第6話 彼女の料理は
「終わったよ、修理」
「ご苦労様」
「おや、労ってくれるんだね」
「ま、割といい働きはしてくれたしね」
家を見上げれば、そこには丁寧に修理された壁と屋根があった。
かなり大きな穴だったのだが、想像以上にきちんと塞がっている。
とても素人の業とは思えない出来だった。
「やるじゃない。どっかで習いでもした?」
「下積み時代にちょっとね。低級冒険者なんて、ほぼなんでも屋みたいなものでさ、大工が人手不足の時に駆り出されたりもするんだよ」
「なるほど、大変ね」
「このランクになっても大工の真似事をさせられるとは思わなかったけどね」
「それはあんたの自業自得」
「ごもっともで……」
落ち込むアルフをよそに、ローズは空を見上げる。
なんだかんだ彼と一日行動を共にしてしまった。
さっさとお帰り願いたいところだが、このまま追い返すのはさすがに人の心がなさすぎる。
本日何度目か分からないため息をついたローズは、アルフの方に向き直った。
「……一応、感謝しとく。お礼と言ってはなんだけど、夕飯食べてく? 私作るけど」
「あ、いや、それはいいや」
「は?」
「ローズはその、味覚があれで……料理は……ね?」
「……なるほど、人の厚意を無下にするってことでいいのね」
「ご、ごめん、でも僕はまだやり残したことがたくさんあるから……」
「……?」
「そ、それじゃあ、また来るから!」
最後はキザにカッコつけて、アルフは王都の方角へと駆け出した。
しかし途中で足を止めた彼は、何故かすぐにローズの下へ引き返してくる。
「何よ、行ったり来たりして」
「そういえば、国王から宮廷魔術師伝いに頼まれ事があったのを思い出したんだ」
「頼まれ事?」
「君への注意喚起だよ。近頃、隣国の『サンドレイズ帝国』に妙な動きがあるらしい」
『サンドレイズ帝国』とは、ヴェルデシア王国の隣に位置する大陸有数の軍事国家である。
他国とは一切かかわらず、自分の国が世界でもっとも優れた種の集まりだと豪語するサンドレイズ帝王は、ヴェルデシア王国としても目の上のたん瘤的存在だった。
何より彼らは、戦争を仕掛けることになんの抵抗も持たない。
そんな国が隣にあるというだけで、日夜強い警戒を向けなければならないのだ。
現在も両国の国境に対し、ヴェルデシア王国はかなりの人員を割いて厳重な警備を置いている。
「まさか戦争でも仕掛けてくる気? 物好きね、あの国も」
「そこまでは分かっていないけど、国境付近でサンドレイズの偵察部隊が度々散見されるようになったらしい。ヴェルデシアとの戦争は向こうもただでは済まない結果になるだろうけど、そんなことは関係なさそうな国だからね」
「馬鹿正直に突っ込んでくる可能性もあるわね。……もう私には関係ないけど」
宮廷魔術師時代の癖で、つい真剣に国のことについて考えてしまっていた。
しかしもうローズは自由の身。
国のことなんて考えなくてもいいし、たとえ考えたとしても、もう彼女の助言を聞き入れる者はいない。
「一応ここも長い国境線に密接しているだろう? だから国王も心配だったんじゃないかな」
「ふーん……?」
アルフの言う通り、確かにこの辺境の地はサンドレイズ帝国と接している。
しかし攻め入るのであれば王都と帝都を最短距離で繋げた道を使うだろうし、わざわざ辺境の地の魔物たちを相手にしながら遠回りをしてくるなんて真似は、いくら野蛮な彼らでもしないはず。
「じゃあ王都に戻ったら、国王に心配無用って伝えといて。それから念のためすぐにあのバカ師匠を連れ戻すようにって」
「ああ、エルドリウスのことか。それなら大丈夫、昨日にはもう王都に戻ってきたみたいだよ」
「……肝心な時だけはしっかり仕事するのね、あいつ」
舌打ちをこぼすローズを見て、アルフは苦笑いを浮かべる。
「相変わらず仲が悪そうだね、君とエルドリウスは」
「あいつがいないせいで特級の任務が全部私に回ってきたんだから、恨むのも当然でしょ。こっからは精々馬車馬のごとく働けって言っといて」
「愛しのハニーの頼みだし、次にエルドリウスに会ったら伝えておくよ」
「ハニーって言うな」
「おっと、じゃあまたね!」
ローズの拳をかわし、今度こそアルフは辺境を去っていった。
特級冒険者である彼が全力で走れば、おそらく数時間で城下町まで戻れることだろう。
頬をポリポリと掻いたローズは、家の中へと戻ることにした。
◇◆◇
ひとまず家の穴は塞がったため、ローズは壊れかけの“
とはいえ、やることは地下に刻まれていた魔法陣に魔力を流し込むだけ。
こうすることで、しばらくは家を外敵から守ってくれるだろう。
ただ家の破損に合わせて術式の一部も欠損しているため、いつ魔術自体が消えてしまうかも分からない状態だが。
「いっそのこと聖職者の勉強でもしようかな……もうあの人たちから仕事を奪うとか考えなくてもいいわけだし」
神より寵愛を受けし者たちの真似事は、中々に難しいものがある。
しかしたった八年で特級魔術師へと昇り詰めたローズであれば、数年で会得できる可能性は十分にあった。
「術式の研究はこの後やるとして……とりあえず夕食ね」
一階へと戻ったローズは、新品のキッチンへと向かった。
魔冷蔵庫を開けて、中から食材を取り出す。
八百屋で購入した野菜に、肉屋の肉。
鼻歌を歌いながら、それらを包丁でカットしていく。
「~♪」
宮廷魔術師時代には、当然料理をする時間なんてなかった。
彼女にとって、料理は娯楽。
手間はかかってしまうが、今後は自分の好きな物を思う存分食べられるというのもあって、ローズの心は大変踊っていた。
――――しかし料理において、彼女にはとんでもない悪癖が存在する。
「できた! 後は~」
完成したスープとステーキに対し、ローズは乾燥させた唐辛子を粉末状にした物を、これでもかとぶちまけた。
美味しそうな料理たちが、一瞬にして真っ赤に染まる。
その光景は、まるで地獄の釜のようだった。
「いただきます」
山盛りの唐辛子が乗ったステーキを、ローズはそのまま口に運ぶ。
「ん~! 美味しい! やっぱり自分で作る料理は最高ね」
心の底から幸せそうな表情を浮かべたローズは、すぐに野菜スープに口をつけた。
辛そう以外の感想が出てこないスープが、彼女の口を通して胃袋へと流れ込む。
普通の人間であれば、当然ここで悶絶するはずだ。
「はぁ……あったまるぅ」
またしても幸せそうに息を吐くローズ。
そう、彼女は度を越した、究極の辛党だったのだ。
「あ、こんなに美味しい物作っちゃったら、魔物が寄ってくるかも……? ……まあいいか、その時は追い返せば」
自分の作った物がどれだけの激物なのか理解していないローズは、そんな暢気なことを考えていた。
本来ここまでの辛み成分は、人体を破壊しかねない危険物。
しかし、その危険物が、なんと意外な活躍を見せる。
空気中に飛び散った辛み成分が、換気するための窓から外へと流れ出し、近隣にいる魔物を遠ざけたのだ。
それによってこの辺りは当分の間安全地帯となるのだが、辛さを愛するローズがそのことに気づくわけもなく。
一級の魔物すら近づかなくなる、想像を絶する辛み成分――――。
それをアルフが食べたらどうなっていたのか、想像に難くない。
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