第4話 剣聖襲来

「はぁ……ほんとにどうしよう」


 ぽっかりと空いた家の一部を見て、ローズは盛大にため息をつく。


 ギガントベアの襲撃から一晩明けて、現在時刻は朝の七時。

 もしかしたら夢なのかもしれないとヤケクソ気味に寝室で寝てやったローズだったが、遮る物もなく日の光を室内に迎え入れている大穴は、そのままの形で残っていた。


「魔物に襲われても大丈夫なように、“防護壁プロテクション”をかけてもらったはずなのに……」


 留守の間に家が襲撃されないよう、ローズは建築のオプションに含まれていた『一級聖職者による“防護壁プロテクション”』を追加していたはずだった。

 しかし結果はこの様。

 あらゆる物理攻撃を防ぐ“防護壁プロテクション”という魔術は、魔力強化のように自由に使えるものではなく、聖教魔術という神に仕える者のみが扱えるもの。

 攻撃を防ぐ魔術であればローズでも扱えるものの、それらは“防護壁プロテクション”とは少々毛色が異なる。

 聖教魔術における“防護壁プロテクション”は、一度施しておくだけで半永久的に品質を保てるのだ。

 機能させておくために必要な物は、魔力だけ。

 初めは術師の魔力で動き、それが時間と共になくなれば、代わりにローズが魔力を込め直すことで結界の機能は維持できる。

 ただ、建物の経年劣化と共に少しずつ性能は落ちてしまうのだが――――。


「油断してたなぁ……ちょっと脆くなってたのかな」


 家に到着した時に、“防護壁プロテクション”がかかっていることは確認済みだった。

 しかしその耐久値のチェックまでは怠っていたのである。

 とはいえ完成してから大した時間はかかっていないし、こんなにも脆くなっているのはあまりにも不自然。

 確認不足と言われたらそれまでだが、施工ミスである可能性も十二分にあり得る。


「一回確認しに王都に帰る……? でも三日で出戻りするってのもなぁ」


 穴を塞ぐために、まずは修理を依頼しなければならない。

 危険地帯での作業になるため、職人たちに払う費用は当然割高になる。

 そして“防護壁プロテクション”のかけ直しも必要だ。

 建物が大きく損壊したことで、このままでは十分な効力を維持できない。

 以上のことをすべて依頼すれば、おそらく数千万が飛ぶだろう。

 しかし、ローズにとって金というのはさしたる問題ではなかった。


「せっかくのんびりできるのに、依頼のために駆け回るなんて最悪よ」


 ローズは顔をしかめる。

 依頼するためには、ヴェルデシア王国に戻って職人を訪ね、そのまま教会にも足を運ばなければならない。

 立地が故に、手続きにはかなりの時間を要するだろう。

 いわゆる完全休息モードだったローズには、もはやそこまでの労力は残っていなかった。

 これがせめて半年後とかであれば、彼女も重い腰を上げることができたのだが。


「……捨てるか、寝室」


 ついにローズは、究極の答えにたどり着いてしまった。

 部屋ならまだ余っている。

 ベッドをなんとか移動させれば、住むことはできるのだ。

 お洒落で綺麗な家に住むことが夢だったローズだが、面倒臭さには代えられない。

 

「さらば、愛しの寝室。……まだ二回しか寝てないけど」


 手を合わせ、ローズは元寝室を後にする。

 元々ずぼらな彼女だが、スローライフを送るにあたりその性質は悪化の一途をたどっていた。


 ひとまず寝室を出たローズは、地下倉庫へと向かう。

 そこには、昨日採ったポーリー草がそのまま積まれていた。

 昨日はギガントベアの処刑後すぐにふて寝してしまったため、一晩ここに放置していたのだ。


「とりあえずポーションは作っとこ。街に持っていけば最悪売れるし」


 ポーション作りは、ローズにとって最高の内職だった。

 いざという時には自分でも使えるし、ローズが作ったポーションは質が高いため、街でも高値で売れるのである。


 ポーションの材料は、ポーリー草、不純物を取り除いた水と、魔力。

 倉庫の片隅に設置された蛇口を捻れば、そこから水が流れ出した。

 これは地下水を組み上げたものであり、天然の地層によってろ過された水は、そのまま飲むことだってできる。

 ただ不純物がゼロかと言われたら、そうではない。

 

「“消去イレイズ”」


 蛇口から注いだ水をポーション用の瓶へと移してから、ローズは不純物を消すための魔術を施す。

 こうすることで、水は純水へと早変わり。

 余談だがこの魔術は、卵を割った際に殻が器に入ってしまった際にも使える優れものである。


 水を浄化したら、すかさずポーリー草を入れ、自身の魔力を注ぐ。

 するとポコポコと反応が始まり、ポーリー草は水に溶け、やがて緑色の液体だけがそこに残った。

 そのガラス瓶にコルクで蓋をすれば、立派なポーションの完成である。


「……とりあえず集中力が続く限りやりますか」


 今の工程を何度も繰り返していくローズ。

 二十個のポーションを精製したローズは、小さく息を吐いてからそれを綺麗に並べ始めた。

 この数の精製にかかった時間は、ちょうど三時間。

 およそ十分に一本くらいのペースである。

 

「ふう、満足満足。今はこれくらいで十分かな」


 並んだポーションたちを見て、ローズは得意げに鼻を鳴らした。

 魔術に関係していることであれば、彼女は無類の集中力を発揮する。

 魔術書の解読に集中するあまり、任務に遅れかけることもしばしばあった。

 ポーションに関しても、反応が起きて水に色がつく過程を見るのが好きなため、つい作り過ぎてしまう。

 これらもすべて、彼女が昔から持つ悪癖だった。

 


 残りの素材を倉庫に放置し、ローズは一階へと戻る。

 すると近辺に、覚えのある魔力の反応が近づいてきているのを感知した。


「この魔力……まさか」


 慌ててローズが家を出ると、王都のある方角から、一人の男がこちらに向かってきているのが見えた。

 長い金髪を一つにまとめ、腰にはただならぬオーラを放つ剣を携えた彼を、ローズは知っている。


「……どうしてあんたがここにいるのよ」


「ふふふ、それはもちろん――――君に会うためさっ!」


 男は羽織っていたローブを翻し、彼女の前で両手を広げる。


「我がフィアンセ・・・・・よ! この僕、アルフ=ランドメルクが迎えに来た! さあ! 僕と共に美しき花園へごふぁっ⁉」


「そんな理由で訪ねてくるなッ!」


 端正な顔面を思い切りぶん殴られたアルフは、きりもみ回転しながら宙を舞う。

 そのまま地面に叩きつけられた彼だったが、すぐに体を起こして殴られた頬を擦った。


「ひ、酷いじゃないか! 僕のこの美しい顔がひしゃげたらどうすんだよ!」


「ひしゃげればいいのよ、あんたの顔なんて」


「本当に酷い! この前格安で依頼を受けてあげたのに!」


「格安って……いくらあんたが特級冒険者・・・・・とはいえ、五千万ゴールドはぼったくり過ぎよ! あれを格安ってほざくあんたの神経がどうかしてるわ!」


 ローズがこの家を建てるにあたり、職人と、“防護壁プロテクション”のための聖職者、そして彼らの護衛として、冒険者を雇った。

 その冒険者こそが、今目の前にいるアルフ=ランドメルク。

金色こんじきの剣聖』という二つ名を持つ、世界有数の特級冒険者である。


 世界最強クラスの実力を持つ彼を雇うためには、確かに超高額の報酬を提示する必要があるのだが――――。

 

「五千万ゴールドだって格安さ。何故なら僕は、強く! そして美しいから!」


「……“二分咲きツヴァイブルーム”」


「待って待って⁉ さすがにハニーの炎を食らったら僕でも無事じゃ済まないから!」


「ハニーって呼ぶな! いつからあたしがあんたのパートナーになったのよ!」


「そんなの決まってるだろう? 君が生まれた時に、すでに運命は決してい――――」


 一瞬で距離を詰めたローズは、彼の脳天にかかと落としを叩きこむ。

 とんでもなく鈍い音がして、アルフは地面に崩れ落ちた。


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