第38話 あの日の出来事

 レオと一緒に占い店に入った日、占い師の女性に占ってもらっているとフワフワした気持ちになってきて、意識が遠のくのを感じる。と、そこで占い師は占うのを止めてしまった。


「あなた、イーサクルを掛けられていますね」

「えっ!? イーサクル? イーサラムじゃなくて?」

「はい。これは……何か強力な暗示の様なものだと思います」


 水晶を覗き込みつつ女性が語る。彼女の言う『イーサクル』とはイーサラムとは少し違っているらしい。イーサラムが自然界のイーサを鉱石などに蓄積してイーサグラムで物理現象として顕現させるのに対し、イーサクルとは人が持つイーサ、つまり魔力を根源として詠唱や魔法陣により物理現象として顕現させるもの。つまり、前世の私が良く知ってるアレだ。『イーサクル』と言う呼び名も今は一般的ではなく、イーサラムと混同されることが多いんだとか。


「ちょっと待って! なんで私に暗示なんか……」

「そこまでは分かりません」

「それ、あなたなら解けるの!?」

「料金は頂きますが解呪も可能ですよ」


 解呪って、呪いかい。まあ細かいことはいいとして、そんな物騒なものさっさと解いてもらいたいわ。


「もちろん料金はお支払いします。解いてください」

「お、おい、エマ。大丈夫なのかよ」

「だって、そんな怪しいもので呪われてる方が嫌でしょう。お願いします」

「では……」


 再び水晶に手をかざし、彼女が何やら呪文を唱える。と、頭の中がスッキリしてきて、今まで引っ掛かっていたものが取れていく様な、解けなかったパズルの邪魔なものがなくなって一気に完成してくような、そんな感覚に陥った。そうか、エマが喋っていて時々違和感を感じていたのも、私が同じ様に感じる時があったのも全部このイーサクルのせいか! 謎は全て解けた!


「……」

「大丈夫か?」

「……あなた、名前は?」

「私は占いを生業としております、シアーラ・マクニースと申します。以後、ご贔屓に」

「そう。私はエマ・イグレシアス。この国の王女です」

「!!」


 正体を明かすと驚いてフードを脱ぎながら立ち上がった占い師。どうやら変装はバレてなかったみたいね。


「こ、これは失礼を」

「いえ。あなたに折り入ってお願いしたいことがあります。もちろん、報酬はお支払いします」

「なんなりと」


 私の要望は三つ。一つはもう一度同じ暗示を私に掛けること。そしてレオには今あったことを忘れる様に暗示を掛けて欲しいの。二つめはそれぞれの暗示を解くキーワードを準備すること。皆が簡単に口に様な言葉はダメだから……よし、レオの暗示を解くキーワードは『レターパックで現金送れ』よ! そして暗示が解かれたレオが私の暗示を解くキーワードを言う。私の暗示を解くキーワードは……『一体いつから兄がいると錯覚していた?』にしましょうか。多重認証はセキュリティーの基本。これでそう簡単にこの状態を解くことはできないはずね。


「三つ目はあなたに協力して頂きたいの。アカデミーに入学して、私たちにイーサクルを掛けようとする者がいないか監視してくれないかしら? そしてキーワードで暗示を解いて欲しい。そのタイミングは……そうね、一年度の終わり。そこまで行けば他の課題もクリアできているハズだから」


「承知致しました。念のため、姫様の周りの人たちにはお守りとしてこれを」

「これは?」


 彼女が差し出したのは、赤い宝石のはまったイーサグラムのプレート。イーサグラム部分は飾りで、宝石部分にイーサクルに掛かるのを防ぐ効果があるらしい。既に掛かっている分には効果がないそうだけど、それは好都合。


「ありがとう。では報酬を支払いましょう。おいくらかしら?」

「いえ、金銭は結構です。それよりも一つ願いを聞いて頂けますか?」


 シアーラが出した条件。それは王宮のどこかにある古書を見つけて欲しいと言うもの。それらは彼女、つまりイーサクルを扱う者にとって非常に価値のあるものなんだとか。あー、それ、きっと蔵書室の奥にある秘密の部屋に並んでたやつだ。私としては非常に興味があるけれど、エマはあんまり興味なさそうだったわね。


「それなら既に見つけてあるわ。今は私しか存在をしらない秘密の部屋に保管されているの。いいでしょう。協力して頂けるなら、好きなだけ閲覧することを許可致します」

「有り難うございます!」


 古書が既に見つけてあると知って興奮気味のシアーラ。その後私、レオの順にキーワード付きで暗示のイーサクルを掛け、そして私とレオは彼女との取引などすっかり忘れた状態で店を出たのだった。

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