第40話 ビッグトリック

「姉さん!?」

「こないでカーラ!」


 それでも走り出そうとするカーラを、ユージーンが抱きしめる様に引き止めた。


「バカ、お前まで落ちたらどうするんだ!」

「でも!」

「……私はバカね。人に暗示を掛けるイーサクルが使えることに気が付いて、沢山の人に暗示を掛けて姫様のメイドにまでなったのに。実は私自身が暗示に掛かっていたなんて」

「でも、それは仕方ないことで……」

「……」


 黙ってクビを横に振るバーバラ。


「もっと両親のことを……あなたと過ごした時間のことを信じられれば良かった。家族との時間を裏切った私にはもう、こうするしかないの。カーラ……あなたは幸せになりなさい」

「姉さん!」


 カーラの声を聞くよりも前に、私は部屋の方に走り出していた。窓際に立てかけてあった専用ホバーボードを掴むと、踵を返してバルコニーの方へ。その時、バーバラが手すりの上から後ろ向きに倒れていくのが見えていた。


「どいて!」

「エマ! 何を……」


 レオたちには私を止める間も与えず彼等の横を走り抜け、手すりの前でジャンプすると同時に手すりに片手を付いて飛び越える。そしてもう片方の腕で抱えていたホバーボードに片足を固定し、そのままバルコニー下の壁を直角に滑り降りる。と、咄嗟のことだったとは言え、これはかなり無謀なトリックだわ! しかし三倍速のこのボードなら、バーバラの落下速度に追いつけるはず!


 バーバラの体が壁際からあまり離れていないことが幸いして、地面まで半分ぐらいの高さの所で彼女の体に追いつき、受け止めることができた。やった! でも、ここからちゃんと降りれなければ二人ともアウトだから!


「エマ!」


 一瞬、バルコニーから皆が覗き込んで叫んでいる姿が目に映る。これが最後の記憶で、またあの白い空間に戻るなんて御免ですからね!


「とっまれーーーーーっ!!」


 地面近くでボードを地面と並行にしてブレーキ。流石に落下速度が速くてしかも二人分の体重。直ぐには止まってくれないか。且つ、バーバラの体重が一気に腕に掛かってきて、背筋やら腰やら、あらゆる体の箇所に力を入れて踏ん張る。やがて地面がどんどん近くなってきて……最後はバキっとボードが折れる音と、私達がドサっと下の花壇に落ちたのがほぼ同時。ああ、花壇の花、押し潰しちゃったなあ。


「スピード調節だけじゃなくて、高さ調節もできる様にしとくべきだったわね」


 折れたボードと気絶して横たわるバーバラ。暫くすると皆が建物の中から駆け出してきて、私とバーバラは花壇から救出された。着地はイマイチだったけど、ビッグトリックは成功ってことでいいかな?


 花壇から起き上がった私を見てカーラはボロ泣き。王子たちからはこっぴどく怒られた。


「お前まで死んだらどうするんだよ!」

「エマまで飛び降りた時は心臓が止まりそうになったぞ!」

「ぼ、僕は、僕は……」


 マシューも涙目で、そんな彼を宥めながらサイモンが私を睨んでくる。いや、そこは『マシューを泣かせやがって』じゃなくて、超人的なボード裁きでバーバラを助けた私を褒めて欲しいんだけど!?


「だ、大丈夫なのか?」


 黙っていたレオは怒っているわけでもなさそう。でもツカツカと歩いてきて、いきなり抱きしめられた。


「馬鹿野郎! なんでいつもいつも無茶するんだよ、お前は!」

「だから、ごめんって……」

「お前を守るのが俺の役目なんだぞ。もうちょっと頼ってくれよ……グズン」


 おっ、泣いているのかい、レオ君?


「分かったから。苦しいし、皆見てるわよ」

「お、おう」


 そう言うと慌てて抱きしめるのを止めたレオ。抱きしめられるのも悪くないわね、うん。前の扉の中でエマがレジナルドに抱きしめられてた時って、こんな気分だったんだろうなあ。おっと、そんなことよりバーバラは!?


「気絶してるだけの様だ。後のことは俺たちがやるから、エマは怪我がないか調べてもらえよ」

「はーい」


 レオ先頭にバーバラの搬送やら事の次第の説明やら……三王子を巻き込んでの事件で王宮は大騒ぎになり、二、三日は王宮内がザワザワしたままだった。私は幸い怪我はなかったものの、翌日から全身激しい筋肉痛。しかしお父様にカーラとバーバラのこと説明したり、無茶したことでお小言をもらったりで、気がつけば終業式の日からあっという間に一週間が過ぎ去っていた。


 バーバラは当然罪を問われることに。しかし私の進言やお父様の配慮もあって、かなり軽い罪に……と、言っても国外追放なんだけど、バーバラはそれを抵抗することなく受け入れた。罪状はお父様の希望で内密に対面して言い渡されたんだけど、その場には私とカーラ、そしてユージーンも同席。罪状を聞いて無言で頷いたバーバラだったけれど、お父様はそんな彼女と、そして彼女に寄り添うように立っていたカーラに歩み寄る。お、お父様、何を!? ちょっとドキドキしたけれど、二人を抱きしめるお父様。


「済まなかったな。私がもう少し早くお前たちを探していれば、こんなことにはならなかっただろうに」

「……王様が私たちのことをお知りになったのは、ごく最近だったと姫様にお聞きしました。この様にご配慮頂き、感謝しております」

「アマンダよ、お前が望むのであれば全てを揉み消してお前と妹をイグレシアスの王族として迎えても良いのだぞ」


 それに対してクビを横に振ったバーバラ。自分の犯した罪と、そして最後の最後で私を危険に晒して助かったことを述べ、自分はそれに相応しくないと丁重に断っていた。


「妹は……カーラだけは王族として認めて頂きたいのです。もちろんカーラが今後どうしたいかはあなたの意思が尊重されるべきだろうけど」

「姉さん……私はこれからもラッシュブルックで暮らしたいし、できればまた姉さんと一緒に暮らしたいの!」

「カーラ……そうね。ラッシュブルックに戻れば、イグレシアスからは出ることになるわね」


 作り笑いを浮かべながら、バーバラはカーラの提案に乗るような返答をする。でも、多分彼女はラッシュブルックからも出るつもりなんだと思う。バーバラは私の専属メイドとして働いていた時も責任感が強かったし、あれは彼女の素の性格なのだろう。そんな彼女がカーラの傍で一緒に過ごすとは思えない。


「分かった。お前たちの意思を尊重しよう。カーラ、お前をイグレシアスの王族と認め、王位継承権についてはお前の好きにして良い。ユージーン王子もそれで宜しいかな?」

「異論はございません」

「うむ。アマンダよ、お前の王族への復帰は保留とする。だが忘れるでないぞ、イグレシアス王家はいつでもお前の味方だ。何かあれば、気兼ねなく頼るが良い」

「有り難うございます、王様」


 こうして一連の事件は幕を閉じたわけだけど、カーラは案の定王位継承権は破棄し、イグレシアス王家の血を引く者ではあるけれど、引き続きカーラ・グッドールを名乗ることに。これで名実共にユージーンに釣り合う存在となったわけだし、私の当初の計画も果たされたわね。

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