社畜過ぎて仕事を辞めることにした宮廷魔術師は、辺境の地でスローライフの夢を見る~土地を荒らす不届き者を倒していたら『最果ての魔女』と呼ばれるようになったのですが、平穏を脅かす奴が悪い~

岸本和葉

第1話 宮廷魔術師、やめます。

 宮廷魔術師――――。

 それは王国に尽くし、王国のために戦い、王国のために死ぬ、誇り高き魔術師たちに与えられる高貴な身分。

 魔術の道をゆく者は誰もがこの職に憧れ、毎年度行われる宮廷試験は、倍率百倍を下回らない。


 そんなエリート中のエリートのみを厳選する試験に、十歳で合格した規格外の少女がいた。

 名を、ローズ=フレイマン。

 炎を操らせれば右に出るものはいないと言われる彼女の名声は、八年経った現在、国内外問わず広まっていた。


 彼女は今――――。


「やめさせてもらうわ、宮廷魔術師」


 ――――そう宣言しながら、国王に向かって辞表を叩きつけていた。


「……はぁ。やはり意見は変わらんか」


「私が頑固なこと、あんたなら分かるでしょ? 育ての親の一人なんだから」


「むぅ……」


 国王、ブラウン=ヴェルデシアは、思わず頭を抱えた。

 彼自身、ローズが宮廷魔術師を辞めたがっていたことは、以前より本人の口から聞いている。

 よってこの辞表に対して、特に驚きはない。

 彼の心にあるのは、彼女の頑固さに対する諦めだけだ。


「今一度理由を問おうか、特級・・宮廷魔術師、ローズ=フレイマン」


「もう働きたくないから」


「……いや、うん」


 その理由を聞いて、ブラウンはため息をついた。

 

「確かにその、お前を働かせすぎたのは理解しているのだが……キッパリ辞められると割と困るっていうか」


「っ! これまで何連勤させられたと思ってんじゃァ! いい加減にしないとこの城ごと吹き飛ばすわよ⁉」


「お、おい!」


「要人警護に特級モンスターの討伐! 国外での諜報活動やら魔術研究の協力とか! いい加減やること多すぎなのよ! 前回の休日なんて二か月前だし! しかもその日も途中から緊急任務で呼び出されるし! ブラックにも程があるって言ってんの!」


「う、ううう……」


「こっちはこの仕事を辞めるために、今日まで必死こいて金を貯めたの!  もう絶対働かないんだから!」


 暴力的な魔力をまき散らすローズを前にして、ブラウンは縮こまる。

 この場に他の人間がいなくて助かった。

 こんな国王の姿を人々が見たら、きっとこの国に住まうことを不安に思うだろう。


「だって……お前ほど優秀な魔術師は国内にいないし……」


「いい年こいた大人がモジモジしないでよ」


 指をつんつんと突き合わせるブラウンに対し、ローズは呆れながらツッコミを入れる。

 

「っていうか、エルドリウスはどうしたのよ。あいつにも働かせなさいよ」


「……国外に要人警護で出ていってから音沙汰がないのだ」


「あの飲んだくれ色ボケ師匠め……!」


 ローズはこの場にいない男に対して、怒号を飛ばす。

 エルドリウスはえらく優秀な魔術師であるが、人格に難がある極めて扱いにくい男。

 彼女のように馬車馬のごとく働くなんて、絶対にありえない。

 この国には他にも優秀な宮廷魔術師がいるが、ローズとエルドリウスを超える者はいないと断言できる。

 彼女らに重要な任務が集中してしまうのは、半ば仕方がないことであり、ローズもそれは理解していた。

 ただエルドリウスの方が仕事をしなくなれば、当然二人分の重要任務がローズに降りかかる。

 つまりローズがこれほどまでに振り回されていたのは、自身に魔術を教えた師と、その勤務状態を許している国王のせいだった。


「だって……ワシが何を言ったってお前さんやエルドリウスをどうにかすることなんてできないし……」


「はぁ……」


 ローズは盛大にため息をつく。

 国王に対し、ローズも同情していないわけではない。

 しかしこれ以上は自分が限界だった。

 降りかかる任務は彼女にとって決して難しいものではなかったが、何分休みがないことが辛すぎる。

 環境改善については何度も何度も抗議していたが、結局ローズに頼らざるを得ない状況が続き、現在に至ったのだ。


「とにかく、今できる仕事は全部終わらせてやったんだから、あとは後任の宮廷魔術師たちにやらせて。このままじゃ若い人たちの成長を奪うことになるわよ」


「若い人たちって……お前もまだ十八じゃ――――」


「やかましい! とにかく! 後のことはもう知らないから! 今まで世話になったわね!」


「お、おお……って、お前、家はどうするんだ? 宮廷魔術師に与えられる家は退職するにあたって退去してもらわねばならんのだが……」


「ご心配なく。ヴェルデシア王国の辺境に、家を建てたから」


「辺境って……あそこは二級から一級の魔物がうじゃうじゃと蔓延る地域ではないか」


「そんな魔物が私の相手になるとでも?」


「……それもそうか」


 ブラウンは今度こそ諦めて、大きく息を吐いた。

 分かっていたことだが、どうにも彼女は引き止められそうにない。


「ローズ=フレイマン、これまでの尽力感謝する。退職金は一週間以内に受け渡しを――――」


「いらないわ。孤児院にでも寄付しといて」


「な、なんだと? 宮廷魔術師の退職金といえばかなりの額だぞ……それをいらないと申すのか?」


「うん。だって、私もう十分お金持ちだから。宮廷魔術師として稼いだお金で、死ぬまでのんびり暮らすのよ」


 そう言いながら、ローズはブラウンに向けて『べー』と舌を出し、玉座の間を後にする。


 こうして、ヴェルデシア王国最強と言われた彼女は、八年続けた宮廷魔術師の職を降りるのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

『あとがき』

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