第5話 犯人

「す……すみません」


 正座をさせられたアルフが、ローズに向かって謝罪する。

 それを見たローズは、盛大なため息をついた。


「はぁ……悪ふざけも大概にしてよ」


「いや、僕はそこまでふざけてるつもりはないんだけど……」


「で、本当になんの用? まさか、そんなくだらないことを言いに来ただけなんてことはないわよね」


「ふふふ、さすがはローズ、その通りさ。僕もそんなに暇じゃないからね」


「ふーん?」


 彼は身だしなみを整えると、ローズに向かって笑顔を見せつける。


「僕がここに来た本当の理由! それはもちろん! 僕もここに移り住んで君と幸せな結婚生活を――――」


「言い残すことはそれだけ?」


「いや、本当にごめんなさい。なんとなく遊びに来ただけなんです」


「なんとなくって……何が『僕もそんなに暇じゃない』よ。めちゃくちゃ暇してるじゃない」


「そりゃ宮廷魔術師と違って、僕ら冒険者は自由に仕事を選べるからね」


「喧嘩売ってる?」


「売ってないよ。だって君はもう宮廷魔術師じゃないんだろ?」


「……それはそう」


 勝ち誇った顔をしたアルフを見て、ローズの額に青筋が走る。

 しかしいつまでも反応していたら話が進まない。

 ローズは怒りをグッと堪えて、話の先を促した。


「遊びに来たのは本当さ。立派なテラスがあったし、君とそこでお茶でもできれば……って……」


 アルフの視線が、ギガントベアに壊された二階部分に向けられる。

 

「えっと……隕石でも落ちたのかな?」


「……ギガントベアに壊されたのよ。はぁ……せっかく高いお金を払って“防護壁プロテクション”をかけてもらったのに、これじゃ意味ないわ」


「ん? “防護壁プロテクション”? おかしいな、僕が試し切りした時は問題なかったのに」


「……は? 試し切り?」


「うん。“防護壁プロテクション”の強度を確かめるために、僕がこの剣で斬りつけたんだ。その時は傷一つつかなかったんだけど……」


「その後、聖職者は何もしなかったの?」


「ああ、なんか『一回分の料金しかもらってないし』って言って、帰っちゃったね」


「……」


 “防護壁プロテクション”は、攻撃を受けるたびに耐久力を減らす。

 耐久力とは、注がれた魔力の総量のこと。

 つまり攻撃を受けるたびにその魔力は減っていき、ゼロになった時点で効果を失うのだ。

 仮に満タンとした時、相手がギガントベアであれば、半日攻撃され続けたとしても“防護壁プロテクション”が解けることはないだろう。

 しかし、その前に特級冒険者の一撃を受け止めていたんだとしたら――――。


「……あんたのせいかぁぁああああ!」


「う、うわぁぁあああ!」


 脱兎のごとく逃げ出したアルフを、ローズは鬼の形相で追いかける。

 怒りで我を忘れたローズが冷静になったのは、ボコボコにされたアルフが動かなくなった後のことだった。 

 

 

 トン、トンと釘を打つ音が響く。

 そんな音をBGMにしながら、ローズはテラスに座ってお気に入りの魔導書を読んでいた。


「……どうして僕がこんなことを」


「なんか言った?」


「いえ! 何も!」


 アルフは屋根の上からひょっこり顔を出して、自身の発言を否定した。

 片手にトンカチ、片手に釘を持っている彼は、それを用いて屋根に板材を打ち付けていく。

 今回の失態を帳消しにする条件。それは、アルフ自身の手で屋根と壁を直すこと。

 使いっぱしりにして街にいる職人を連れてこさせることもできたが、それはそれで余計なことをしでかしそうなため、仕方なくこれで手を打ったのだ。


「それにしても、家の“防護壁プロテクション”がない状態でどうするの? また壊されるんじゃない?」


「あんたがそれを心配するのか……」


「ごめんなさい」


「……はぁ」


 しかしながら、アルフの心配はもっともだ。

 ローズが家にいる時は、彼女自身の底知れない魔力を恐れて半端な魔物はここを避けるようになる。

 ただ、これではローズは家を留守にすることができない。

 “防護壁プロテクション”がかかっていない家など、魔物にとっては紙切れ同然。

 家にいることは好きだが、留守にできないというのは中々にストレスだ。


「やはり僕と結婚して二人暮らしするのはどうだろうか! 君が留守でも僕がここにいればいいんだろう?」


「あんたとの二人暮らしは生理的に嫌」


「それ一番傷つくなぁ」


「大体、昔からあたしに付きまとってくるけど、何があんたをそうさせてるわけ?」


「だから言ってるだろ? 僕は君が好きなんだよ」


「……」


 あまりにもはっきりと告げられ、ローズは沈黙する。

 宮廷魔術師として馬車馬のごとく働いていた頃は、もちろん恋愛なんてしている暇はなかった。

 別に興味もなかったし、こうして人里を離れて暮らそうとしている時点で、きっとこの先も色恋沙汰とは無縁だろう。

 今だって、別にアルフの告白にときめいたわけではない。 

 ただ、何も感じないと言い切れるほど枯れているわけでもなく――――。


「あれ、もしかして照れた?」


「違う。困惑してるだけ」


「僕の気持ちが信じられないなら、君の好きな部分をたくさん挙げてみせよう。まず強いところだろう? それから顔がいいところと、勝気なところ。それでいて意外と真面目なところと、なんだかんだ言って人助けしてしまう優しいところと――――」


「……アホ臭」


「え⁉ 今もしかして僕のことバカにした⁉」


 ブーブーと不満を漏らすアルフに対し、ローズは呆れたようにため息をついた。


「……あんたとはどれくらいの付き合いになるっけ」


「六年と三か月と四日だね」


「なんでそこまで覚えてるのよ……」


「僕が君を愛すると決意した日だから、そりゃ覚えてるよ」

 

 六年前に起きた出来事について、ローズの記憶はすでに若干曖昧になっていた。

 あの日のことすらも、彼女にとっては数ある任務の中の一つに過ぎない。


 六年前――――当時ローズは十二歳、アルフは十四歳だった。

 すでに一級魔術師として認定されていたローズに、上層部から指令が下る。

 それは王都に届いた救援信号に関する指令であり、ローズはその信号の発信元へと急ぐことになった。

 そこにいたのが、当時駆け出しで三級冒険者になったばかりのアルフである。

 救難信号を送ったのは、彼が即席で組んだパーティメンバーたち。

 彼らは二級モンスター、バーサークウルフの群れに襲われており、絶対絶命の状況だったのだ。

 

「あの時、君が助けに来てくれなかったら、一体どうなっていたことか」


 アルフが懐かしそうにそう呟く。

 彼らは、ローズが現着したことによってその命を失わずに済んだ。

 単純作業のようにバーサークウルフを薙ぎ払っていくローズの戦いは圧巻であり、いまだアルフの目にはあの日の光景が色濃く残っている。

 紅蓮の業火の中、凛々しく佇む美しき少女の顔が――――。


「あー、思い出した思い出した。あんたが即席のメンバーのために正義感丸出しで戦ってたあれね」


「丸出しは聞こえが悪いけど……まあ、これでも僕は元々宮廷騎士団を目指してたからね。その夢は叶わなかったけど、騎士道だけは持ち合わせているつもりさ」


「ふーん」


 ローズは茶化した言い方をしたが、実際あの時のアルフについては尊敬の念を抱いていた。


 十三歳で騎士団の入団試験に落ちてしまった彼の実力は、周りと比べるとひどく劣っていた。

 それでも、自分よりランクの高い魔物の群れに食らいつけたのは、彼の執念あってのもの。

 仲間を守らねば――――。

 そんな使命に駆られていたアルフの働きは、とても三級冒険者のそれではなかった。

 そこからさらに執念を抱いて特級にたどり着いた彼の努力は、間違いなく称賛されるべきものである。

 

(私もこいつほどの執念があったら、もっと別の人生を送ってたのかな……)


 ふと、ローズはテラスから周辺の景色を見渡す。

 一瞬浮かび上がった後悔のような何かは、のどかな風景を前にして、儚く消えた。

 

 

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