袋からポーションを一本取りだす。

 

「二人とも動転しすぎ。こんな傷、ポーション飲めばすぐに治るわよ」


「い、いや……ここまでの傷をすぐに治すポーションなんて、高くてとても買えません……」


「……そっか、そういうもんだったわね」


 自分で作ってしまう派のローズには、ポーションを買うという発想自体が存在しない。

 故に彼女は忘れていたのだ。

 質のいいポーションを作れる人間は数が少なく、手に入れようとすればかなりの金額が必要になることを。


「っと、ごめんごめん。ちゃっちゃと治してあげないとね」


 ローズは取り出したポーションを、フィルの口に運ぶ。

 それを飲んだ途端、彼の怪我はみるみるうちに治り始めた。


「すごい……一瞬で痛みが消えた」


「傷はほとんど治ってると思うけど、だいぶ怪我が酷かったからしばらくは安静にしときなよ。……そうだ、一旦うち来る?」


「うちって……一体あんた、何者なんだ……?」


「うーん……」


 そういえば、自分は何者なのだろうか。

 宮廷魔術師をやめた以上、ローズは無職なわけで。

 しかし無職の女ですと告げるのは、中々抵抗がある。


「――――私はローズ。この辺境の地で、『魔女』をやってるわ」


「「……魔女?」」


 怪訝そうな二人の顔を見て、自分が盛大に滑ったことを理解したローズは、いまだかつてないほどの羞恥を味わう羽目になった。


◇◆◇


「その、助けてくれてありがとうございました。俺、フィルって言います。こっちは幼馴染でパーティメンバーのユナです」


「ユナです。フィルと一緒に冒険者をしてます」


 ローズの家に招かれた二人は、そう自己紹介した。

 

「えっと……ローズさんで大丈夫ですか?」


「別にいいよ。二人は何をするためにここに来たの? 依頼?」


「あ、いえ……俺たちは一級冒険者になるために、一級の魔物を狩りに来たんです」


「あー、なるほど」


 冒険者が一級になるためには、一級モンスターを討伐し、その証明として討伐部位を持ち帰る必要がある。

 彼らがわざわざ辺境を訪れたのは、一級モンスターと出会うためだった。

 というのも、実は一級相当の魔物なんて、滅多にお目にかかれるものではない。

 大きな街の周辺は物資の流通ルートを確保するために、強い魔物は発見され次第、即討伐されている。

 生息していないわけではないが、出会う確率がかなり低いのだ。

 しかし整備の必要がない辺境の地は、基本的に放置されている。

 そのため弱者が淘汰され、二級から一級の魔物がうじゃうじゃ生息しているのだ。

 一級モンスターに会いたいのであれば、ここに来れば間違いない。

 

「一級冒険者ね……」


 ローズは改めて二人を観察する。

 二人とも十六歳でこの能力。

 一般的に見れば、間違いなく天才だ。

 しかし一級冒険者は、ただ才能だけではたどり着けない。

 ただの才能ではなく、明確に突出した才能。

 言い換えれば、他の人間にはない『特別な何か』が必要なのだ。

 

「えっと……フィルとユナだっけ。二人とも、一級冒険者になるならちょっと火力が足りないんじゃない?」


「火力、ですか」


「うん、なんか決め手に欠けるって感じ?」


 今回、フィルとユナはサウザンドサーペントを討伐することができなかった。

 途中ギガントベアが乱入してきたことで大きく状況が変わってしまったが、たとえそれがなかったとしても、二人はサウザンドサーペントに勝てなかっただろう。

 急所を外したとはいえ、フィルの攻撃は敵を一撃で葬ることができなかった。

 決め手がないというローズの指摘は、もっともである。


「二人ともポテンシャルは高いんだけど、切り札を隠してる感じがしなくて、敵に回しても何も怖くないんだよね。見たままの強さって言えばいいのかな」


「見たままの強さか……」


 フィルは自分の体を見る。

 今ローズに指摘されたことは、すべて心当たりがあった。

 剣術も、魔力操作も、日々の鍛錬によって間違いなく成長している。

 ユナだって同じだ。

 毎日魔力を増やす訓練をして、魔術を撃つ速度を上げられるよう、鍛錬を重ねている。

 しかし現状、この二人でなければ成し得ないと思える要素は一つもなかった。

 それは二人にとって、明確なコンプレックスである。

 

「あの……一つ質問いいですか?」


「ん?」


 恐る恐るといった様子で、ユナが手を上げる。


「ずっと気になってたんですけど……もしかしてローズさんって、あの特級魔術師のローズ=フレイマンさんですか……?」


「あー……まあ、ね」


 元だけど――――。


 頬を掻き、ローズは困った顔をする。

 魔術師であれば、彼女を直接見たことはないにしろ、名前は知っているという者が多い。

 十歳で宮廷魔術師に合格し、十四歳で特級に昇給したというのは、それだけ有名な話なのだ。


「や、やっぱり……! ずっと憧れていました! どうか握手してください!」


「えー……? いいけど……」


 興奮気味にユナが伸ばした手を、ローズが握る。

 それだけのことで、ユナは分かりやすく興奮し始めた。


「握っちゃった……! フィル! 私ローズさんの手握っちゃった!」


「ローズ=フレイマンって……あの特級冒険者のアルフ=ランドメルクさんですら片手で蹂躙するって噂の……」


 フィルすらも反応し始める。

 別に正体を隠す必要なんてないと考えていたローズだったが、少しばかり後悔した。

 何か面倒なことになる――――そんな予感が、彼女の中を駆け巡る。


「あ、あの……! ローズさん! どうか私の師匠になってくれませんか……!」

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