第2話 夢のマイフォーム

「はぁ〜〜〜〜〜〜! これで自由だぁ〜〜〜〜!」


 城を出たローズは、広がる青空に向けて叫んだ。

 なんという解放感。なんという喜び。

 彼女は今、自由という幸福を全身で味わっていた。


「さて、さっさと移動しちゃいますか」


 解放感に任せて肩を回したローズは、ふわりとその場で浮かび上がる。

 空を自由に飛び回る一級魔術、“浮遊フロート”。

 魔術師の実力は、最低を“四級”として、『一級』、そして『特級』という五段階で表される。

 特別な条件が必要な特級を除き、最高ランクである一級魔術師になるためには、一級魔術を習得することが条件。

 しかし世界有数の特級魔術師である彼女からすれば、一級魔術程度であれば呼吸するかのように扱える。


 宙を舞うローズは、そのままヴェルデシア城下町を越え、城下町を囲むように存在する“セントラル街”へと降り立った。

 目指す場所は、様々な店が立ち並ぶセントラル商店街。


「お、ローズじゃないか!」


「ローズ! うちの野菜持っていってくれよ!」


「うちの肉も持ってってー!」


「新しい魔道書入荷したよ!」


 ローズが現れたところを目撃した商店街の住民が、わらわらと集まってくる。


「あー、はいはい。後でもらうから……ありがとね」


 困った顔をしながら、ローズは人ごみをかき分けて進んでいく。

 ローズが特級の位を持つ宮廷魔術師になったのは、今から四年前、彼女が十四歳の時。

 それまでの彼女は二級、三級の宮廷魔術師と同じように、国内を中心にトラブルシューターとして活躍しており、その際に多くの人望を勝ち取っていた。

 もちろんローズの性格上、自分から人に好かれるように動いたわけではないのだが、熱心に働く姿を見た者たちが自分から慕うようになったのである。

 実際のところ、彼女は多くの無茶振りを受けて働かされていただけなのだが――――。


「あ、八百屋のおじさん。ちょっと食材買いたいんだけど、いい?」


「お? もちろん! 何が欲しいか言ってみな!」


「うーん……分かんないから店のやつ全部ちょうだい?」


「おう! 全部だな! ……って、全部⁉︎」


「うん、全部」


 なんでもないことかのように、ローズは笑顔でそう言い放った。


◇◆◇


「よいしょっと……こんなもんかな?」


 八百屋と肉屋に家まで食材を運んでもらったローズは、目の前に積み上がった荷物を見て首を傾げた。

 荷物の中には、先ほどの食材の他に着替えや、日用品などが含まれている。

 

「全部『魔力袋』に入れてっと……」


 己の魔力量によって容量を変える『魔力袋』を取り出し、ローズは荷物をすべて袋の中へと吸い込んだ。

 膨大な魔力量を持つローズがこの道具を使えば、その容量は湖の水をすべて吸い込んでしまえるほどの大きさとなる。

 もちろんどれだけ荷物を吸い込もうが、その重さは袋の分しか感じない。

 

「なんだかんだ……ここに住み始めてから八年も経ったのか」


 家具などはそのままだが、自身の荷物がなくなった家の中を見て、ローズは少しだけ目を細めた。

 思い返せば、様々な思い出が――――。


「――――ろくな思い出がないわね。さ、早く行こっと」


 ローズは踵を返し、家を後にする。

 いずれこの家も、新たな宮廷魔術師が住居にするのだろう。

 きっとその彼、または彼女も、相当な苦労をするに違いない。

 まだ見ぬ自分の後輩に同情しながら、ローズは再び宙を舞った。


◇◆◇


 のんびり空を飛ぶこと数時間。

 ローズは辺境の地へとたどり着いた。

 

「えっと、こっちだったっけ」


 ふわふわと空を飛びながら、彼女はお目当の物を探す。

 すると、それはすぐに見つかった。


「あ! あった!」


 彼女が着地した先にあったのは、二階建ての屋敷。

 森の中にポッカリ空いたスペースに作られたそれは、新築ならではの特別な雰囲気を放っていた。


「さすがヴェルデシア王国の職人ね。いい仕事してくれる」


 この家は、ローズが辺境の地に住むために職人たちに建てさせた、これからの生活拠点である。

 ブラウンが言っていた通り、ここは二級から一級相当の魔物が蔓延る超危険地帯。

 そんな場所に家を建てるには、それなりの護衛を用意しなければならない。

 護衛代と建築代。それらを払うため、ローズは自身が宮廷魔術師時代に貯めた五億ゴールドのうち、すでに二億ゴールドを消費していた。

 とはいえ三億ゴールドもあれば、人間が寿命をまっとうできるだけの生活費は問題ない。

 この先、人里との関わりをほとんど持たないつもりのローズからすれば、当然のように生きていけるだけの金額である。


 中に入れば、そこにはシンプルかつお洒落な空間が広がっていた。

 一人暮らしには十分すぎる広さを誇るローズの新居は、リビングが一つ、居室が三つ、キッチンに浴室、地下の倉庫、そして大きなテラスがついている。

 

「全部要望通り! 最高……!」


 ローズはリビングの床に自身の体を投げ出す。

 ちなみに大型の家具などは、すべて最初から室内に設置済み。

 どれもこれも高級家具であり、特にお気に入りである寝室のキングサイズベッドの最高級マットレスは、魔力の回復を早める魔石を加工して作られた、特注のバネが入っている。


「ここから私の平穏なスローライフが始まるのね……! もう絶対……絶対絶対絶対に! 社畜になんて戻ってやるもんですかぁー!」


 誰もいない森の中に、元最強の魔術師の叫びが響いた。


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『あとがき』

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