※※ 謎の解決、そして… ※※

第39話 二つの真実

 バルコニーの入り口を私たちに塞がれ、バーバラ……いえルシア様は逃げることもできなくなる。彼女は頭に手を持っていきホワイトブリムに手を掛けたかと思うと、髪の毛ごとそれを取り去る。カツラの中からバサっと長髪が溢れ、そこに立っていたのはメイド姿のルシア・エガートンだった。


「やはり、あなたでしたか」

「まさか、姫様に見破られてしまうとはね」


 勝った! と思ったのも束の間、私の横にいたカーラが少し後退ったのが分かった。彼女の方を見ると驚愕の表情で、手で口元を押さえていた。


「ね、姉さん!?」

「久しぶりね、カーラ」

「えっ!?」


 姉さんってなに!? ああ、そうか、カーラには姉がいて行方不明だって報告書に書いてあったっけ。でもルシアなんて名前じゃなかった様な……


「アマンダ姉さん! どうしてこんな……」

「まさかあなたまでアカデミーに入学していたとはね。姫様に付いて行った時、あなたの姿を見て一瞬怯んでしまったわ」


 レオが休みだったあの日か。私とカーラが似ているとか言っていたのは、それを誤魔化すためだったんだ。それにしてもバーバラはルシア様で、でも実際はカーラのお姉さんのアマンダで……ああ、もうややこしい!


「もうややこしいから、バーバラでいいわ。バーバラ、あなたの目的はなんなの? カーラのお姉さんって本当なの?」

「そうね。私はアマンダ・ディクス。そこのカーラ・ディクス……いえ、今はグッドールだったかしら? 彼女の姉よ」

「私に暗示を掛けていたのもあなたよね? そしてマシューやサイモンにも……アカデミーで男子生徒に暗示をかけたのもあなたで間違いないかしら? どうして私を狙ったの」

「復讐よ。私達の母親は元はこの国の王女。でも、前王が母を勘当して、母はラッシュブルックへと流れ、そして下級貴族だった父と結婚したのよ」

「そんな……」


 カーラを始め皆信じられないと言った感じだったけど、これは本当だ。報告書にもほぼ同じ内容が書かれていた。


「私たちの暮らしは決して裕福ではなかったわ。それもこれも、前王が母を勘当したからよ! だから復讐してやろうと思ったわ」

「それと、私に兄がいる様に思い込ませるのと、何の関係が?」

「姫様にそう思い込ませておけば、あなたはそのつもりで王子たちに接するでしょう」


 そうして私が相手に嫁ぐつもりで接し簡単に結婚を決めてしまえば、そこに周囲との不協和音が生じる。それに乗じて誰かを暗示に掛け私に対するわだかまりを増幅させれば、簡単に殺意に変わる……そういう計画だったらしい。あー、なるほどな。これで漸く前の扉の中でエマが殺されてしまった理由が分かったわ。『王配になどさせない』その言葉が将に殺害理由そのものだったんだ。


「でも姫様は誰とも婚約しなかった。それどころかアカデミーに入学して三王子まで入学させて。そんな中、マシュー王子との噂が王宮でも広まったから、そろそろチャンスだと思ったのよ。本当はマシュー王子かそこの騎士に暗示を掛けたかったけど、何故か掛からなかった……」


 そうか。ルシア様の姿をしたバーバラにはマシュー王子との中を否定も肯定もしなかったけど、彼女はそれを『いい関係』と受け取ったのだろう。しかしマシューやサイモンには暗示を掛けられなかった焦りもあって、私に付いてアカデミーに来た際に手近な男子生徒に暗示を掛けたと言うわけか。


「早まったわね。私とマシューはいいお友達なだけで恋愛関係にはないの。それにもう一つ勘違いしていることがあるわ」


 それは彼女たちの母親、つまり私の伯母に当たる女性のこと。彼女は王位継承権第一位だったにも拘わらず、彼女たちの父親との恋を選んで王位継承権を破棄したのよ。その事でお祖父様と喧嘩になったのも事実。しかし最終的にお祖父様は二人の仲を認め、伯母様が自由になれる様に『勘当』と言う手段を取ったとお父様から聞いた。


「う、ウソだわ!」

「ウソじゃないわ。お父様はその後も伯母様と連絡を取り合っていたの。王となったあともずっとね。でも伯母様はあなた達が生まれたことはお父様に伝えていなかった。それを伝えればお父様が気を使うことが分かっていたからよ」


 伯母様が亡くなって暫くしてからお父様に届いた手紙。差出人は書いていなかったけど、そこには娘が二人いること、その二人は信頼している友人の元へ養子に出すことが書かれていたらしい。お父様は伯母様の遺志を尊重し、敢えて二人を探し出したりはしなかったそうだ。


「エマ、本当なの? お母様のこと……」

「隠していてごめんなさい、カーラ。色々あって直ぐには伝えられなかったけど、本当よ。あなたたちは私の従姉妹なの」

「そんなこと、今更認めても遅いわ! 勘当された母さんがした苦労があなたたちに分かるの?」

「さっきも言った通り、形としては勘当だったかも知れないけれど、それは伯母様が望んだこと。伯母様は不幸だったのかしら?」

「それは……」

「そんなことない! お母様はいつも笑っていて、家族で過ごす時間が何より好きだって言ってたもの! そうでしょ、姉さん!」

「……」


 カーラに強い口調で言われて黙り込むバーバラ。途中までは一緒に育っていたカーラとバーバラが違う考え方になったとすれば、それは恐らく養子として貰われた先に問題があったのだろう。


「バーバラ、あなたが養子として行った先、サーティス家には実子の女性がいたわよね。あなたより二つ年上だったかしら?」

「!?」


 調査報告書の内容を思い出しながら話す。報告書を読んだ時は大して気にしていなくて、『カーラの姉は行方不明』と言うことの印象が強かったけれど、養子縁組先の家族構成までしっかり調べてあるとは、流石に諜報部だ。


「あなた、その人物から伯母様のこととか勘当になったこととか聞かされたんじゃないの?」

「そうよ……」

「だとすればあなた、間違った情報を教えられたんじゃない?」

「……」


 再び黙り込んで少し後退るバーバラ。図星だった様ね。恐らく実子の女性はバーバラに感動された王女の子だとか、不幸だとか色々吹き込んだのだろう。カーラの姉とは言え養子に出された時はまだ小さかったはず。そんな環境で育てば、歪んだ発想を持ってしまっても仕方ないのかも知れない。


「おいエマ、何でお前がそんな情報まで知ってるんだ?」

「ごめんなさい、ユージーン。あなた方がアカデミーに入学するに当たって失礼がないように、周辺の調査をさせて頂いたの」


と、言うのは建前で、本当はエマを殺すかも知れない人物の情報を知っておきたかっただけなんだけどね。しかしこれからどうするか……バーバラは確かに黒幕だったけれど、育った環境の不幸もある。王女である私相手にやったことなので罪に問われないと言うのは無理だろうけど、カーラのお姉さんだし私にとっても従姉妹。なんとか穏便に……そんなことを考えていると、先に口を開いたのはカーラだった。


「姉さんはきっと思い込まされただけよ! だからもう一度やり直しましょう。エマならきっと悪いようにしないし、助けてくれるわ!」

「そ、その通りよ。やってしまったことは仕方ないけれど情状酌量の余地はあるし、きっちり罪を償って出直せばいいわ。私ももちろん協力するから」

「フッ……」


 私とカーラの申し出に薄っすらと笑ったバーバラ。ん? 何か嫌な予感がする! 次の瞬間その予感は的中して、彼女はバルコニーの手すりの上に登っていた。

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